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母なる城◇

挿絵(By みてみん)

前回のサク


【告知】

この度、先着WEBサイン会が開催されます。

アニメイトオンラインショップ様にて

3/28 (土)正午受付開始です。

もしよろしければぜひ!

 サクが暗殺者を撃退した少し前、 セキと望白は本陣にいた。


「食べな、望白」

 セキは望白へ瓜を渡す。


「いただきます」

 望白が瓜を齧ると、青い甘さが舌に広がる。

 ふたりは並んで石垣に座った。


「最初はさ。新しい城を一から造るつもりだったんだ。でも、この城はね。住む人の気持ちがこもってた」


「住む人の、気持ち、ですか」と望白はセキへ問う。


「城を造るつもりだったからこそ、ここに生きる人にどういう生き方をしてほしいかがよくわかる。あんたのかあちゃんの一族は強かったんだね。だから、その志を引き継ぎたいと思うのさ」


 セキの、若いとは言いがたい顔に薫風が吹いた。

 初老のあごの丸い輪郭を望白は見つめる。


 その造形は母とは違う。

 しかし、なぜか母の面影に重なった。


 望白は幼少期の思い出す。



「僕は昔のことをあまり覚えていないのです。でも、母と別れた瞬間だけは鮮明に覚えています」


「かあちゃんが亡くなった日のことかい?」

「はい」


 かつてこの地は一度滅びた。

 望白の父の複数の妻たちの裏切りによって。


 望白にとっては、貝は母の形見であった。望白には幼い頃の断片的な記憶が残る。


 戦場特有の、煙と血のにおい。

 望白がそれを覚えたのは、まだ四つを数える頃だ──。


 ◇


 すべては記憶の中の出来事である。

 その日は不快で生ぬるい風が、幼い頬を包んだ。


『かあさま、どこへいくのですか』


 母は望白の脇を持ち上げ、抱き上げる。


『白。お前はこの車に乗って、お父様のところへ行くんだよ』


 幼い望白が母の腰にすがると、母の子安貝が光った。


『いやです! かあさまといっしょにいます』


 母はぎゅっと、望白を抱きしめる。そして、両手を包みこみ、腰の子安貝を幼い望白に託した。

 それが、最期のぬくもりと覚悟していたかのように。


『ごめんね。白。でも、忘れないで。わたしは、いつでもあなたのことを想ってる』


 ◇



 ──その先はよく覚えていない。

 二度と会うことなく母は戦死した。




「悔しかったです」

「そうだろうねえ。大切な人を亡くすのは悔しいものさ。あたしも、もう、()()()()()()()()()()()()ねぇ」



 あの日と同じ、煙と血の混じった気が城を包む。

 望白は敵の布陣を眺めた。


 望白は遠方に虎譚の姿を見つける。

 虎譚とその一隊であった。

 小さき人が数名、磔にされている。


「子ども……?」


 望白は目を細めた。

「子どもが捕らえられています。あれを見てください!」


「あれは……」




 虎譚は笑う。

「ふふふ。あなた方はどうしますか?」



 木で造られた戦車を虎方の戦士数十名が囲む。三台の戦車に三名、計九名の子どもが磔にされていた。



「我らの城を奪いし者たちよ! この子どもらは望邑から奪いし子たちです! この子らを返して欲しくば、出てきなさい」



 虎譚の部下は、まるで見せつけるように、磔にした子どもの爪を剥がす。

 子どもの悲鳴が風に乗り望白の耳にも届いた。




「なんてことを……!」と、望白は憤る。


 セキは眉間に皺を寄せた。

「敵の言うとおり、まえに誘拐された子どもたちだねぇ」


 以前に虎譚が望邑に侵入し、子どもを攫うことがあった。虎譚は切り札として、(かくま)っていたのだ。



 その光景は、レイやサクの居る位置からは死角となっている。

 一方、住民からは見える場所に虎譚は位置する。


 敵は、サク達主力部隊の見えないところから、おびきよせているのだ。

 本陣の兵士を。新城の住民を──。



 望白は腹にぐっと力を入れながら言った。

「罠ですね。そんな罠にかかるわけないのに、殊勝なことですね。無視しましょう」


 一方、セキは白い衣を羽織る。

「すまないねぇ。望白。わたしは行かなければならないみたいだ」



「え……?」と、望白はセキに振り返る。



「サクの鉄壁も、こんな形でほころびがでるとは、ね。敵もよくもこんなひどいことを考えるもんだ」


 セキは覚悟を決めたように、ふぅっと深く呼吸をした。


 望白はセキの肩を掴む。

「セキさん! あの子どもたちを助けるつもりでしょうか。それはいけません! 行ったところで助けられるのは、数名の子どもの命。僕たちが預かるのは、本陣と住民全員の命です。いまは落ち着いて、ここを守るべきです」


「そうさね。みえすいた、罠だねぇ」

「そのとおりです。小事より、大事を取るべきです。ここではあなたの能力の方が大きい」

 望白はセキを止められると思い、すこしほっとした。しかし、その幻想は脆くも崩される。


「でもさ」

 セキは望白を押しのけた。

 そうしている間にも、子どもの爪は一枚、また一枚、と剥がされてゆく。


「子どもを命を張って守れないで、なにが城造りかい」

「セキさん……」


「それにさ、だめなんだよ。ちょっと同僚の姿が重なってしまってさ。()()()()、なにもできなかったから。()()()()は、わたしはその場にいなかったから」

「なんの、話、ですか」


「とにかく、あたしは行くよ」

「だめです!」


 爪が剥がされるたびに悲痛な声が城に届いた。この光景は、住民も目撃している。


「いいかい。あの子たちは戦士ではない。ここであの子たちを見捨ててみな。これを我々が見過ごせば、民は我々への信頼をなくすだろうさ」


「そんなこと、小さな問題です……」


「望白。それは違う。小事より、大事であるならば、わたしの命よりも、あの子たちを救うことが正解さ。たとえ、無駄死にでもね」


「セキさん……!」



 戦場に、虎譚のよく通る声が響く。

「爪は足まで全部剥がしてしまいました。次は、指ですよぉ」




「それなら、僕も一緒に行きます」


「本陣は誰が守るんだい? 望白。あたしからのお願いだ。本陣は頼んだよ」


 セキは望白を抱きしめた。

 まるで、遠き日の母のように。


「さあ、戦車を一台、だしておくれ。馭者もいらない。あたしひとりで行くよ」


 白い衣がなびいた。

 望白はその人を止めることができなかった。



 セキは高く響かせるように叫ぶ。


「虎譚! あたしは婦好軍第九隊隊長のセキ! 本陣を守る者さ! その暴挙を今すぐやめな! 取引だよ!」



 敵地に駆ける背中を、望白は追いかけようとした。しかし、悲痛な面持ちをした望白の部下に止められてしまう。



「望白さま! あなたまで居なくなればこの戦は敗北です。ここは堪えてください……!」



 望白の瞳から滴が落ちる。



「いやです。セキさん、待ってください……! 僕はもう、(はは)を失いたくない……!」

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― 新着の感想 ―
[一言] これまたえげつないことに……。 無駄な犠牲はでてほしくはないですが難しそうですね。
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