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痛い描写があります。お気をつけください。
ルークが要塞を守ろうとして撃たれたのならば、すぐ近くにいるはずだ。早く要塞内へと引き入れて救護しないと。
高い灰色の塀。有刺鉄線。扉は錆びついていても頑丈で、要塞を勇猛に守り通している。なのに、ここも狙われた。シュリはきゅっと拳を握りしめた。
そこまで着いたがいいがどうやって外へと出るか迷っていると、ちょうど外から数人の負傷者が帰ってくるのが見えた。
はっとするも、その中にルークの姿はなく、シュリはすぐに気持ちを切り替えて、扉をすり抜ける。
「あ、ちょっと……!」
制止する声など、聞こえないふりをして飛び出した。まだうっすらとほの暗さの残る森。ルークはどこにいるのだろうか。耳を澄ませる。どうやら銃声は遠いようだ。
シュリは周辺の草むらや、木々の下などを集中的に探して回った。帰ってこないということは、きっとどこかに隠れているのだろう。足を引きずり歩くよりも、身を潜めてやりすごしている方が敵に見つかる可能性が低いかもしれない。
息を切らして捜索し、一度呼吸を整えるために木に手をついた。その幹には真新しい銃弾がめり込んでいて、ふと自分が今どこにいるのかを思い出してシュリは震えた。
しかし汗を拭い、また足を叱咤して駆けた。
草をかき分け手のひらを切っても、足の裏を小石で引っかけても、不思議と痛みを感じなかった。それよりも、どくどくと脈打つ心臓が次第に焦れて痛みを増していく。
(ルーク……ルーク……! どうか無事でいて……!)
そしてシュリの願いが通じたのか、ついに木陰で身を潜めているルークの姿を発見した。木を背にして片足を立てていて、その膝に額をつけていた。そして反対の伸ばした足の太ももは、戦闘着の上着で縛られている。
シュリは目を見開き、泥だらけの足で駆け寄った。
「ルーク! 足を撃たれたのね!?」
ルークはシュリを目にすると瞬時に顔を強張らせ、鋭く潜めた声で叱った。
「なぜ出てきた! 早く要塞の中に!」
ルークは素早くシュリを回れ右させて、背中を全力で押しやる。
「待って、ルークっ……!」
「今は俺のことはどうでもいいから、声も身体ももっと潜めて戻れ!」
(どうでもよくなんてないのに!)
シュリはそれに逆らい、ルークの脇の下に潜り込むと彼の腕を自分の肩へとかけ、一気に立ち上がろうとした。しかし気が急いでいたせいでバランスを崩して、ふたりして地面へと転がった。上になったルークはシュリを潰してしまわないように、顔をしかめながら腕の力だけでなんとか自分の身体を支える。
「……うぅ……っ、ルーク!? 大丈夫――」
慌てるシュリの口を、ルークが手のひらが塞いだ。
息を潜めてはじめて、人の気配がすぐそばにあることに気づいた。しかも、いくつもだ。
シュリはルークの言うことを聞かずに叫んでいた上、派手に倒れたのだから、誰かに見つかっても仕方のないことだった。
(囲まれてる……?)
目を横へと向けると、ちらっとだけ軍靴が見えた。息を呑んだ瞬間、ルークがシュリを抱えて上半身を起こした。後ろから伸びてきた腕が首に巻きつくような体勢で、彼の足の間に座っているシュリは混乱して顔だけ振り返った。
「ル、ルーク……?」
ルークはなにも答えずに、前を見据えている。そこから、銃を構えた数人の軍人たちが次々に姿を現した。
「それ以上近づくな。人質を殺されてもいいのか?」
はじめて聞くルークの冷淡な声。まるで知らない人のようだ。
そしてその言葉が真実であるか見極めようとしていた彼ら中でひとり、シュリの姿をあ然として見ている青年がいた。シュリと同じ、緋色の髪の青年が。
「シュリ!? シュリか!?」
「ケ、ケビン……?」
従兄のケビンだ。こんな偶然あるのだろうか。
ケビンは銃を下ろしかけ、だがシュリを拘束するルークへともう一度しっかりと銃口を向けた。
その顔には憎悪が浮かんでいる。目の前で従妹が人質にされているのだから、当然の反応だった。
「おとなしくシュリを解放して投降しろ。そうすれば、命だけは助けてやる」
「ケビン待っ……く、」
話を聞いてもらおうと口を開くと突然、首にルークの腕が食い込んで、シュリは息ができなくなった。苦しさに顔が歪む。
(ルーク……? なんで……)
「シュリッ!? ……この、野郎!」
ケビンの声に合わせて、パン、と破裂するような音があたりに響き渡った。
反射的に目を閉じたシュリは、おそるおそるまぶたを上げる。ケビンと目が合うと同時に、シュリの首の戒めが外れた。
く、という押し殺した声がして、慌てて振り向く。額に汗をにじませるルークが眉を寄せて、腕を押さえていた。
「ル――」
「シュリッ!」
シュリは駆けつけてきたケビンによって、ルークから引き剥がされた。
「待って、ケビン!」
「シュリ! 話は後だ!」
シュリはケビンに腰を抱かれて身動きが取れず、苦々しい表情を向けているルークの姿を、ただ眺めることしかできなかった。
しかしそれも、ほんの一秒ほどのことだった。
ケビンの銃から再び発砲音がして、ルークの身体が傾いだ。
「……え、……ル……ク?」
地面に伏せるように倒れたルークの脇腹から、赤黒いものがにじみはじめる。
次の瞬間、シュリは絶叫していた。全身ががくがくと震えて、きっとケビンに支えられていなければ倒れていた。
(嘘……嘘よ、ルークが簡単に死ぬわけない。中将なのよ、大丈夫。大丈夫……今すぐ治療してもらえば、きっと……)
シュリがふらふらとルークへと近づくのを、ケビンが止めた。
「ケビン! 早く治療しないと、あの人死――」
どす、と音がした。聞こえたのではなく、身体に直接感じた。
目を見開いたシュリは、自分のみぞおちを見下ろした。ケビンの拳が打ちつけられている。
状況を理解する暇もなく、痛みを感じるまでもなく、ふら、と視界が揺れた。全身から力が抜け落ちる。
「放っておけばじきに息絶えるだろう。――行くぞ」
そのケビンの声が、とても遠くに聞こえた。
次回最終話です。早めに更新します。




