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その2

ルークから見たシュリとの出会いです。



 ようやく仕事が休みとなった日の早朝から、ルークはシュリの野いちご摘みに同行していた。

 森には人の目が少ない。シュリのすべらかな頰にキスしても、ぷるんとした唇に口づけても、感情あふれて押し倒したとしても、恥じらう必要がないのだ。

 それはルークのみの考えであり、シュリが野外での睦み合いを容認することはないのだが、ご機嫌で森を奥へ奥へと進んで行く。


「たくさん野いちごを摘もう」


「そうね」


 考えていることがずれていることに、残念ながらどちらも気づいてはいなかった。

 そうして到着したのは、シュリがルークにはじめて出会い、助けられた場所だった。感慨深く、あたりを眺める。


「ここでルークに助けられたのよね。……その後のことが全体的に衝撃的すぎて、ついうっかり忘れそうになるわ」


「野いちごちゃんが忘れてしまっても、俺は一生忘れない」


「ルーク……」


 いい雰囲気に持っていくことに成功したルークは、シュリの腰を抱き寄せて唇を交わした。

 シュリはどこもかしこも不思議と甘く気持ちがいい。ルークは角度を変えながら調子に乗って舌で責め立てたらバシバシと胸を叩かれ、不完全燃焼のまま唇が離れてしまった。


「息がっ、できないじゃないの……」


 まだまだ初心なその反応が、ルークをさらに昂らせた。

 たくさん実った野いちごたちに見せつけやろうとばかりに、勢いをつけてシュリを押し倒す。


「きゃっ! な、なに!?」


 状況を呑み込めていないシュリの上にのしかかるルークは、エプロンドレスをそのままに、下のブラウスのボタンを無理やり外そうとして叱られた。


「ルーク! こんなところじゃ嫌よ!」


 顎が全力で押されて、ぐぐっと耐えつつシュリを見下ろす。


「ほら、誰も見ていない」


 確かに人の目はないが、野いちごたちに見せつけようとしていた人間とは思えない発言だった。

 シュリの顔は野いちご並みに真っ赤に染まっている。こんな大好物を目の前に、ルークはとても夜まで待てそうになかった。

 それでもシュリが拒む。


「だめ! ……恥ずかしいわ」


(恥ずかしい……?)


「でも野いちごちゃんは、前にもここで裸になっているのだが……」


 シュリは記憶から消しかけていた、意識を失っている間にルークに服を剥かれて武器等の所持を確認された件を思い出し、羞恥でますます赤くなった。


「こ、こ、こんなところで調べたの!? 他の人に見られたらどうするつもりだったのよ!」


「他人になど見せるはずがないではないか! 鳥の目からさえも隠し切った!」


 そんな努力をする前に、室内に運んでからにしてほしかったと思うシュリをよそに、ルークはあの運命的に出会った日のことを思い返していた――……。







 ルーク・ガレット中将のこの戦においての役割は、前線に出ることではなく、王太子派の者との連絡係を極秘裏に務めることだった。

 しかし中将としてそこそこ顔が知られているが彼が何度も王都に顔を見せては現国王派に怪しまれる可能性もあるのだが、そこはルーク。一見ただの優男であり、人を食ったような言動と中身のない不真面目さが周知されているので、戦中に王都をうろついていても怪しまれないだろうという、クロッカン渾身の采配であった。

 それでもクロッカンは、本当に使えない人間にこのような大役は与えることはないので、ルークを腹心として認めていることが垣間見えた結果でもある。

 しかし当のルークには、その信頼のひとかけらも伝わっていないことが悲しいところだ。

 そうして任務を終えて王都からなんなく帰還したルークだが、真っ先に向かったクロッカン執務室はがらんとして主人の不在を訴えていた。

 色々と報告することがあったのだが、探すのがめんどうなので定例会のときでいいだろうということにして、最優先事項を後回しにした。

 そして一息ついたところで口寂しくなり、胸ポケットを探ったが、そこはぺこりと空気が抜けてへこんだむなしい結果に終わった。


(……そうだ。リョカくんに買ってきてもらおう)


 王都を往き来して疲労していたので、他力本願なルークだ。

 ちょうどすれ違った名前も知らないような相手に、ルークは軽い調子で問いかけた。


「リョカくんは?」


 唐突な質問にぽかんとした彼が慌てて首を振り、知りませんと答えたので、ルークはどこにいるかわからないリョカを探す手間を放棄した。

 これは自分で動いた方が早い。せっかく森がすぐそこにあるのだから、なにか代わりになるものがあるかもしれない。

 戦闘区域まで行くので、ルークは念のためと称して装備を携えた。もちろん許可など取るはずがない。それどころか、許可がいること自体、ルークは知らなかったのだ。

 中将であるルークの自由な振る舞いに、いちいち小言を言って構ってくれる奇特な人は、クロッカンとリョカくらいなのだ。

 そのどちらも見当たらないということは、咎める者がいない、ということと同義だった。

 ゆえにルークはこれまで、細かな規則違反の数々をほぼ見逃され続けてきたのだ。

 ルークの本音としては、うるさく言われることは案外嫌いではない。人付き合いに向かないだけで、人嫌いではないのだ。

 そうして意気揚々と森へと踏み入り、数種類の草の匂いを嗅ぎながら選別収集していると、人の気配を感じて、瞬時に腹ばいで草間に伏せて身を潜めた。

 ほぼ射撃の腕だけで中将にまで登り詰めたルークだったが、心情的には無駄な殺生は好まない。だからこそ急所を外すという技を身につけたのだ。

 殺されかけたら生きるために戦わなくてはならないが、そうでないのなら穏便に済ませたいと常々思っていた。


(それに、かっこいいところを見せる相手もいないからな……)


