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03

 ×⇔×⇔×




 夢。

 何の変哲もない、夢。

 まぁ、そもそもこれが夢なのか、それとも現実なのか。はたまた全てが逆なのか。

 まるで胡蝶の夢のような事を言っているが、別にそれはどうでもいい。

 でも、恐らくはこれは夢なのだろう。

 俺はこの場所を知らないし、ここへ来た経緯も、道のりも、そして時間すら覚えていないのだから。


 ──雲海。

 見渡す限り、全方位が白。

 そこにはたった一つの穴も無ければ、影すら無かった。

 まるで雲と言うよりは、白い板や地面にも見える程、均一に並んでいる雲。

 いや、そもそもこれが雲なのかどうかは、俺には分からない。…俺の身体は俺の意思では動かないし、近くにあるのに遠いような感覚にずっと襲われていて、雲と思われるそれに触れる事はかなわない。


 世界に、一人きりになったかのような、そんな感覚。


 この白い何かの上には、俺一人だけが居て、他の知り合いや見ず知らずの人間はこの下に居る。

 …何故か、居るのは分かった。

 別段、話し声が聞こえたわけでも、気配を感じたわけでもない。ただ、居るのが分かる。


「……っ!?」


 それを、知った瞬間だった。


 ──誰かが居る。自分以外の誰かが。

 それを知った瞬間、身を芯から凍らさんとばかりに吹き付けてきた凍える程に冷たい風。…いや、凍える程にと言うより、実際に手先や足先は凍り始めていた。


「──────」


 必死に声を──叫び声を、…悲鳴を上げようとするも、やはり身体は言う事を聞かず、ただ為されるがままになっている。

 そうしている間にも、どんどんと凍る面積は増えていき、遂には腕の全てが凍り、足も根元まできていた。


 腕の感覚は既になく、足も立っているかすら分からない。

 意識は朦朧とし、痛覚がだんだん薄くなっていくのが分かる。

 そんな朦朧とする意識の中で、せめて最後に一つ足掻こうと、最後の力を振り絞って、一人の名前を呼んだ。


「───っ!」




 ×⇔×⇔×




「……っは…っ!?」


 冷や汗が垂れるのと同時だったらしい。

 飛び跳ねるように布団から状態を起こし、完全に覚醒している目と、まだモヤのかかっている頭で、さっきまで見ていた夢の事を思い出そうとする。

 だが、いくらやったところで、思い出せるのは物凄い寒気に襲われた事だけで、その前、もしくは後に何があったのかは、まるで思い出せなかった。


「おはようございます。白蕪様」

「…翠か。…おはよう」

「大丈夫ですか?…少し、うなされていたようですが…」

「あ、あぁ。…でも、夢の内容すら覚えてないから、いいよ」

「そうですか。…白蕪様、実は今朝この後、お肉の特売があるのでそれに行ってこようと思っているのですが、何かあったらお呼び下さい。直ぐに向かいます。…それと、今朝は久しぶりにオムライスを作ったのですが、よかったでしょうか?」

「おぉ、翠が作ったオムライスか。あれ結構好きなんだよな。んじゃ冷めないうちに貰うとするか」


 俺のその返事に、翠が笑みを浮かべ、一礼してから部屋を出る。そして、その少し後に玄関の戸を開ける音が聞こえ、そのすぐ後に鍵を閉める音がした。

 重橋生で唯一俺の部屋の合鍵を持っている翠は、立場上なのか、それともそういう性格なのか、物凄くしっかりしている。

 俺と翠の関係上、合鍵が必要だと判断して、俺が自分から翠に渡したのだが、渡した時は何故か、五分程大事そうに笑みを浮かべながら、胸のところで両手でギュッと握っていた。


「んんーっ…っ。…起きるか」


 一度伸びをして、ベッドから足を出し、もう一度伸びてからベッドを出る。

 先に翠が用意してくれていたオムライスを食べて、歯を磨き、その後着替える。

 寝癖はついていなかったが、軽く髪を櫛でとかし、二十分程余った時間をどうするか思案する。


「…っても、やる事無いんだよな…」


 すべき事…というか、課題やその他は昨日の授業中に終わらせて来た。…そうしないと、昨日の半日を思い出して見ても、やはり出来る時間など見つからないから、やっぱり授業中か、最悪朝にやるのだが、昨日の場合は授業中で間に合っていた。

