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今回と次回、シリアス展開です。お気をつけください。



 普段なら文句を言いながらシュリから離れるルークも、このときばかりは張り詰めた空気で外へと目を向けながら顔を起こした。


「まさか……奇襲攻撃、か?」


「奇襲攻撃……?」


「――野いちごちゃん。いいか、リョカを呼んでくるから、彼から離れないようにここでじっとしているんだ。決して、外へは出るな」


 そう言い含めて、ルークは素早く立ち上がる。シュリはその腕をとっさに掴んで止めた。


「ま、待って! なにがあるの? みんな、大丈夫なのよね……?」


 まだ鐘の音が響いている。駆けていく軍靴の音も。

 シュリはこれまでとは違うその状況に身を震わせると、ルークが肩へと毛布をかけた。


「怪我とか、しないわよね? だってもうすぐ平和条約が結ばれるんでしょう? もう戦わなくてもいいんじゃなかったの……?」


 ここで穏やかに暮らしていると忘れそうになる。だけど今は戦時中なのだと、本当の意味で気づかされた。

 そしてルークは国民のために戦う、軍人だ。

 その守るべき人の中に、シュリは入っていない。そしてルーク自身も。そのことが今は悲しかった。


「大丈夫。すぐに帰ってくる」


 ルークがそう断言したので、シュリは憂いを表面上は隠して送り出した。

 そしてどれほどたった頃か、バタバタと騒がしかったのが嘘のような静けさが訪れた。シュリの耳に届くのは、数えきれないほどの発砲音になった。

 頭から毛布を羽織ったまま、じっと一点を見据えて待機いると、次々に悪い想像ばかりが浮かんでくる。

 シュリはルークや他のみんなが、怪我なく元気に戻ってくる想像を何度も何度も塗り重ねていたところへ、リョカが飛び込んできた。


「野いちごさん! 移動しましょう!」


 腕を引かれて、シュリは寝台から降りた。急いでいて、靴を履く暇もない。


「移動って、ここも危ないの?」


「向こうの平和条約の反対派が強行手段に出たそうです! なにが起きるか予測できないから、シェルターに避難してください! カヌレさんもいます!」


 リョカに手を引かれて走った要塞内の居住区画は人気がなく、宵闇のせいか、がらんどうで廃墟のようだった。


(みんな出て行ったの……?)


 シュリは外を気にしながら、冷たい廊下を裸足で駆けた。

 ちらほらと帰って来る人たちは、すでに負傷して撤退してきた人たちで、シュリは自分ひとりだけ安全な場所に行っていいものか迷い、その場で足を止めた。

 手を引いていたリョカが、つんのめって振り返った。


「野いちごさん!?」


「怪我人の手当をするわ!」


「えぇっ!?」


「だって見て見ぬふりなんてできないじゃないの!」


「だめですよ! もし野いちごさんになにかあったら、中将が暴れます!」


「大丈夫。ちょっとだけ手伝いをするだけよ」


 シュリは、野外で医師から応急措置を受けている怪我人たちの元へと駆けつけて、早々に後悔しかけた。

 血がだめだったことをすっかりと失念していたのだ。自分のものならばまだどうにか耐えられるのだが、他人のものとなるとめまいがする。

 ただ今は、シュリが失神しそうなほどのひどい重傷者はいなさそうだった。負傷したら一時避難するよう、クロッカンからの指示があったらしい。

 それでも破けた軍服から覗く赤黒くなった患部からは、何度も目を背けてしまいそうになった。

 だけどシュリは自らを奮い立たせて、せわしなく働く医師の白衣を掴んだ。


「なにをすればいいですか!?」


 シュリは言われるままお湯を運んだり、包帯を巻いたりと、自分にもできることをひたむきに進めた。結局折れることになったリョカも、そばでシュリを手伝いはじめた。



 そして明け方、空がしらみはじめた頃だった。



 その情報がもたらされたのは。


「中将がっ、ガレット中将が被弾した!」


 お湯を運んでいたシュリは、その場でそのたらいを取り落とした。

 お湯が、ばしゃっとこぼれて、地面へとおそろしげな形へと広がっていく。


(ルークが、被弾……そんな……)


 声も出せないシュリの前にリョカがずいと前へ出て、足を引きずりながら帰ってきた自分よりも年長な青年たちへと問いかける。


「どういうことですか! ガレット中将は防衛班だったんじゃなかったんですか!?」


「要塞を攻められて、俺たちが応援に出たんだが……接近戦での経験が浅いのに、やれると過信した……」


 彼らが肩を落とす。

 シュリは全身から温度が抜け落ちていくかのように、心がひたひたと凍りついていった。それなのに頭だけは冴えていて、ぽつぽつ紡がれる話の断片を積み上げて、状況を結びつけていった。

 ルークははじめ、最前線では戦ってはいなかった。適材適所である狙撃による防衛を担当していたらしい。総指揮はクロッカン大将が執っていたが、奇襲攻撃が四散し、さらには時間差で行われたことにより、国への侵入を防ぐために勢力を分散させた。そしてそこを狙っていたかのように、今度は要塞へと踏み込まれかけた。

 それに気づいた数人が、大将の指示を仰ぐことなく臨機応変に対処して侵入は凌いだ。が、慣れない接近戦に苦戦していた彼らを狙った敵の銃弾に、気づいたルークが庇い出て、被弾した。

 そして逃げる途中で、見失った。

 シュリの頭の中で同じことばかりが反響する。なんで。どうして。

 答えなんてわかっている。シュリがみんなと仲良くしてと言ったからだ。それをルークは律儀に守ったのだ。


「ルーク……」


(……ああ、そうだ。……行かないと)


 そう思った瞬間にはもう、シュリは走り出していた。


「えっ! 野いちごさん!?」


 リョカのあわあわした声が背中にかかったが、シュリの足はすでに地面を蹴っていた。




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