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章2(視座№:M1) その1

「これは運命だ。神様がこんな偶然を用意するわけがない。『本地垂迹』は文字通り、迷える衆生を救うための神咒。そう、きみを救うためにある。出来る範囲で望みを叶えてあげるよ。ムカつく奴を殺すとかは無しでお願いね。できるだけ幸せなやつを頼むよ?」

 ――マシェル・イヴランタン。


×     ×


 私が猫のことを話すと、あるま君は少しほっとしたような溜め息をついた。

「最近家の中でごそごそやってたのは、それが原因だったのか……」

 あれは『隠れんぼ』が始まった次の日。

 いつもより周囲に気を配っていた私は、通りかかったビルの隙間に何かが動くのを感じた。近づいてみると、それはまだ人を恐れないほどの小さな捨て猫だった。

「言ってくれればよかったのに。僕だって猫好きだし」

「でも添田さんが猫アレルギーだから言い出しづらくて」

 あるま君がずっこける。

「おかしくない? 添田が基準っておかしくない?」

「冗談だよ。毎日疲れた顔で帰ってくるあるま君に申し訳なくて言い出せなかっただけ。……なんだか離婚寸前の夫婦みたいだね」

「翠玲。ごめん。そんな似合わない冗談を言わせるくらい、なんか無理させちゃって……」

 え、なんで謝られてるの? なんで慰められたの、私?

