後編2
本日二回目の更新です。お気をつけを!
それがどうしてこうなったのだろう。
次の日、なぜかメアリはクロッカンとともに自宅のリビングでシュリとルークと向き合っていた。
メアリの無事な姿に胸を撫で下ろして脱力しているシュリと、ふてくされた表情のルークは対照的な様子だ。
そしてクロッカンがまず一言、メアリも気になっていた点について、ルークへと突っ込みを入れた。
「嫁の耳をかじりながら人と向き合うな!」
ルークは不機嫌ながらもシュリに後ろから抱きついて、耳たぶを食んでいる。さっきまで見せつけるようにあちこちへキスをしていたので、まだましになったと言えるだろうか。
しかしメアリには刺激が強すぎた。当人であるシュリを含めて、姉妹はそろって真っ赤だ。
「それで? 新婚休暇中に、無粋にもこの愛の巣に上がり込んでなんのご用ですか? 今忙しいんですが?」
敬語なのに、なぜこんなにも不遜なのだろう。メアリはルークという人間がまだ測りきれていなかった。
「ルーク。話が進まないから黙ってて」
ルークはすねてシュリの隣へと腰を下ろした。クロッカンを睨んでいるのは変わらないが。
「メアリ、昨日帰って来なかったから、みんな心配してたのよ?」
「ごめんなさい……。コケモモ摘みに出かけて、落とし穴に落ちて、大将さんに助けてもらったの。そうしたら雨が降ってきて帰れなくなって……」
「え、大丈夫なの!? 怪我は?」
「うん、少し打っただけ」
シュリが安堵の息をつき、クロッカンに深々と頭を下げて礼を述べた。
「ありがとうございます。メアリを助けてくれて」
「いや、罠を早めに撤去しなかったこちらの責任だ」
クロッカンがことの詳細をシュリへと語り聞かすと、ルークが途中で口を挟んできた。
「わかった。大将が妹ちゃんを助けたのは感謝しよう。だからもう帰って大好きな仕事に励んでください。俺たちはまだこれからやらねばならないことが山ほどあるので、どうぞお引き取りを」
「ルーク」
「だって野いちごちゃん。妹ちゃんも無事だったんだから、これからお預けだった野いちごちゃんの野いちご摘みを――」
「ルークッ!!」
シュリが顔を朱に染めルークを叱った。ついでにクロッカンにも怒鳴られる。
「おまえっ、人がいるときにそういうことを口に出すのはやめろ!」
メアリはなんのことがわからなかったが、二人で仲良く野いちご摘みなんて新婚らしいと思っていた。なのにシュリはむすっとして、ルークの腕をはたいている。
そしてはたかれているのにも関わらず幸せそうなルーク。相変わらずラブラブだ。
「馬鹿夫婦、話をいいか?」
真面目なクロッカンが切り出した。夫婦と言われたことにはにかむ二人を無視して、爆弾を放つ。
「彼女と結婚を前提に付き合うことになったから、その報告に来た」
「……え?」
「まさかっ! ……ついに、妄想が……?」
「誰が妄想だ!」
「だが、これでは美少女と野獣……いや、猛獣か……? どこからどう見ても、脅して手籠めにしたようにしか……」
「おまえじゃないんだから、手籠めにはしてない!」
「なにをっ! 俺は初夜まで死に物狂いで耐えた! 耐え抜いた! あの厳しい拷問の末に、今がある!」
「おい。こいつがいると話が進まない。追い出してくれ」
クロッカンに請われて、シュリは戸口へと向かってライラとセナを呼んだ。二人ともこそこそ覗いていたのは丸わかりだった。
「ライラは悪いけど、話が終わるまでお店をお願い。それでセナは、ルークと遊んであげてちょうだい」
「はいはーい」
ライラは素直に返事をして店へと駆けて行った。
「なぜ俺が……」
く、と歯噛みするルークを、セナがじぃっと見上げて、小さな手のひらを差し出した。
「セナが遊んであげるから、泣かないの」
「泣いてはいない。……まだ」
幼児に手を引かれて、ルークはどこかへと連れられて行った。子供には強く出れない性質だ。
それとも心が子供の頃から成長していないのだろうか。
「それで、メアリ」
シュリの目がメアリへと向けられる。姉にあれほど野いちご摘みには行くなと懇願した自分が、こうして似たような状況になったことを叱られると思い、肩をすぼめた。
しかしおずおずと見返したシュリの瞳は、心なしか興奮でキラキラしていた。
でかしたわメアリ! さすがは私の妹! こんな優良物件を捕まえてくるなんて! という心の歓喜が、メアリへとびしびし伝わって来るのだが、ここぞとばかりに長女らしく取り繕っている。
「メアリも好きなのよね?」
「うん、あ、……はい」
「それなら私からはなにも言うことはないわ」
あっさりと認められたことで、クロッカンが拍子抜けした声で尋ねる。
「……いいのか? 美少女と野獣だぞ?」
「メアリを大切にしてくれる人なら大歓迎です。ただ私も結婚したばかりだから、今すぐ結婚したいと言われたら困るけど……」
「焦っているわけじゃないからそれはいいが、本当にいいのか? 年だって倍以上違うぞ?」
「男は年齢じゃないわ! 年収よ!」
シュリのもれた本音に、クロッカンがうろんな目になった。
「それに大切な妹に、ルークみたいな人が言い寄るのだけは困るのよ。そうなる前に真面目な人に見初められていた方が安心じゃない」
(姉さんはなんでお義兄さんと結婚したんだろう?)
