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負うべき罪

「暗殺者などに、わたしは屈しません!」


 サクはあらかじめ用意していた罠の前に立った。

 三人の暗殺者がサクへ向かう。

 それは一瞬の攻防であった。


 あらかじめ定められた地点で、サクは止まる。

 足を、だん、と踏みしめて木の板を蹴破った。

 用意していたのは、単純な落とし穴のからくり。

 敵の足場が失われる。

 穴のなかには、無数の槍が待ち受けていた。


 槍が敵の身体を貫く。

 三名の命が、一瞬で失われた。

 刃が肉を纏い、朱が散る。


 サクの衣が、死者の血を受ける。


 殺さなければ、殺されていた。

 しかし。

 サクは想う。


 ──この者たちにも、母が居て家族が居る。



 城の装置を使ったとはいえ、サクが敵の命を奪うのは、初めてであった。



「……はっ……はあっ……、っ……」


 サクの呼吸は乱れ、胸を押さえて膝をついた。全身が、がくがく、と震える。

 婦好からもらった腕輪を、ぎゅっと握りしめた。


「サクさま!」


 婦好軍のうち、命のあったものがサクに駆け寄り、背をさする。


「……っ、すみません……、」


 サクは深呼吸をした。

 ここは戦場である。

 甘い考えは命を落とすものだ。

 味方の、大事な命を──。


「平気です……でも、でも、はじめて」




「はじめて、この手で、人を、」




 ──立て。立たなければ。


 相手の出方によって、作戦を繰り出さなければならない。


 指揮しなければならない、のに…… ──



 婦好からもらった腕輪が光る。



 内なる声が響く。

 それは婦好と父の声が重なっていた。



『サク。命があってよかった。誰かを殺そうとする者は殺される責を負うものだ』


「は、い……」



『気に病むことはない。正当な防衛だ。それに、生きとし生けるものは、誰もが他者の命を喰らい、生きるものだ』


「……確かに、生きとし生けるものは、誰もが他者の命を喰らい、生きるものです」

 

 サクは震える手を抑えるように、拳を握りしめた。


「しかし、自身を正当化したところで、わたしのやっていることは本質的に変わるものではありません」



「人の、命を、奪ったのです。ひとに命じた時点で、婦好さまにお仕えしている時点で、変わらぬこと。なにも変わらない。いままでも、同じ……!」


 サクはぽろぽろと落ちる涙をぬぐう。


 きゅ、と唇をかんだ。


 腰ひものひとつをほどき、髪を高く結いあげる。


 そして、片手で空を頂いた。


「天よ! わたしは、己の罪を背負い、生きてゆきます」


 その両手を自らの両頬に置き、ぱん、と叩いた。


「行きますよ、みなさん!」



 サクは蒼い上衣を翻した。

 南の風が背中を押すようである。



「レイさまに、撤退の合図をいたすます! 用意した包囲網で、虎封を封じます!」



 レイは敵を混乱に陥れた。

 帰還を果たしたレイが、サクのもとに駆け寄る。



「サク、戻ったわ。……あら? サク。どうかしたかしら」


「暗殺者の襲来に遭いました」


「そう……」


 レイがサクについた返り血を一目見るなり、その肩を寄せようと手を伸ばした。

 しかし、サクは片手を翳して、一歩引く。


「レイさま。いま、優しくされると、戦えなくなってしまいます。次に泣くのは、勝ったときです」

「強くなったのね、サク」

 レイは微笑んだ。


「サク。あなたは、すごいわ。帰還するときに敵の気持ちになって攻めてみようと思ったのだけど」

「はい」


「考えもつかなかったわ。あなたの城は、難攻不落ね」


 事実、新城の守りは万全であった。


 門はすべて固く閉ざされ、泉への道も封鎖されている。

 なにより、城を攻めようと思えば、弓兵隊が矢を落とし、熱湯と落石が降る。


 さらに、梯子をかけられないように、石造りの城壁は銅板で覆われていたのだ。



「作戦のとおりにゆけば、この一日で、すべてを終わらせます」




「まもなく、婦好軍による包囲網の完成です! さあ、反撃のときです!」



 ◇◇◇



 虎封の傍らで、虎譚はひとり呟く。


「新城はどこにも隙がないですねぇ」


 敵の総大将たる虎封は、仮面の下に沈黙を続けている。


「九将のうち、虎典・虎治は婦好に敗れて死し、婦好を逃しました」


「であれば、おびきよせるしかありませんね」



 ◇◇◇



 同刻、軍を率いて戦車を走らせる一団があった。

 先頭の女性は、派手な衣装で髪を揺らす。

 その旗には、婦好軍を示す「婦」の文字が掲げられていた。


「お待たせっ! 援軍を引き連れて、セイランちゃん、さんじょうっ!!」


 セイランは婦好とサクが望邑へ到着する道すがら、婦好を女神と称えた邑の兵士を集めたのである。

 サクがあらかじめ、ハツネへ指示を出していた。


「女神セイランちゃんだよぉ! 婦好ちんにたてつく裏切り者は成敗しちゃうよ!」


 セイランは現地の民を率いて、望白の弟の軍を奇襲する。

 婦好を神とし、セイランを慕う軍は、裏切者の最後尾を蝕んだ。



 ◇◇◇



 紅の衣が南の風に揺れる。

 薄茶色の髪に、赤い耳飾りが反射した。

 婦好は、敵の兵糧庫を制圧をしていた。


「婦好さま。兵糧を確保いたしました」

 リツが報告する。


「これで虎方軍は二日と持つまい。さあ、窮鼠はいかにするか」


 婦好は最低限の武力を用いて、人心を掌握したのである。


 人面を模した黄金の鉞が、太陽の光を反射する。



「サク、セキ、望白。待たせているな! すぐにそちらに参ろう!」

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― 新着の感想 ―
[一言] なんとか窮地はしのいだし、婦好さまは頼もしすぎるしこれで大丈夫かな?
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