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野いちご摘みにはご用心!  作者: 名紗すいか
コケモモ摘みにはご用心!
17/29

前編

まずはこの人です。




 メアリがはじめてその人を意識したのは、姉の結婚披露パーティーのときだった。



 緑きらめくガーデンウエディング。

 そこには、ほんの数ヶ月前まで命をかけて戦っていた敵国同士の軍人たちが、主役の二人の門出を祝いながら笑顔で酒を酌み交わしていた。

 その不思議な光景を嬉しく思いながら、メアリは隅っこで空になった料理皿を片づけていた。

 さすがは軍人たちというべきか、料理も酒も出した先から瞬く間に消えていく。

 こういうとき頼りになるのは姉なのだが、今日ばかりは主役であり、裏方を気にすることなく楽しんでいてほしいという思いがあるので、メアリは忙しさを顔に出さないように努めて動く。

 しかしあてにしていたライラが、セナと一緒にはしゃいでいるのはまったくの誤算だった。軍人さんたちの間できゃっきゃとしている。

 その様子にメアリは呆れつつ、パーティーの手伝いをしてくれているケビンの奥さんやお母さん、そして近所の奥さまたちに感謝しながら、主賓の親族として率先して働いた。


(それにしても軍人さんって、どんな胃袋と肝臓をしているんだろう……?)


 みんな赤ら顔でがぶがぶと酒を飲み干す。樽で用意しておいたはずの酒なのに、もう底が見えそうだった。

 そんなに飲んで大丈夫なのだろうかとメアリが心配していると、まだ日も高いのにとうとうろれつの怪しい人が出てきた。そろそろ酒に水を混ぜて出しても気づかないかもしれない。

 そんなことを考えていたメアリは、ふと気がつくと酔っ払いたちに囲まれていた。


「かわいいねぇ〜、きみ。名前は〜?」


 耳元で酒臭い呼気がかかり、メアリは震えた。手にしていた皿の束が、かたかたと音を立てる。

 メアリは姉や妹たちのように、見知らぬ軍人たちとすぐに打ち解けれるような社交性は持っていなかった。だから体格のいい男たちに迫られて、怖くないはずがない。

 しかしせっかくの祝いの席なのに、場を白けさせたくもないという気持ちもある。

 身体を硬直させたまま戸惑っていると、頭上からもうひとつ大きな影がさした。

 その影はメアリを囲んでいた男たちの首根っこが掴むと、


「真面目に働いてるやつに絡むな。それと、おまえら。よく相手を見ろ。ガレットの弟になりたいのか?」

 

 男たちはなぜか、一気に酔いが覚めたかのように青ざめると、首をぶんぶん横に振る。

 性格こそ変わってはいるがメアリたちにも優しい義兄は、軍では違う顔を持っているのかもしれない。

 顔を引きつらせて逃げていく彼らの背中を見送り、その場に残ったのはメアリと、助けてくれたその人だけとなった。


(この人は確か……クロッカン大将)


 大将というくらいだから、相当偉い人なのだろう。粗相をしたらどうしようかと、メアリは急に不安になった。それでも助けてくれたことへのお礼は言わないと。


「あの……ありがとうございます」


「こっちこそ悪かった。はめを外しすぎたんだろう。また絡んでくるようなら姉みたく引っ叩いてやれよ」


「……? 姉さんはそんな粗暴なこと、しませんけど……?」


 彼はなんとも言えない顔で、メアリから目を逸らした。


(……?)


 きょとんとしたメアリは頭を下げると、その場を離れて片づけに専念した。

 そうして用意していた料理が尽きる頃、後はお酒を出すだけだからと、ケビンのお母さんから休憩を取るように言われた。メアリはそこでようやく一息つき、パーティーに参加することとなったのだった。

 ぐるりと見渡し、空いている席を探す。ぱっと目についた空席は、クロッカンの横だった。

 彼のそばにいれば安心だという刷り込みをされたメアリは、まっすぐにそこへと向かい、腰を下ろした。

 クロッカンはそのことに気づいてはいるようだったが、なにも言うことはなく、静かに周囲へと目を配っていた。問題が起きないように、冷静に会場内を俯瞰しているように見える。

 メアリはそんな彼に興味を持ち、よくよく観察してみて気づいた。手ににしているグラスの中身が、酒ではなくお茶だったのだ。

 その横顔をじっと見上げていると、彼が気まずそうにメアリを向いた。


「俺の顔に穴を空ける気か?」


 はっとしたメアリは慌てて首を振った。


「ごめんなさい! 大変失礼なことを……。えぇと、睨んでいたわけではないんです」


「わかってる。俺が恐いなら、あっちにも席が空いてるからそっちに座れ」


 クロッカンが空席を指差すのを眺めて、メアリは目を瞬いた。


「恐い……? 大将さんが?」


 クロッカンが怪訝そうに片眉を上げる。


「恐くないのか? だったらなんで凝視してたんだ」


「その……お酒は飲まないのかと、思って……」


 メアリはしどろもどろになりながらそう答えると、ガレットが、ああ、と合点いったというように手にしたお茶へと目を落とした。


「下戸なんだよ。……誰にも言うなよ」


 口止めされて、メアリはこくこくと頷いた。

 秘密を共有したことが要因なのかはわからないが、メアリは彼に親近感のようなものを抱いた。他の軍人たちには腰が引けるが、彼とだけは普通に話せそうな気がする。

 だが実際は話題がなかなか見つからずに、しばらく沈黙していた。


(話題……なにか、話題……)


