序◇
初めて出会ったのは、死の間際であった。
天の使者と見間違えたのは必然である。
その女性は、太陽を背にして現れた。
髪は栗毛色、瞳は琥珀のような深い神秘性を持つ。
歳は二十前後であろうか。
深紅の衣が風に揺れる。女性らしい曲線を描いた肢体は、内側に強さを秘めていた。
長身から溢れ出る陽の気が、神々しい。黄銅の馬車に乗り、二頭の馬は気高く嘶く。
黄金に光る鉞が、己に襲いかかる盗賊の首を掻く。男の鮮血が散り、その頭は重さをもって地に転げ落ちた。
命を、助けられた。
「そなたが、サクか」
遠く響く声である。
名を呼ばれて息を飲んだ。
「はい」
「間に合ってよかった」
美しい女性から華の香がした。
同時に、ふわりと身体が空に浮く。鍛えられた腕に非力な細い身体を抱かれ、恥ずかしさを覚える。
「ここに居なさい」
「あの」
問いかけると、麗人の紅色の耳飾りが揺れた。
「わたしの名は婦好だ」
「婦好さま。あなたが」
その名は以前より聞かされている。
戦場に降り立つ王妃。
己の、代々占いを嗜む者としての血が、確信をもって騒いだ。
あなたは、ほかに並ぶ者のない女性。
わたしは、この女性のすべてを見届けることになる──。