 ルークは一応ライフル銃を構えはしたが、敵や味方のどちらでもない素人くさいその妙な動きに、違和感を抱いた。

 そして草の隙間から極めた先にいたのは、やはり敵国の軍人などではなかった。

 まず真っ先に目に飛び込んできたのは、淫靡な赤と純真無垢な白とのコントラスト。

 そう。そこにいたのは人ですらない。楽しそうに野いちごを摘む、森に舞い降りた野いちごの妖精だった。

 その瞬間、ルークの脳天に雷が落ちて、全身に閃光が駆け抜けた。

 彼女はそんな男の衝撃に気づくことなく、野いちごをぷるんとした愛らしい唇へと含む。微笑んだ顔は、可憐な野菊のようだ。

 ルークは頰が緩むのを感じたが、銃を持つ手だけは微動だにしなかった。

 これぞ訓練のたまものだ。


(ああ! なんておいしそうな野いちごちゃんなんだ!)


 野いちごがではない。野いちごちゃん(・・・)がだ。

 ルークは彼女を捕獲することを決意した。

 どちらの国の人間でも構わない。どうせ放っておけばその内、こんなくだらない争いは終わるのだから。

 いかにして声をかけようかと近年稀に見る真剣さで思案していると、今度はいくつかの気配が近づいてきていることを敏感に察して、すぐさま警戒を強めた。これは訓練を受けた人間の動きだ。

 どうやら野いちごの彼女が、取り囲まれているような雰囲気だ。

 ルークは状況を見極め、残りの神経を引き金にかけた指へと集中させる。

 可憐な彼女の行く手を阻むように、突然無粋な男たちが現れ出た。その銃口を、彼女へと向けながら。


(女性に銃口を向けるだと!)


 なんて許しがたい所業だ。やつらを男として、やってはいけないことをした。

 ルークのフェミニストの逆鱗に触れたのだ。

 ゆえに、ルークは遠慮なくぶっ放った。ただ殺すことが目的ではないので、まず狙ったのは足。それもかする程度に留めた。

 見えない敵に対して畏怖さえしてくれれば、野いちごの彼女を置いてこの場を立ち去るだろう。

 そして何度か撃って彼らの銃を弾き、戦力を奪ったところで思惑通りに男たちは退避していった。

 ルークはそれを見届け、颯爽と彼女の救出へと向かったのだが、可哀想に、彼女は恐怖でぱたりと気を失ってしまった。

 しかしルークは、そんな彼女を見下ろして、ごくりと生唾を飲み込んだ。

 柔らかな草の上へと扇情的に広がる緋色の髪。倒れたことで乱れたエプロンドレス。ふわりとしたスカートからちらりと覗くすべやかな太腿や、細くなめらかな首筋に、はっきりと劣情をたぎらせた。


(……そうだ。服を剥こう)


 これは危険なものを持っていないか確かめるための、重要かつ正当な行いだ。そう。決して、やましい行為などではない。

 ルークは自分にそう言い聞かせると、らんらんと目を輝かせて、シュリの服を脱がせはじめ、そのまま柔らかくすべらかな素肌を犯罪すれすれのラインで楽しんだのだった……。







 回想から戻ると、ルークは押しつぶすようにシュリに抱きついた。

 今はこうして、理由などなくても抱き合える。夫婦なのだから。


「……ルーク?」


「はじめて会った日のことを思い出していた。野いちごちゃんに会えて、幸せだったなと」


 野外で服を剥ぎ取られた件についての蟠りはあるも、シュリも同じ気持ちだったのかルークの背中へと腕を回して応えた。


(これは……いいという合図か!)


 ルークは本能のまま、さっきはだけさせた胸元に吸いついた。白い肌に赤く花が咲……いや、野いちごが実る。

 シュリは明らかに嫌がって身じろぎしているのだが、ルークはお構いなしだった。恍惚としながら、自分の愛妻を愛でる。

 本来ならば毎晩シュリをかわいがりたいルークなのに、お預けと言う名の拷問を受けてばかりなのだ。

 たまには拷問をして、強制労働をさせたい。その一心だった。

 しっぽを振って盛る犬のようなルークに、ついにシュリが白旗を揚げた。


「ルーク! やめてっ、わかったから! 夜にしてちょうだい!」


 言質を得たので、今は引くことにした。嫌われたら元も子もないのだ。


「ならば早く野いちごを摘んで、ジャムを作って完売させよう!」


 ルークは愛妻といちゃつく時間の確保のために、張り切って身体を起こした。


「下心が丸見えよ……」


 二人がかりならば、いつもの量を半分の時間で摘むことができる。そしてルークはなぜか近所の奥さま方に人気があり、店頭に立つ日の売れ行きがいいので、夕方には売り尽くせているかもしれない。

 それもこれもすべては、シュリの言う通り、下心の賜物だ。

 こうしてルークはめきめきとジャム販売の才能を開花させていくのだが、本業がおろそかとなり、クロッカンに相変わらず叱られ続ける運命なのであった。





次回は……クロッカン大将かな?


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