その7
幻覚でも妄想でものない生身のシュリが、ルークを探しに来たことに、正直喜びよりも焦燥が勝った。
負傷したルークには、彼女を最後まで守り通せる保証がない。
敵国民だと相手に伝われば、見逃してもられる可能性が高いが、こうしてルークとともにいることは、彼女の寿命を縮めかねない最悪の事態だった。
帰れと言ってもシュリは頑固にも聞く耳を持たず、無理やり押しやったがそばから離れようとはせず、その細腕でルークを抱えようとした。
こんなときでなければ、シュリとの触れ合いに心弾ませたルークだが、今だけはその触れ合いは余計なものだった。
案の定彼女は男の身体を支えきれず、一緒に倒れこんだ。そしてルークは近くにいくつかの気配を察知した。
敵だというのは茂みの隙間からほんの一瞬目にしたその軍服の色で判断した。敵の中でも、今回の襲撃を首謀した過激派の人間ならばシュリもろども命はないだろう。
しかしルークはまだ死ぬわけにはいかない。
もちろんシュリを死なせるわけにも。
当然だ。なぜなら――、
(まだなにもしていない!)
シュリとのめくるめく未来のために、ここで死ぬくらいならば生き恥をさらす。
決意とともに、敵と向き合った。
――シュリを人質にして。
敵の中に、シュリと同じ緋色の髪をした男を見たとき、彼女の近親者なのだとすぐに悟った。よく見れば、顔立ちも似てなくはない。あくまで、似てなくは。
しかし、シュリがこちら側にかくまわれていることが伝わっているかどうかを確かめようがない以上、方法はひとつ。
この作戦でいけば、まずシュリの命だけは助かる。
ルークはシュリを守るために、彼女の細い首をしめた。もちろん、間違って死んでしまわないよう頸動脈は避けて、力の加減もして。
シュリの苦悶ににじんだ横顔はルークの心を苛んだが、それもすぐに腕へと発砲されたことによって痛みに取って代わられた。
シュリがケビンと呼ばれた近親者の男に奪い去られたときは、自分でそう仕組んでおきながら、心臓をえぐられたような痛烈な痛みを感じることとなった。
それを助長するようもう一度の発砲によって、毎日大切にちまちま舐めていた野いちごジャムをダメにされ、傷心のまま地に伏せた。
(野いちごちゃんに再会できる日までの糧が……!)
あちこちの負傷と、ジャム喪失、そしてシュリを手放さなくてはならない苦痛に、ルークはある意味生き絶えかけた。
死んだふりをしなくても、半分死んでいたルークに、近親者の男は追い打ちをかけることはなかった。
しっかりとシュリの現状が伝わっていたらしい。
しかし他の仲間にまでは、どうかわからない。
そして、シュリの泣き叫ぶ声が遠ざかる。
自分は平気だと知らせることもできず、ただ連れていかれるシュリの後ろ姿をいつまでも見つめ続け、ルークは傷心のままに――意識を手放した。
シュリと感動の再会を果たし、幸せな結婚し、とうとう待ちに待った初夜。シュリは夜着をしっかりと着込み、それでも恥じらいながら寝室へと入ってきた。
おずおずとベッドに腰かけたルークの隣へと座ると、乾かしたての髪から甘い果実の香りが立つ。
ルークは勢いのまま貪りたいのを耐え、彼女の緊張を解きほぐすように、まず愛の言葉を捧げる。
「俺の野いちごちゃん。愛している」
シュリが瞳を揺らし、ルークの夜着の端を握って言った。
「わ、私も……愛してる」
シュリの告白はルークの理性を一瞬で焼き切った。
初々しい新妻の赤く染まる頬に触れて、そのまま後頭部へとすべらせ引き寄せようとした――ところで、ルークの脳天に衝撃が落ちた。
願望に満ち満ちた世界が霧散し、ぼやけた視界に入ったのは、シュリとは似ても似つかない険しい顔つきのクロッカンと、ルークの片手に頭ごと引き寄せられて必死にもがくリョカだった。
彼をシュリと間違えて抱き寄せようとしていたらしい。ルークはあたりを見渡す。簡易ベッドがずらりと整列し、その上には負傷者がいるだけだった。
「俺の野いちごちゃんは……?」
「おまえのかは知らんが、あのジャム娘は無事あちらへと着いたそうだ」
ルークの腕からすとんと力が抜け落ちる。おかげでリョカが解放された。
「まずは傷を治せ。その頃にはこの不毛な争いも終わって、自由に行き来できるだろう。――こいつが逃げないように、しっかりと見張っておけよ」
命令を受けたリョカが頷き、クロッカンを見送る。
「ガレット中将が木の下ですやすや眠っている間に、事態は沈静化しましたよ。しばらくは怪我の治療に専念してもらいますからね」
すやすやなど眠っていない。最近寝不足だったとはいえ。
「リョカくん、俺は野いちごちゃんに看病してもらいたいのだが」
「無理に決まってるじゃないですか。野いちごさんに会いたければ、安静が最大の近道ですよ」
ルークは小姑めいたリョカに従い、安静とその後のリハビリを真面目に続けた。
愛ゆえのことだった。




