神々の代理戦争(甲)
商と鬼方の前線の一部がぶつかり合った。
遅れをとってはいけない、と両軍が次々に突撃する。
戦車がまっすぐ進み、交差する。
戦車同士の争いでは、先んじて一撃を加え、敵を撃ち落としたほうが勝つ。
肉の盾とされる女たちを殺すこと。
それはいたずらに兵力を消耗させるだけで、何も得するところはない。
「最前列の巫女は無視することが得策です。あれはもともと非戦闘部隊。殺すことに利はありません。迂回し、勇んで前線に出てきた敵を叩きます!」
サクの発声に、リツが問う。
「放っておくのはよいが、その後どうする? 敵の巫女どもは放っておいてもどうせ敵味方双方の殺戮に遭うぞ」
婦好が檄を飛ばした。
「心配することはない! 相手が同じ戦法を執ることは、もとより考えていたこと。リツよ! 浮き足立ったら捕縛せよ。逃げる者は逃がし、降伏する者は第九隊に組み入れる!」
婦好軍は迎撃の姿勢をとった。
まずは敵のうち、勇んで飛び出した者を斬り捨ててゆく。
敵といえども、朱の飛沫が舞うたびに、サクは己の所業を呪った。
微王は小高い場所から象に乗り、戦況を眺めていた。
婦好軍の迎撃・捕縛体制に気づく。
「おや? ゆくのだぞ、婦好軍よ。はじめは突撃ぞ。なにもかも、すべて殲滅するのだぞ」
微王が命令の鐘を打ち鳴らす。
王が号令するたびに、彼の黄金の髪飾りがゆらゆらと揺れた。
「敵であれば余が許すことはないぞ。神の生贄は屠ることこそ礼というものぞ」
リツが鼓の音に反応する。
「微王から進めとの命が届いております」
「構わん、捨て置け」
婦好の考えを補足するように、サクは流れるように述べる。
「微王の命のとおりに、いま動くのは得策ではありません。もう少し敵を遊ばせてから、本隊と切り離された小隊を殲滅させてゆくのが上策です」
「そのとおりだ。敵への損害がより多く、味方の損傷がより少なければ問題ない。命令違反はしていない。気にすることはない。戦果を結果で示せばよい、最善の策でゆくぞ!」
「はい!」
敵の巫女には触れず、敵を誘導する。
戦場の乙女たちはは為す術もなく、ただ戦場をふらふらとさまよう集団となった。
「降伏せよ! 手荒なことはしない!」
逃げ出した敵の巫女のうち数名は、味方であるはずの敵兵の刃にかかって死んだ。
それを見て、巫女のほとんどが足元から崩れ落ちる。
サクは女性兵との交戦も視野に入れていた。
しかし、敵方は女性兵の訓練には間に合わなかったのだ、とサクは思った。
敵の巫女は武器を持たないことを確認した。
動けなくなった敵の巫女を捕縛し、リツの隊の管理下に置かれた。
「ラク、馬を駆けよ! 最も早く、だ」
「は!」
婦好が命じる。
婦好軍は敵に対して左へ、左へと移動をした。
敵もまた婦好軍に誘われる。
婦好軍の戦車は敵の倍の速さで、敵を引き剥がす。
「さあ! 作戦のときです!」
サクは合図を出した。
左方に進んだ婦好軍から新たに出現するように、隠れていた婦好軍の弓兵隊が固定された。
敵の正面に味方の弓兵隊が待ち構える図となる。
「構え! 射て!」
弓兵隊が敵を射た。
弓は山なりの軌道を描いて、敵の戦車に降り注ぐ。
「第二射!」
サクの作戦は弓兵隊は囮でもある。
弓兵は近接に弱く、狙われやすい。
矢をくぐりぬけた敵の猛者は弓兵隊に向かってまっすぐに進んだ。
弓兵隊は二回目の矢を放ったのちに隊列を組んで速やかに撤退する。
弓兵隊を殺めようとする敵兵士たち。
その敵を婦好軍が背後と側面から襲う。
サクは作戦が想定のとおりに進んでいることを喜んだ。
「人は、他に攻撃しているときの背後が最も弱いものです。これは基本です」
婦好が陣の先頭で黄銅の鉞を突き上げる。
敵兵士は次々と宙を舞った。
「敵の兵士たちよ! 我が方の武芸に秀でたる巫女が相手をいたそうぞ!」
敵に対して、サクはまるで挑発するように解説した。
「人も、戦車も、武器も質に差があります。貴方がたよりもすべてに上回っているのが我が軍です」
敵の舌打ちが聞こえるようである。
「これは余興にすぎぬ! さあ! 商の真価を発揮するときだ!」
敵の敗退が濃厚となったところで、婦好が天に美声を響かせた。
「全軍、突撃!」
力を溜めた商の軍勢は、まるで石流が流れるように敵を飲みこんでゆく。
怒涛の勢いで、敵を屠った。
緒戦の勝利である。
サクは用兵に愉しみを覚えていた。




