緒戦勝利
婦好軍は撤退しようとする敵を追撃する。
敵を追う先で、取り残された味方が円陣を作っていた。
命令を聞かずに突撃した、将軍雀の一隊である。
生き残りは少数。
傷を負いながらも、盾で身を防ぎ耐えていた。
雀は婦好の顔を見るや、血だらけの顔が安堵し綻ぶ。
「ああ、婦好さま。命拾いをいたしました!」
「よく耐えた! 以後、我が軍とともに戦おう!」
敵を多く捕らえ、殺めたところで、兵を退く。
これ以上深く追撃しては危ういというところで引き返す。
戦場の感覚に婦好は優れていた。
レイもまた帰還する。
敵は潰走し、商は初戦の勝利を得た。
微王は戦いの間、象に乗りながら敵の血肉を眺めては興奮し、犠牲の羊を一頭、また一頭と解体していた。
商の勝利を知らされたのち、勃ち上がって宣言する。
「我が軍の勝利ぞ!!!」
◇
日が暮れる。
微王は祭祀のために再び安陽に帰る。
味方のほとんどが、その日は敵が立て直すことはないだろうと判断した。
戦勝の宴が始まった。
宴は、今日の死者への弔いとなる。
明日をも知れぬ戦場では命の最後の夜となることもある。
だから、悔いなきように楽しむのだ。
宴の席で、雀将軍が、婦好を褒めたたえた。
「さすがは婦好さまです!」
雀は包帯だらけの腕で、婦好に酒を溢れんばかりに注ぐ。
「本音を言えば、女性の軍などと侮っておりました。申し訳ありませんでした!」
「雀将軍よ。敵のあの包囲によく耐えて、よく戻ってきた。命が失われては救えぬ。そなたの強さに他ならない」
「数々の戦場をくぐり抜けてきましたが、今日ほど厳しい日はありませんでした。こうやってまた酒を飲めることに勝る喜びはありません!」
雀将軍が、酒をくっと呑み干し、かっと口を拭う。
「俺は生きてるぞーーー!」
「ははは、飲みすぎるなよ、雀将軍」
婦好と諸将との対話は途切れることはない。
サクはリツと隣り合い、婦好に寄り添った。
サクは杯の水を少し口に含む。
部下は酒を飲まない。
もしサクが鬼方であったら、いまこのときを狙って奇襲をかけるだろう。
華やかな宴の裏で、サクはハツネの情報をいつでも受け取れるように神経を尖らせていた。
リツが小声でサクに問う。
「サク。呂鯤との戦いで、南を背に戦えという助言、敵にも聞こえるように言ったのか」
「はい。わざとです」
サクは器に模された羊の紋様を撫でる。
「呂鯤もわたしの言を聴き、南面して戦ってくれました。戦いづらかったと思います」
「太陽に目をくらませるためか」
サクは頷いた。
「呂鯤を逃してしまったのはとても悔しいです。しかし、この勝利の宴は、リツさまをはじめ、みなさまの働きあればこそです」
リツは微笑んだ。
「ふふ。こうしていると、思い出すな」
サクは首を傾げてリツの瞳を覗き込む。
「サクの初陣にも、宴を催した」
「そうですね。初陣でリツさまに認められた夜は、とても嬉しかったのを覚えています」
「いつだってサクの知恵は千人の働きをしている。これからも頼りにしているぞ」
頭を撫でられて、サクは笑顔で返事をした。
再び戦場のことを思う。
──それにしても、あの髑髏の集団。
闇に生きる一隊であった。
──動きが気になる。
ハツネから、髑髏の仮面の集団に関する情報はない。
であれば、こちらから探らなければならない。
戦の間に得る新たな情報は命取りとなる。
ふいに、宴の席に緊張感が走る。
だれかが噂を流したのだ。
『商を狙う鬼方、土方以外の異民族が挙兵した』という報である。
陣中が騒めく。
しかし、サクは味方がなにに驚いているのかわからなかった。
婦好は盃を持って、ゆっくりと前に進み出た。
「諸将よ。なにも驚くことではない」
婦好は盃を高く上げて、一人一人の目を見た。
まるで、諸将を安心させるように。
神話に登場する英雄のような振る舞いだ。
「そんなことはとうの昔から知っていることだ」
流れるように、杯の酒を一気に飲み干す。
これまで、なぜ婦好軍が前線で戦いを続けたのか。
この全面戦争へ向けて備えていたのである。
「周辺にはわたしの友が多数存在する。いまこそ、我が友の力を発揮してもらおうではないか!」
各地の味方を呼応させ、大邑商を守る──。
既に対策は打っている。
あとは、友を信じるだけだ。
サクは天を通じて友の活躍と無事を祈った。
「みなさん、お任せします。作戦成功の報をお待ちしています!」