 私の両肩に手を乗せるあるま君。そんなふうに真剣に迫られたら、びっくりしちゃうじゃん。

 それでもあるま君は口元をほころばせた。

「明日、学校が終わったら病院に行こう。動物のお医者さん。芝浦港の病院にじいちゃんの知り合いの獣医さんがいるんだ。それで、よければデートは土曜日に」

「う、うん……」

「どうしたの」

「あるま君って、優しいんだなって」

 彼は不意打ちを食らったように、はにかみを抑えた顔で訊き返した。

「翠玲、悪いものでも食べたの? 今日は、なんていうか、素直すぎる」

 私は何も言わずに彼の隣に腰を下ろした。ベッドが軋んで音を立てた。

「そうね。今日は、素直なの」

「え……」

 いきなり近づかれ、彼はどうしていいか分からない童貞の顔をしている。

「隣、座っていい?」

「もう座ってるじゃん。しかも」

 近いよ……と彼は無言のうちに顔をそむける。

 可愛い反応をしてくれる。私は意地悪く、もっと顔を近づけて、小声でささやく。

「私だって、毎日ひねくれてるわけじゃないのよ?」

 パーソナルゾーンの確保か、それとも単に耳が弱いのか、彼は思わず身半分お尻をずらす。

 ベッドは狭く、結局、彼の瞳は私に戻ってくるしかなかった。

 けれど童貞はことごとくチャンスを逃すものだ。

「翠玲は、本当の両親のこと話さないよね」

 前のめりだった私に、虚飾のない瞳が向けられる。私は少しがっかりする。

「嫌ならいいんだ。でも聞いておきたい。翠玲は墨染うちに引き取られたことを、どう思ってる?」

 ああ、そうか――。

 私が「今日は素直だ」なんて言ったから、私の本心が訊きたくて……。

 だとしたらなんて、いじらしいのだろう。

「ずっとそんなこと・・・・・が気になってたんだ? あるま君……」

 ベッドに置かれた彼の手に、私は手を重ねた。彼の筋肉の反射が伝わる。

 ドキドキしているのは私も同じだ。男の子の長い指。戦いにおいては刀を握る手指だが無骨さはない。

 顔を近づける。

 私は身体を傾かせ、目を軽く閉じて、彼に唇を寄せた。

 ――嫌ならこんなことしない。

 そう伝えるためのものだから、ほんの一瞬触れるか触れないかだったけれど。

 閉じた目を開くと、あるま君は驚いていた。

「あ、あの」

「もう一回する?」

「じゅ、十分、です……」

 彼は耳まで真っ赤にして思いっきり俯いている。

 まだ早かったかなぁ。たぶん、お互いに悪く思っていないはずけど。

 なんだか私まで恥ずかしくなってきて、立ち上がる。

 逃げるように扉を開ける前に、振り返る。

「じゃあまた明日。おやすみ」


×     ×


 芝浦港の近くにある動物病院へ猫を連れて行く。

 猫はさすがだ。

 あのあるま君も、待合席で猫と戯れる少しの間だけは『神罰代行』を忘れられたようだった。

 明日はデートだけど、もし猫に負けたらけっこう落ち込む。

 隣に座って猫と戯れる少年を見ながら、私はひそかに拳を握り、頑張ろうと思った。


 捜索範囲は9割ほど調べ尽くしたところ。

 それなのにまだマシェル・イヴランタンが見つからない。

 帰ってきたあるま君からその話を聞いた私は思い当たることを言ってみる。

「もしかして、勝利条件1の『朗らかに』っていうのがダメなんじゃない?」

「そう言われると何も言えないけど、そこは彼らも頑張ってやってくれてると信じたい」

 あとで知ったが、人によって捉え方が変わる要素で達成の可否が決まることはないらしい。

 となると単純な話で、誰ひとりマシェル・イヴランタンに遭遇していないということだ。

 私は地図でまだ塗り潰されていない箇所を確認する。

「皇居と、『ひのとり』と……あ、この家は捜さないの?」

「灯台もと暗しってやつ? たしかに墨染邸(うち)には隠し部屋とか隠し通路とかたくさんあったけど、耐震化のときにほとんど塞いじゃったから、今更どこに隠れるんだって感じなんだよね。どうしても見つからなかったら最終日に捜すよ。まずは周囲を潰す感じかな」

「そっか……」

 結局5日目もマシェルは発見できず、残り1割の範囲の捜索に賭けることになった。


×     ×


 土曜日。学校は休み。

 待ちに待った、あるま君とお出かけだ。

 朝、目覚めた時からそわそわして落ち着かなかった。

 階段を下りつつ、本日の作戦手順を指折り確認する。

 まずはミラヴェルと一緒にお弁当を作る。

 あるま君のことだからお昼もお店で食べようとするだろうけど、手作りのお弁当こそ女子力をアピールする最大の装備だ。私は私の信ずる道を行く。

 彼のご両親は聞いたところによれば幼い頃から海外逃亡、じゃなくて海外勤務しているので、彼は母親要素を女性に求めると推測される。だから豪華さや美味しさよりも家庭的かつ彼の好物を中心にして良妻賢母ポイントを攻める。何が好みか知らないのでミラヴェルの手を借りる。

 完璧だ。

 時刻は午前5時。

 ミラヴェルを叩き起こして台所に立つ――。

「う~……翠玲……私、料理はしないわよ……」

 彼女、寝起きでものすごいことになっている。普段の瀟洒さのカケラもない。

「知ってる。彼の好物と味付けの好みだけ教えてくれれば、寝てていいから」

「そんなの、知らない……ごはん作ってるの、添田さんだもん……」

「何しに来たの!?」

「あなたがいきなり起こしに来たんでしょ……私、7時まで寝てないとダメなのに……」

 よ……。

 予定が狂った。

 ――いや、選択をミスした。普段から家事をしないとは思っていたけど、本当に何もしてなかったなんて……。

 寝癖全開で亡霊のように歩くミラヴェルはダイニングテーブルに座ると突っ伏して寝息を立てはじめる。

 こうなったら自分の記憶に頼るしかない。

 ミラヴェルへの不満をぶつけるように、下味をつけたもも肉をがしがし揉み込む。

「やっぱり見た目なんてあてにならないのよ。いくら包容力があるように見えても、あんな女とくっついたら絶対後悔するんだから……!」

 そんな呪詛もとい独り言と愛情のたっぷり詰まったお弁当を作っていく。

 そしてなんとか、なんとか予定してた時間までに、愛情と呪詛たっぷりのお弁当を作ることができた。


(続く)

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