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リツの決意、サクの解


 蒼天の風が婦好とリツの髪を凪いだ。

 悠々とした草原に、砂と羊の匂いがからりと混じる。


「リツ、ここに留まらなくてよいのか」

 婦好が山々を見ながら問う。


「もはや、この地はリツの父が王といえよう。リツがここに残れば、やがて女王となる道も開けるだろう。わたしも、女王の友人となるのは悪くない」


「申し訳ありません。わたしは婦好さまにお仕えしたいのです」

 リツは婦好から視線を離さない。


「お仕えさせてください」

 婦好とリツが見つめあう。

 幼少のころからともに居た二人は、必然の関係であった。


 二人の姿に目を奪われた。そこに絆が確かにあった。

 過去を共有できないサクは、それを横から眺めることしかできなかった。


 婦好とリツの出自を知り、味方も増えた。

 喜ばしいことである。


 しかし二人の横顔がサクの胸にかかる。

 過去にも幾度となく経験した、喉の奥をじりじりと焼かれる感覚。


 サクは一人になったとき、小さく心中を吐き出す。

「不思議です。この焦燥感をいつかなくせる日がくるのでしょうか」



 好邑に戻る。

 そして安陽へ還る支度をする。



 出発前と同じ石畳の回廊で、サクは子明と会った。

 朝陽が昇り、子明の頭巾を照らす。


 サクは静かに語った。

「子明さまの問いの答えです。あの銅を奉じてまいりました。婦好さまの母君の棺へ、です」


 サクは続ける。

「かつて、商は好邑……その先の婁邑(ろうゆう)と銅の交流がありました。いわゆる銅の道です。婦好さまもまた、婁邑(ろうゆう)、好邑、そして商へとの縁を持っております」


「婦好さまがこのことを知らなかったのは、どこにも盗られるのが嫌で、邑ぐるみで隠していた。……間違いでしょうか?」


 子明は婦好という存在を、商にも故郷にもと盗られたくはなかった。

 共感できた(おのれ)に、サクは嫌気がさした。


 子明が頷きながらため息をつく。

「わかってしまいましたかぁっ! まいりましたっ!」


 子明は婦好に取る軽快な好青年を演じる。

「あの銅は、婦好さまの父上がお亡くなりになったときに使っていた剣の銅の一部です。そうですか! 母上のもとに一緒になれたのですね。よかった、よかった」


「子明さまはきっとたどり着くと思って、わたしに託したのですね。さらに言うと、婦好さまのお姉さまに乱が起こったという虚報を流したのも、子明さまなのでしょう?」


 子明は後ろを向いたまま、声を張り上げる。

「あたりまえです! 僕らだって婦好さまにお会いしたかったのですから。こうでも言わないと、婦好さまは帰ってこないじゃないですか。だって、婦好さまは強くて、みんなの憧れです。婦好さまがたまに帰ってきてくださるだけで、士気は(みなぎ)り、好邑はますます栄えます」


 子明はくるり、とサクに向き合った。

「サクさん、教えてください。今度の戦は大きなものになるのでしょう?」


 サクは子明の不安定な性格に驚きつつも静かに答え続けた。

「はい。婦好さまはあなたがたにも命を下すこともあると思います」


「ああ、いやだな。戦なんて。でも! 喜んで、あなたがたに従いましょう」


「サクさん。ぜったいに、約束してください」


「約束とは?」


「婦好さまと必ずまたこの邑に返していただくことを、約束してください」


 刺すような瞳で、サクを見つめる。

 二面性のある青年の瞳は冷たく輝いていた。


 そのとき、烏が一斉に飛び立った。

 太陽を背にした黒い塊が天を周回する。


 凶の卦である。


 ──しかし。

 婦好と好邑に戻ってこないことなど、あるはずがない。


「必ず、お約束いたしましょう」


 サクは力をこめて言霊を返した。












第六章・完

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