「おまえもジャムを作るのか?」


 尋ねられて、メアリはここぞとばかりに、頷いてから質問をした。


「大将さんは、どんなジャムがお好きですか?」


「どんなって……特に考えたことがない。食べれるものならなんでも食べる」


(そっか……味にこだわりがない人なんだ……)


 好きなものがあれば、今度ルークに頼んで差し入れしてもらおうと思っていたのにと、メアリは残念に思った。


「おまえはなにが好きなんだ?」


「わたしは……リンゴンベリージャムです」


「リンゴンベリー? 食べたことないな」


 メアリはあせあせしながら、赤い実で甘酸っぱくて……と説明をしたが、結局クロッカンには伝わることなく、野いちごと同じ括りにされてしまった。リンゴンベリーはコケモモのことなのだが、彼はあまり果実には詳しくないようだ。

 消沈していると、クロッカンがメアリをちらっと見遣り言った。


「見た目が似た姉妹でも、性格は全然違うものなんだな」


「えぇと……はい」


 姉妹の中でも、メアリだけが人見知りをする。シュリは会って間もない人と結婚を決め、妹のライラやセナは、今なんて軍人たちの腕にぶら下がって遊んでいる。だというのにメアリは、一対一での会話でさえ焦って手汗がびっちょりだ。ドレスのスカートを握って、こっそりと拭う。

 クロッカンはお茶を一口飲んでから、なにげなく言った。


「だけど四姉妹の中だと、おまえが一番美人だな。それに慎ましくて働き者で将来有望だぞ。つまらない男に引っかからないよう、気をつけろよ」


「……!?」


 クロッカンはさほど考えもなく、なんとなくそう思ったから言ったのだろうが、メアリは素直に受け止めて、真っ赤になりながら慌てて俯いた。

 姉妹の中で一番。そんなこと、これまで言われたことがあっただろうか。


「び、美人……?」


「好みの問題だが」


 つまりクロッカンの美的感覚では、メアリは美人の範疇に入るということだ。

 男の人に褒められたことで舞い上がっていると、主役である義兄、ルークが騒ぎはじめた。


「野いちごちゃん! そろそろ寝室へ! 一刻も早く夫婦の寝室へ行こうではないか! どきどきな、待ちに待った初や――」


 メアリは横にいたクロッカンに突然両耳を塞がれた。ライラとセナも、聞こえないようにみんなから耳を塞がれている。

 その間もルークはなにかを滔々としゃべり続けていて、シュリがどんどん赤くなっていく様子だけがメアリの目に焼きつけられた。

 結局だだをこねたルークにシュリは寝室へと連行されてしまい、軍人たちの爆笑のまま結婚披露パーティーはお開きとなり、ただの飲み会へと早変わりしてしまった。


「子供がいるのになにてことを口走るんだ、あの馬鹿は」


(子供……)


 ガーン、と頭の中で悲しい鐘の音が鳴り響いた。

 子供ではない。メアリはもう十六歳。結婚だってできる。なのに、子供。

 ショックで立ち直れそうになかった。

 言った当人は、まるで罪悪感のない顔をしている。


「わたしはもう、子供じゃありません……!」


「おまえから見たら俺はおじさんだろう? それと同じ理屈だ」


「そんな、全然おじさんじゃありません! 大将さんはかっこよくて、その、すっ、素敵です……」


 クロッカンは瞬き、それから気まずげな顔で頭をがしがしとかいた。


「なんか……気を遣わせて悪かったな」


 どうやら社交辞令だと思ったらしい。


(本当、なのに……)


 メアリは肩を落としていると、ケビンが輪から抜け出してきて、酒をぐびりと飲みながらにやっと笑った。なんとなく嫌な予感だ。


「美少女と野獣?」


 その失礼な一言にさぁっと青ざめたメアリだったが、周囲でその声を拾った軍人たちが、どっと湧いた。


「大将、野獣だってよ〜」


「あはは、野獣だ野獣!」


「お嬢さん逃げないと! 食われちまうぞ〜?」


 彼らは手を叩き爆笑する。それなのにクロッカンは叱るどころか、彼らへと真面目に突っ込みを入れた。


「だれが野獣だ! まだ人間だ馬鹿!」


「まだ、だってよ!」


 また笑いが起こる。そこには嘲りなどなく、親しみしかなかった。

 彼が慕われているのが肌で感じられて、メアリはほっとして微笑んだ。

 そんなメアリの様子をじぃっと見つめていたケビンが、隣へとどかりと座り、にやにや笑いで耳打ちをしてくる。


「恋する女の瞳になってるぞ」


「な、なにをっ、言って……!?」


「うん? 違ったか?」


「違っ、なんてことを言うの!? わたしが大将さんに恋なんて!」


 大声で叫んだメアリは、あたりがしんと静まり返ったことに気づいた。視線がメアリへと集中する。


(え……?)


 メアリは戸惑った。自分なんかがクロッカンに恋をするなんて失礼にあたると言ったつもりだったのだが、言葉が足りなかったのだ。クロッカンに恋なんてするはずがない、と伝わってしまった。


「あの、違っ……」


「大将! 盛大にふられましたね〜」


「野郎ども、失恋パーティーだ! クロッカン大将を慰めろ!」


 彼らの高らかな笑いに、メアリの弁解はかき消された。


「いつものことだ。気にしてない」


 そう言って立ち上がったクロッカンの背中を、メアリは情けない目をして見送るしかなかった。




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