 なので、本当にする事が無い。

 かと言って、翠を買い出しに行かせて置いて家を出る気にもならなかった。…あいつに言わせれば、それは俺の気にするところでは無いのだそうなのだが、そういうわけにもいかないのが俺なので、そこはもう翠が折れる方向で決着がついている。

 …さて、本当に参った。

 いつもなら、この時間には誰かしらからのメールなりなんなりが来ているのだが、今日は一件も無かったから、それも合間って、輪をかけて暇さがましていた。


 取り敢えずただ突っ立っていても仕方が無いので、テレビをつけ、ニュースを見る。

 俺は、一人でテレビを見る時は、バラエティやドラマよりは圧倒的にニュースを見る。

 別にニュースが見たいわけじゃなく、見るものが無いから流し見ているというだけだ。つまり、何かをしたい訳ではなく、かと言って何もしないのも気に入らないから、今の様にこうした空いた時間に、ニュースを見ているのである。


 だがまぁ、どうやら今日は平穏な一日の様で、これといった目立つニュースも無く、結局何の収穫も無いまま、時間が過ぎて行った。


 ──ガチャッ、キィィィッ、バタン。


 どうやら、翠も帰って来たらしい。ある意味目的は達成したと言うわけだ。


「翠、お帰り。結構早かった…な……」

「居たーっ!おい凛人!お前時間見ろよ!もうそろそろ遅刻するぞ!?」

「は!?…ってか何でここに居る!矢代!」

「んな御託はどーだっていいわ!遅刻するっての!行くよ!ほら、荷物まとめて!」


 よく状況が理解出来ていない中でも、俺は出来るだけスムーズに動いていた。これも慣れなのだろう。…心底恐ろしいな、慣れとは。

 しかも、こいつ──矢代(やしろ)来葉(らいは)は、こっちの事情など知らんとばかりに、適当に荷物をまとめていく。

 一応こんなに荒っぽくても女の子な様で、時間が無いとか言ってる割には、ハンカチを畳んで俺に渡して来たり(何故家に置いてある物の場所が把握されているのかは、もう既に想像がついているだろうが、あえて任せよう)、家を出る際、靴を揃えたりと、色々していた。


 ──矢代来葉。

 まぁ、簡単に一言で言ってしまえば、ツンデレキャラだ。ただし、いつもツンデレしている訳ではなく、今みたいに普通な時もある。

 デレている時(俺が判断している訳じゃなく、周りの奴らがそう言っているだけであって、そもそも俺にデレているのかすら分からないが)は大人しくて、しおらしいというか、こう…健気で大人しめな感じになるのだが、ツンの時(これも俺が判断してry…)は大人しさなど微塵も感じられない雰囲気になり、下手をすれば腕やら足やらが飛んでくる。

 そして、類は友を呼ぶとはよく言ったもので、すみはとは大の仲良しだったりする。


 引きずられるように部屋を出て、玄関の戸を、引きずられながらの本の一瞬で閉める。──と、そこへ。


 ──ガシッ。

 戸を閉めるため後ろを向いていたから、誰が居たのかまではこの時判断出来なかったが、何かが何かを掴むような音がした後、矢代の動きが止まったので、振り返って見てみると、そこにはビニール袋を片手に持ち、空いている方の手で矢代を止めている翠が居た。


「…すみませんでした、白蕪様。…矢代様も、その手をお離し下さい」

「は?」

「恐らく、白蕪様がこの時間まで部屋に居たのは私のせいです。それは私の落ち度。私は、白蕪様がそういう方だと知って居ながら時間までに戻って来られなかった」

「翠…お前は別に悪くないよ。時間を見てなかった俺のせいさ」


「……すみません」


 翠はそう言うと、俺たちの横を通り過ぎ一度部屋に入る。そして、少しもしないうちに出て来た。


「白蕪様、矢代様もすみませんでした。…ですが矢代様、後はお任せ下さい」

「ちょ…任せろって…。何をどう任せるのよ」

「元来、私は天洞家の人間。天洞家は、代々使用人を務めて来た家です。…そういった使用人の家系にしては珍しく、特定の(あるじ)を持たない家系ではありますが」

「…だから、何よ」

「おかしいとは思いませんか?私が学園の使用人養成クラスに通って居るのが。そんな使用人の家系でありながら、わざわざ養成クラスに通って居るのが。…私が、使用人養成クラスに通って居るのは、白蕪様のためだけです」

