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初爻、調練、対沚馘軍

 平坦な大地に、婦好(ふこう)軍と沚馘(しかく)軍が向きあった。


 サクがはじめて鬼方(きほう)軍と戦ったときとおなじ場所である。


 南に婦好、北に沚馘が陣した。

 晴天、北風。


 沚馘(しかく)軍との訓練は、三度(みたび)おこなう。


 相手の(はた)を二度(そこ)なったほうが勝ちである。

 旗は、総大将である婦好と沚馘の馬車それぞれの後部だ。


 模擬戦といえども、サクは緊張で呼吸が浅くなった。


 婦好軍の編成については、サクはシュウから学んでいた。

 婦好軍は十隊。三隊ごとに中、左、右軍に分配される。中、左、右軍ではそれぞれ、一、四、七隊がもっとも強い。


 なぜ十隊なのか、とサクが問うと、指の本数だから、とシュウは言った。


 婦好軍での最強は婦好隊であるが、今回の作戦には参加しない。第八、九隊もまた宿営地を守っている。


 サクが乗る婦好の馬車は、中軍の第一隊中央にいた。

 サクのとなりに悠然と立っていた婦好は、沚馘軍へ呼びかけた。


沚馘(しかく)よ、我々の神を楽しませようぞ」


「ほぁっはっは! 我々の神の名のもとに正々堂々勝負するといたしましょうぞ!」


 婦好の祝詞(のりと)は、広く大地を祝福する。沚馘もそれに応じた。


 女性にしては低く響く婦好の声がサクは好きだ。

 天地を震わせる声は優れた将の条件であるという、父の言葉を思い出す。



 乾いた風に、第一の鼓の音が響く。


 沚馘軍にいた兵の塊が、動いた。


 沚馘軍の編成はサクにはわからない。


「まずは見ておれ。ゆくゆくは(おのれ)のものとせよ」


 婦好が右手をふりかざした。

 婦好の合図とともに、婦好軍も移動を始めた。


 婦好軍の右方にいた第七隊の歩兵が、沚馘軍先鋒隊の歩兵とぶつかった。


「サクよ、気がついたことを申せ」

「はい。沚馘軍の歩兵は三人が一組となって攻撃するようです」


「そうだ、沚馘軍は、三の積みかさねでできている。小隊は三十組の九十名。九隊で総勢、八百余名」


 サクは言葉を続けようと、敵を観察した。

 婦好軍の第七隊は右軍でもっともつよい。ゆえに、正面から戦っても沚馘軍との力は拮抗するものとサクは予想していた。


 しかし、相手の先鋒隊と戦っていた婦好軍の第七隊から、次々と敗者が退場する。

 婦好軍の隊列が、乱れた。


「第七隊が崩されています」


 サクは、このとき気がついた。

 サクは、思い違いをしていたのだ。

 そして峻厳(しゅんげん)たる現実を突きつけられた。


 女兵士で構成される婦好軍は、沚馘軍の調練された男兵士に対して、不利であった。

 生まれつきの体格差が存在するゆえだ。


 女性が戦うということの困難。

 鬼方(きほう)軍との戦いでそのことにサクが気がつかなかったのは、相手が十分に訓練していない兵士だったからだ。



 つまり婦好軍は、サクが想像しているより、ずっとよわい。



「わかるか、サク。この軍を扱うには、なにより、戦術が必要なのだ」


 正面から素直に戦えば、味方は壊滅するだろう。

 相手の知恵を崩さねば勝ち目はない。

 しかし、相手の戦術をあやつるのは、弓臤(きゅうけん)だ。商王からも認められた知略家である。



「敵の裏をかかねば勝ち目はない、ということでしょうか」

「そのとおりだ」



 現実は予想より、厳しい。

 弓臤に勝つと簡単に宣言したことは、浅はかな考えであったことをサクは反省した。


 サクの動揺に、婦好は左手でサクの頭を、なでた。


「なに、心配するな。わたしがついている。最弱から、最強を目指すのは面白いではないか。さあ、ゆこう。第一隊! 回風(かいふう)!」


 婦好の声に、第一隊が東へ進軍した。

 第二、三隊もまた第七隊の後ろを固めながら、東へ回りこんだ。


 婦好軍第一隊が、鷹のくちばしのような形で、沚馘の旗をめがけてすすむ。



 第七隊が正面から衝突したときにくらべて、第一隊の攻撃は(かた)(するど)い。


 また、婦好軍でひとり、先鋒の車馬上に、速さと技で敵を次々と圧倒する存在があった。

 先鋒で演舞するように敵を踏破しているのは第一隊隊長であるレイである。


 その活躍に、

「すごい」サクは、思わず声がもれた。


 レイは神速と美技で、相手を圧倒していた。レイの矛が、舞う。レイは沚馘軍の兵士を次々と退場させた。



 いつのまにか、婦好とサクの乗る馬車も(やじり)の形となった隊列の先頭を走っていた。


 沚馘の黒い旗が見える。



 第一隊隊長レイの馬車の後ろから、婦好の馬車が、沚馘の馬車をめざして飛びだした。

 婦好旗を奪おうとして集まる沚馘の兵士を、婦好は一撃のもとにねじ伏せた。



 沚馘(しかく)弓臤(きゅうけん)の乗る馬車を、婦好の馬車がとらえた。


 弓臤の片側だけのまるい瞳を、サクは()た。


 弓臤は、サクをねらって()で円をえがいた。

 サクは、革の盾で攻撃をふせいだ。びりびりという振動が、サクの両腕をおそう。サクは均衡をうしなって、馬車の後方に打ちつけられた。

 全身がくだけそうな衝撃だった。


 婦好が、サクの立っていた場所に踊りでる。婦好の肩にかかる紅衣が、サクの視界を(おお)った。


 婦好と弓臤が二度、三度、刃を交えた。


 婦好は矛で弓臤の胸を突いた。

 馬車のなかで、弓臤がよろける。


 つづけて、婦好が矛で沚馘旗を打ち払った。



 柄をうしなった沚馘の旗が、空を舞って、大地に触れた。

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