影の戦
【お知らせ】
2020年2月15日に婦好戦記の書籍版が発売しました。
すでにお買い求めいただいた方はありがとうございます!
大きな書店やオンライン通販等でお買い求めいただけます。
時代と題材がマイナーなために手に取ってもらうのがなかなか厳しいのですが、「婦好」という人物、そして殷代に生まれた文字を多くの皆さまに知っていただきたいと願っております。どうかみなさまのお力添えをよろしくお願いします。
本陣は虎方に包囲されている。
加えて、望邑の弟たちの裏切り。
サクは闇に揺らめく炎を見つめた。
──婦好さまを信じて、待つ。
否、待つだけではない。
支援する方法も考えなければならない。
無用な兵力を割くのは得策ではない。
一方で、危険を受容しなければ危機は脱せない。
目の前の敵は虎方九将軍のうちの三人と、総大将たる虎封。
新城に対する総攻撃が、まもなく始まるだろう。
夜に攻められるのは、厳しい。
昼に戦うのが得策。
いたずらに待てば、望邑の弟が敵として参戦する。
しかし待てば、味方の最大の兵数をもつ婦好さまが到着する。
どうすればよいか──。
「陽が天の頂に上がる頃、攻撃を仕掛けます」
「そうね。それがいいわ」
サクの発言に、レイが頷く。
ハツネからの情報によると、新城を攻めるのは虎和、虎英、虎洪の三将軍である。
サクは作戦をレイ、セキ、望白へ告げた。
虎方三将軍に対して、レイが攻撃を繰り出し、退く。サクはレイを城壁より援護する。
その間、本陣は望白とセキが守る。
兵力は最大限、使わなければならない。
住民のうち、戦える者もまた城の守りに参加させる。
「城も、守備をはじめます。住民のうち、戦える者を集めてください」
サクは部下へ命じた。彼女はサクに問う。
「戦える者。サクさまへこんな質問、おかしいかもしれませんが、女性も……でしょうか?」
サクはにこりと笑う。
「はい、もちろんです」
サクは民衆を集めて、高台に立った。隣には、望白、レイ、セキも居る。
「城は、天、地、人。そこに道理が合わさり、城内の治は作られます」
堂々と演説する。まるで、主人・婦好の代理のように。
「天とはすなわち陽。太陽は我々の味方です。そして、時は満ちています。地は高所にあり、人は信、勇に溢れています」
「ここにいるみなさんは、すべてを持っています」
「これより、最も激しい戦いになるでしょう。どうか、みなさんの力も貸してください!」
住民より、歓声が湧き上がる。
「あたしからも、頼んだよ! みんなで守ろうじゃないか!」
セキもまた声を張った。民の代表はそれに応える。
「ええ! 我ら、婦好さま。望白さま。サクさま、セキさまのためなら、命を投げ出す所存です。そのために、ついてきた民です」
降り頻る称賛の中、サクはセキに近づいた。
「セキさま。本陣を頼みました」
「まかせときな! サクも気をつけるんだよ!」
「はい……!」
セキのふくよかな手が、目の前に差し出される。そのぬくもりをサクは力強く握り、微笑んだ。
「僕も入れてもらっていいですか?」
「ふふ、わたしも」
望白とレイも手を差し伸べる。
「もちろんだよ! あたしたちは、いつだって乗り越えてきた! 今回も大丈夫さ!」
四人の熱が混ざる。
そのとき、サクの占術家たる直感が、ぞわり、とした。
もう、二度と、この瞬間は訪れないのではないか、と。
しかし、選択できる道はすでに少ない。
「みなさんのご無事と健闘を祈ります」
「サクさん。セキさん。レイさん。では、のちほど!」
◇◇◇
サクは藍色の上衣を纏った。
婦好の紅色の上衣と対を為す色である。
サクは民衆と弓兵隊を率い、城の外で戦うレイに指示を出した。
まずは、敵を眠りから醒ます。
「弓兵隊! 構え!」
「城守部隊! 用意!」
◇◇◇
緒戦は作戦どおりだ。レイは敵を焦らしながら思惑通りに誘導する。
このままいけば、敵の勢力を昼の戦いに引きずり出すことに成功するだろう、とサクは予測した。
サクの居る場所は、城壁の回廊だ。
知恵だけで戦える場所。それが、この場所だ。
サクの役目は、レイが外から戻り、門を閉めるとき、敵を攻撃すること。
すべて順調である。
「サクさま! 敵の侵入です!」
城の守りについていた住民が、突如として声を上げる。
「まさか……!」
表門から、城に敵が侵入した形跡はない。
――表からはありえない。では、どこから。
サクは闇に生きる者に殺められる部下を見た。
「サク、さま……。お逃げ、くださ……い……」
部下の骸が鮮血を散らして倒れる。
――暗殺部隊の襲来!
黒い着物の暗殺者の仮面が、サクを捉えた。
サクの背筋は、ぞくり、とする。
死へ向かう足音。
敵の狙いは、サクである。
「くっ……」
暗殺部隊は、およそ三名でサクを取り囲んだ。
サクは弓を違え、放った。
しかし、サクの下手な矢など、当たることはない。
「サクさま!」
暗殺者の剣がサクに振り下ろされる。サクを守るために、部下が、次々に盾となり死んでゆく。
「あ、ああ……!」
危機、である。
――このままだと、まずい……!
レイは最前線に居り、望白とセキは後方である。
ここにいる者は、武力最弱のサク一人。
(ハツネ……)
(婦好さま……!)
サクはハツネから貰った懐の烏頭を握りしめた。
『サク、あきらめるな』
耳元で、婦好の声がささやく。
「はい、婦好さま……!」
敵がサクに向かう。サクは、定められた地点へ走った。
「敵と対峙するには、それなりの覚悟が必要です。わたしは、婦好さまとともに戦ってきました。このようなことには、負けません!」