「……だから、それが何よ」


 翠は、そこまで言っても理解出来ないで居た矢代に溜息を一つ漏らし、それからゆっくりと、言葉を繋げた。…因みに、俺も翠が何を言いたいのかよく分かって居ないが。


「…矢代様に分かるように説明をさせて頂きますと、『こういう時の備えが、無いはずが無い』という事です」


 そう言うと、そのフリフリのメイド服を揺らしながら俺と矢代の間に立つ様に歩いて来た翠は、俺と矢代の腰にそれぞれ腕を回す。

 疑問に思って、思わず矢代と目を合わせて首を傾げてしまった。


「白蕪様、矢代様、私の肩…腕でもいいですが、とにかく風がきても落ちない様にして頂けますか?」

「風がきても落ちない様にって──」


 矢代の言葉は、そこまでしか『聞こえなかった』。

 ──ドン!

 大きな音がした後、一秒しないうちにマンションの全体が見えるまでに小さくなる。

 地面は遠く、自分と同じ視線に遮蔽物は無い。

 …そして、二秒くらいだっただろうか。


 何をどうやっているのか、空中で減速しながら見慣れた校門へと降りて行き、着地する。


「……………」


 最初の剣幕はどこへやら。矢代は、口を開いて呆然として居た。

 それはそうだろう。…三秒しないうちに学園の校門に立っているのだから。

 俺はこれで四度目だから、流石に慣れてきている。…まぁ、翠がこれをやると分かったのは『風がきても落ちない様にして頂けますか?』の一言があったからではあるが。


 ──天洞流高速移動術・空歩(くうほ)

 確か、そんな名前の移動系の術らしいが、至って一般人な俺にはさっぱり分からない。


「…矢代、大丈夫か?」

「ぅえ?…あぁ、うん。へい──」

「あ、おはよー白蕪君」

「凛人君おはよっ!」


 ──だが、俺も俺で矢代の心配をしている場合ではなかった。


「え、ちょっ…うおっ!?」


 直ぐに全方位からやって来た女子に捕まり、身動きが取れなくなる。

 聖徳太子でもなければ、変態でもない俺は、周りから一斉に話しかけられる中で、天に向かって一つ。


「不幸だぁぁぁぁっっっ!!!!!!」


 ──と、叫んだ。…別に黒髪ツンツン頭の人を意識した訳ではない。本当にそう思っただけだ。

 え?同じ?…気が合うね、上○君。今度ゆっくり話でもするかい?




 ×⇔×⇔×




「…さて、申し開きはあるか?白蕪」

「無いです…」


 結局、翠が空歩まで使ってわざわざ俺と、ついでに矢代も送ってくれたのに、遅刻してしまった。

 俺が翠から離れたその瞬間を待って居たかの様に押し寄せて来た女子たちによって、翠と引き離された後、しばらく返してもらえなかったのだ。

 しかも、翠には先に行っていいと言って、行かせたのはいいが、矢代も何故か先に行ってしまっていた。

 俺が助けを求めても、


「ふんっ。…そんなに女子に囲まれてたいなら、囲まれてればいいじゃない。…どうせ…私なんか……」


 とか何とか言い残して、去ったのだ。正直、訳が分からん。


 ──そして、現在に至るわけだが。


「先生!…その、私が白蕪君を止めたのが悪いんです!」


 …始まってしまった、か。


 毎回毎回、俺が遅刻すると必ず誰かが手を上げて立ち上がり、そして言う一言。

 それが、さっきのやつであり、つまりは俺を助けようとしてくれている…と言うよりただの事実だわ。うん。

 まぁ、始まった、と言ったのだから、後がどうなるかは分かるだろう。


「先生、私もです」

「私も!」

「う、ウチだって!」

 、

 、

 、

 。



「…ようし、分かった。…お前ら、登校妨害として、その分の課題を追加する!…白蕪、お前の事はいつもの通りだ」

「…どもっす」


 結局、苦笑いしながら見ていた麻弥花と風香、周りが続々と立ち上がる事に溜息をついていたすみは、無反応だった新庄を除いた他全員が、今回一番最初に言い出した木下の後に続く様に立って居た。

 既に何度となく見た光景とはいえ、流石に片眉に変な力が入る。


「……カムバック、俺の…平穏……」


 ──こうして、新たな一日が始まりを告げた。

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