謎は深まるばかりだ。
「それにしても……」
シュリがクロッカンを意味深にちらっと見遣って、くすっと笑った。
「なんだ」
「まさかクロッカン大将が、ルークの弟になるなんて」
すっかりとそのことを忘れ去っていたクロッカンが、愕然とした表情で立ち上がろうとして失敗した。テーブルが小さめだったせいで、膝をぶつけて椅子に逆戻りする。
「ガレットの、弟……」
それはやはり相当な屈辱らしい。
メアリは付き合うのをやめると言われてしまうのではないかと怯えていてのだが、クロッカンは自分自身とどうにか折り合いをつけ、深く息を吐き出した。
「嫌なのはお互いさまだな」
こうしてシュトーレン家では、メアリは正式にクロッカン大将の婚約者となることが決定した。
思いがけない急展開ではあったが、メアリは好きな人と一緒になれるという幸せで夢見心地だった。
これから仕事へと戻るというクロッカンに、メアリは思いついて商品棚からジャムを取ると手渡した。
「これがリンゴンベリージャムです」
クロッカンはそこに描かれた赤い実を目にして、ああ、と合点いったように頷いた。
「イワモモのことか」
「イワモモ?」
「よく岩場に自生してるだろう? 前に訓練で岩場を登ってるときにどこかの馬鹿のせいで巻き添えになって滑落して、助けが来るまでしばらくそれを食べてすごしたことがある。……懐かしいな」
(そんな危険な……)
不安で瞳を揺らすメアリに、クロッカンはためらってから頭へと大きくあたたかな手のひらを置いた。
「そう簡単には死なない」
だけど心配なものは心配なのだ。メアリは頭に置かれた手を取り、両手で包んだ。
「会えないときは、手紙で無事を教えてください」
気恥ずかしいのか、クロッカンはメアリを見ないでそっけなく言う。
「……気の利いた言葉は書けないぞ?」
「一言でも構いません。それで……時間のあるときは、会ってくれますか?」
「わかった」
まるで恋人のようなやり取りだ。メアリは頬を染めて俯いた。シュリとルークのいちゃいちゃっぷりに比べたらまだまだ足元にも及ばないが、メアリにはこのくらいスローペースが好ましい。
「いってらっしゃい。お気をつけて」
新妻みたいなことを言ってみる。赤くなったのはクロッカンの方だ。
「……所帯を持った部下が早く帰りたがる気持ちが、今はじめてわかった気がする。――行って来る」
こんなときも決して休むことなくすぐに職務へと戻っていくクロッカンの、びしっと伸びた背中を、メアリも背筋を伸ばして静かに見送った。
次に会えるのはいつだろう。
今度お弁当を作って持って行こうかと幸せな想像に浸りながら、メアリは今日もジャムを売るのだった。
というわけで、メアリとクロッカン大将のお話はこれでおしまいです!
ただ、シュリの妹とルークの上司なので、またちらちら出てくると思います。
そして次回はこの物語のヒーローこと、ルークのお話予定です。ヒーロー感は皆無だと思いますが……生あたたかく見守ってあげてください




