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ほんのちょっとだけ流血表現があります。ご注意ください。



 シュリがいつも野いちごを摘んでいた場所は、隣国とのちょうどど真ん中にあった。そこには真っ赤に熟れた、大ぶりの実をつける木が密集している。

 人があまり入っていかない未開の奥地にあったからか、これまでその野いちごを奪い合う相手は、人でなくむしろ動物の方が多かったくらいだ。

 しかしきっと今は、動物たちもうかうか野いちごを食べている余裕はないだろう。

 拳銃の発砲音は、動物たちにとっても脅威だ。狩られるのが自分たちでなくても、退散を余儀なくされる。

 シュリは気を張りつめ、周囲を警戒をしながらもなんとか野いちごがなる木を探し出した。


「朝だから銃撃戦もないし……よし。大丈夫そうね。さっさと摘んで帰らないと」


 シュリは腕捲りをすると、赤く輝く野いちご摘んでは籠へと次々溜めていった。

 そして時おり口に入れて、その果実本来の甘酸っぱさを久しぶりに堪能して微笑む。


(これで最高のジャムが作れるわ)


 旬のものは旬に食べるのが一番なのだが、腐りやすい果実は日持ちさせるためには加工するしかない。ジャムやコンポートにすれば、保存の仕方さえ誤らなければ長く楽しめるので、遠方へ持ち運びも可能だ。

 この野いちごジャムで、たくさんの人を笑顔にできる。

 それはなににも変えがたい幸せだった。

 籠いっぱいにあふれた野いちごを眺めて、シュリは満足げに笑んだ。


「うふふ、みんなびっくりするわね」


 こんなに簡単に野いちごが摘めるのならば、もっと早くに決意しておけばよかった。

 そうして、また明日も来ようかなと、楽観的なことを考えていたときだった。

 パンッ! という銃の発砲音が空気を揺らし、シュリはとっさに耳を塞いで悲鳴をあげた。

 木々に止まってさえずっていた鳥たちも、一気に羽ばたき飛び去っていく。空からはらはらと舞い落ちてきた羽は、シュリの周りへと降り注いだ。


「もしかして、銃撃戦がはじまった……? だったらまずいわ、急いで逃げないと」


 重さのある籠を腕にかけて、スカートを持ち上げる。ころころと赤い実がいくつかこぼれ落ちたが、構ってはいられなかった。

 見つかれば捕まる。それにもし運悪く流れ弾に当たりでもしたら、きっと二度と家には帰れないだろう。

 無言の帰宅も許されず、朽ち果て野いちごの糧となる。

 それが老衰後のことならば本望なのだが、


(まだ死ぬわけにはいかない。妹たちの晴れ姿を見るまでは……)


 シュリはブーツで地面を蹴り、その場から離れようとしたそのとき――、


「そこにいるのは誰だッ!」


 草むらがガサッと揺れ、数人の軍人たちが姿を現すとシュリを取り囲んだ。

 敵なのか、それとも味方なのか。

 戦闘着で判断するかぎりは、故国を同じくする自軍の人間。――つまり、味方だった。

 しかしほっとしたのもつかの間、彼らは銃を構えてシュリへと狙いを定める。引き金へとかける黒い手袋をはめたその指先に、命が秤にかけられていると頭が理解すると全身が震え上がった。


「待って! わ、私は――」


 ――パンッ!


 シュリの弁解をかき消すように、発砲音がした。

 血の気の引いたシュリだったが、破裂音で耳がややぼんやりしているものの、見下ろした身体にはかすり傷ひとつない。

 困惑していると、目の前の軍人のひとりがくずおれるように膝をついた。太ももから、わずかに血がにじんでいる。かすったのだ。

 シュリは卒倒しそうになった。血はだめなのだ。

 そしてまた立て続けに発砲音がし、何度も心臓を跳ねさせた。しかし次々に弾き飛ばされていくのは、シュリを狙っていた銃の方だった。

 おそらくどこかから、なに者かが攻撃してきているのだ。

 だが辺りには、シュリと彼らしかいない。

 少なくてもシュリには、彼らを攻撃した第三者の気配を感じ取ることはできなかった。


「――チッ! 撤退だ!」


 見えない敵に対して体勢を立て直すために、味方のはずの軍人たちが退避していく。

 取り残されたシュリは、とうとう膝が震えて立っていられなくなり、ふらっとその場でへたり込んだ。

 彼らを攻撃したのが隣国の人間ならば、置いて行かれたシュリも早くこの場から逃げなくてはならない。

 なのに、足腰が言うことを聞かないばかりか、慣れない死というものを目の前にした衝撃で、頭が霞がかったかのように朦朧として考えが追いついてこなかった。


(だめよ、ここにいては……)


 白いエプロンドレスを握りしめた手のひらは、汗ばんでいた。

 捕まれば敵の捕虜。血を見るだけでもぞっとするのに、拷問になど耐えられるわけがない。そしてジャム作りしか能のないシュリに、果たして強制労働が務まるのだろうか。

 恐怖と後悔で視界がうるみだす。

 サクッ、サクッと、背後から草を踏みしめる音が近づいて来る気配に、びくんと肩が跳ねた。

 唇をわななかせながら、おそるおそる振り返る。逆光で顔は見えない。それでも、相手の背がすらりと高く、隣国の軍服に身を包んでいることだけはかろうじて見てとれた。

 腰には拳銃や短剣を佩いて武装し、そして肩にかけているのはライフル銃だった。


(ああ……メアリ、ライラ、セナ……)


 あれほど行くなと引き止めてくれた妹たち。それを振り切り、後先考えずこんな危険地帯に足を踏み込んだ。なんて無謀なことをしたのだろうか。

 今も心配して帰りを待っているだろう妹たちへと、ごめんなさい、と謝りながら、シュリはかろうじて保っていた意識の糸を途切れさせた。




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