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その5

お久しぶりなのに、あまさゼロの回です。

懲罰房にて。




 ルークが十数人がかりでぶちこまれたのは、反省を促すためだけに造られた懲罰房のひとつであった。

 牢とは違い、狭いながらも寝るだけの間ならば特に不自由はない造りとなっている。

 ただ、いつ洗ったかわからない薄汚れた毛布が無造作に置かれているが、幸いにも今は使わなくてもいい気候だ。

 顔がぎりぎり通り抜けられない天井付近の換気窓からは、反省を促すかのように儚く瞬く星空を臨むこともできる。

 少し前までのルークであれば、ここでのんびり気ままに、反省することなく出してもらえるまで寝てすごしただろう。


 しかし、今は違う。


 この猛獣ひしめく男の巣窟に、可憐な野いちごがひとつ、無防備にもおいしそうな香りを放ち実っているのだ。

 心ない男どもの手によって、今まさに、もがれようとしているのではないかと気が気じゃない。

 現実として、ルークのお気に入りに手を出そうなどという無謀な者はいない上に、横恋慕するほどシュリは絶世の美女というわけでもないので、そこは恋は盲目というものだった。

 出入り口は堅牢な鉄扉に閉ざされている。無駄な人員の削減のためにか、見張りの者もそばにはいない。

 ルークとしてはむしろ、誰かいてくれた方がうまく言いくるめて逃亡の可能性を見いだせた可能性が高かった。

 ルークの性格をよく把握しているクロッカンには、その辺り、すべてお見通しだったらしい。

 ルークは無言で扉を蹴った。

 がん、と鈍い音を立てて、若干だが扉の下部に薄く傷がついた。

 が、当然びくともしない。


「……。愛する二人を引き裂くなんて」


 シュリがルークを愛しているかどうかは、この際別問題なのだ。


「野いちごちゃん……」


 名前を呼べば、無情にも牢の中にはその声が虚しく響く。

 当のシュリはといえば、ルークを気にしながらも、安息の眠りについたところだった。シュリも朝から色々とあったことで疲れているので、それは仕方のないことではある。

 目下の目的は、脱出のち、眠るシュリをキスで起こすことだ。


 そう。――王子様のごとく。


 そうと決まればと、ルークは勢いをつけてねずみ色の壁を軍靴の爪先で蹴り、換気窓の鉄格子へと手をかけぶら下がった。反対の手も鉄格子へとかけて、腕の力で顔を上げて外を覗く。

 そこには闇に溶ける地上が、はるか遠く下に見える。

 ルークはすっかりと失念していたが、ここは要塞の最上部であり、窓からの逃亡ははなから不可能であった。

 ルークは感情を抑えて、鉄格子に額をぶつけた。

 額は赤くなったが、こちらは簡単に壊れそうだった。

 一旦房の床へと下り、ルークはしばし考える。


(扉を一晩中蹴り続けるか、狭い換気窓に身体をねじり込んで落下するか……)


 無謀なルークが再び換気窓を見上げたところで、こつこつ……と、足音が近づいてきた。歩幅的に、少年といったところだろう。

 こういう状況下において、ルークに面会に来るのは彼しかいない。


「リョカくん?」


 ルークが問いかけると、あわあわしてリョカがそばまで駆け寄ってきた。


「こっそり来たんですから、大きな声を出さないでくださいよ!」


 リョカの声の方がずいぶんと大きいのだが、ルークはそんな瑣末なことを指摘するほど器は小さくない。


「助けに来てくれたのか? まったく、ここにはリョカくんしかまともな人間がいないのか……」


 事実、リョカは常識人だ。そばにいる反面教師のおかげで。


「僕がまともかどうかは置いておいて、差し入れを持って来ました。懲罰房では食事が出ませんからね。見つからない内に食べちゃってください」


 リョカが鉄扉の小窓のわずかな隙間から、パンをふたつ差し入れた。

 ルークはそれを受け取り、真面目に尋ねる。


「助けてはくれないのか?」


「そんなことをしたら、クロッカン大将に大目玉を食らいますよ」


 ルークは、やはり己が仇敵を抹殺しておかなかったことを悔いた。

 悔いながら、パンをかじった。空腹だったのだ。

 しかしただのそっけないパンかと思いきや、中から果実の甘酸っぱさが口腔内へとふわりと広がった。

 よくよく見てみれば、パンの切り込みの内側にジャムが塗られている。


(これは、野いちごちゃんの!)


 ルークにはわかる。これはシュリの味だ。


「野いちごさんからですよ。それを食べて、ゆっくり反省してください」


 反省はどうでもいいが、パンはゆっくり味わって食べた。

 ルークは、舌で感じた野いちごジャムよあまさが、脳内でシュリの味となり、そして血肉となり、今まさに彼女がすぐそばにいるような幸福感を得た。

 そして最後の一口を噛みしめてから、早くここを抜け出さねば、と心新たに脱出への意気込みを深めた。


「それと、明日の朝にはここから出してもらえるそうですよ」


「明日の朝では遅いではないか! そうだっ、俺の野いちごちゃんが、やつらになにをされるか……!」


 シュリをそばに感じていたせいで、彼女がひとりきりだということを失念していた。

 この要塞内でルークが頼れそうなのは、目の前にいる少年くらいなものだった。

 腕っ節に、不安があるにしても。


「リョカくん! 君だけは信用に足る。ひとっ走りして、野いちごちゃんの部屋の前で見張りをしてくれないか? 俺が行くまで、頼む」


 真剣な眼差しのルークに、リョカはすぐに呆れ混じりのため息をついた。


「仕事で褒めてほしかったです」


「安心したまえ。リョカくんの仕事ぶりは、クロッカンが見ている」


 それを聞いたリョカが半眼になった。

 ルークに後輩の教育、育成は絶望的に不向きなのだ。それを本人も理解した上で、はじめから放棄している。

 どちらにしても、ルークにはなんの権限もない。クロッカンの目の前で手柄を立てるのが、出世の一番の近道だった。


「そういうことじゃないんですけど……。それに、野いちごさんなら大丈夫ですよ。むしろ中将がいない方が安全です」


 なぜかきっぱりと断言するリョカに、ルークは目を剥いた。


「そんなはずないではないか。俺の腕の中こそ一番の安全地帯だ! あんな、誰が押し入るかもわからない、蹴ったらすぐにドアが開く危険な部屋にいてはすぐに猛獣どもにっ……、ああっ!」


 おそろしい想像に、ルークは頭を抱えた。


「わかりましたっ、もう! わかりましたよ! ひとっ走りして野いちごさんの部屋の前で見張ります! ですから、中将はおとなしくここで反省していてください!」


 シュリが無事ならば、ルークはそれでいい。

 もちろん反省する気は皆無だが、背に腹は変えられずに、神妙に頷いてみせた。

 最後の最後まで疑いの眼差しをしていたリョカがまさしくひとっ走りしていき、ルークはまたひとり、静寂な懲罰房に取り残された。


 シュリはもう安全で、不本意だが時間もたっぷりとある。


 ルークは再度窓を見上げ、壁に足をかけたのだった。




結局脱走できず、毎朝肩を揉みながら現れるルークです。そして夜のたびに懲罰房へと入れられる……。

入れる方が大変Σ(゜д゜lll)

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