表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/27

章1(視座№:A1) その6

 動員をかけて集まった三百人規模で二日目のマシェル・イヴランタン捜索は開始された。

 しかし成果は芳しくない。

 翌日には七百人規模で動員できたが、やはり見つかりはしなかった。

 ここで一つの疑念が持ち上がる。

 形式が『隠れんぼ』だから隠れた場所から動かないはずと踏んだが、それはこちらの世界の感覚で、実は鬼ごっこのようなゲームをマシェルは仕掛けてきたのではないだろうか。

 そう考えると神咒『本地垂迹』の効果を最大限に発揮できるし、ゲリラは民衆の中を魚のように泳ぐことができる。

 そのことを姐さんに尋ねると、意外にもあっけない答えが返ってきた。

「ご心配なさらずとも、神政メーレイジアの元になったのは昭和の日本ですよ」


×     ×


 二十一世紀を迎えた日本が最初に戦うことになった相手は大日本帝国・・・・・だった。

 東京上空に零戦が飛来したのは2001年の夏。

 地上ではたった一機の零戦にてんやわんやの騒ぎになったが、そのわずか数分後、東京上空は航空自衛隊と旧大日本帝国陸海軍所属の航空戦力が入り乱れるという理解不能な混戦状態に陥っていた。

 地上では様々な憶測が飛び交った。某国の偽装戦闘機ではないか、バミューダ現象の親戚ではないか、旧日本軍が行っていた時空転移実験ではないか、云々。

 はたして空にいた自衛隊のパイロットが目視したものは何か。第二次世界大戦時の航空戦力そのものではなく、それらを元に独自発展を遂げた全く別世界の航空戦力だった。時空の断裂から本来飛ぶはずのない空母が出現したとき、空を見上げる観衆もようやく敵が同じ世界の住人ではないことに気がついた。

 その名を『神政(しんせい)メーレイジア帝国』。

 炎を司る女性(にょしょう)の神格、火頂宮(かちょうのみや)サスラ・プロミネンスを元首とする異世界の帝国である。

 初めての国づくりで統治支配体制に悩んでいたサスラ・プロミネンスに、不慮の実験事故で異世界に転移してしまった日本兵が天皇制を教えたことで建国に至った国であるため、その本質は完全に大日本帝国のそれである。

 俗に東京空中決戦と呼ばれる交戦はわずか六時間で終結を迎えた。侵略の意図はないとしてサスラ・プロミネンス御自らが停戦を求めてきたのだ。

 結果、日本政府は異世界からもたらされる様々な権益と引き換えに、異世界から来た者たちに居場所を与え、共栄の道を歩むこととなった。

 墨染組が莫大な資金源を獲得できたのも、この事件がきっかけだった。初代組長が陣頭指揮をとり、まだ帝国の正体もわからぬうちから迅速に行動を起こした結果、主要なシノギのほとんどを押さえることができたのだ。

 聞くところによれば、その過程で、異世界マフィア集団『テンペスト』と墨染組が戦う構図が生まれたらしい。

 『テンペスト』との戦いは『神罰代行』というかたちで、じつに二十年以上ものあいだ続いている。

 もちろん『神罰代行』という言葉にサスラ・プロミネンスの意思は備わっていない。『テンペスト』が勝手に大義名分を掲げているだけだ。

 しかし火のないところには大義も名分も生まれない。

 神が罰するものは何か。

 神に並び立とうとする人間の存在である。

 帝国で、サスラ・プロミネンスと並び立つ人間とは誰か。

 幼気なサスラ・プロミネンスを誑かした張本人。異世界にやってきた最初の日本兵。

 日本兵の名は墨染征義――異世界から帰還して墨染組の組長となり、後に墨染在天の祖父になる人物である。

 『神罰代行』の最終目的は墨染征義を殺し、邪魔な墨染組を壊滅せしめることだった。

 帝国はすっかり日本に馴染んで平和的友好的交流をしているというのに、墨染組は今なお人知れず侵略者と戦っている。政府はならず者同士で勝手に潰し合ってくれとばかり傍観を決め込んでいるし、政府と結んでいるサスラ・プロミネンスも同様に積極的介入はしてこない。

 僕だって巻き込まれたにすぎない。

 できれば今すぐ恩給をもらって翠玲と熱海の温泉旅館か僻地の星野リゾートにでも逃げてしまいたいと思っている。

 だけどもし僕が逃げて、その直後に誰かが――具体的には祖父が――死んだりしたら、それはなんとも寝覚めの悪い結末だ。

 だから僕は、身も心も自由になるために、祖父と墨染組を守らなくちゃいけない。


×     ×


 学校が終わると、僕は墨染邸ではなく三田みたにある小さなビルのオフィスに向かう。

 墨染組のフロント企業『墨染総合警備』――実態は『テンペスト』と戦う武器を揃えるためだけに作られた会社だ。

 ホワイトボードに貼り付けた皇居周辺の拡大地図は、半分ほど赤ペンで塗りつぶされている。

 寝ているホームレス、引きこもり、孤独な老人、ホテルの部屋から出てこない人間はいないかなど、組員たちが血眼になって捜した結果だ。

 そこにまた報告の上がってきた捜索完了箇所を新たに書き加える。

「あと半分……今日が四日目だから、ギリギリ捜し終わるかどうかってところだね」

 神罰代行中は僕のことを手伝ってくれる添田がオフィスに戻ってきた。

 添田至誠そえだゆきなりは現在の墨染組のナンバー2だ。祖父に憧れて身をやつさなければ総理大臣になれた男である。孫の僕のことも一目置いてくれているおかげで完全な忠犬キャラになっているが、その正体は過去何度も抗争の鉄火場を切り抜けてきた腕の立つベテランだ。東大法学部卒で夜の蝶があまねく燃えるモデル顔負けの渋凛々しい容姿。四十代後半だが若々しくセンスが良く、かつ高身長で細身のスーツが映画の英国紳士並みに似合う。あの浮葉翠玲でさえ添田の前では乙女になるのだから、神は二物も三物も与えるのだなぁとしみじみ思う。

 添田は新しい煙草の匂いをまとわせている。

「若、足並みそろえてきました。傘下の組織も入れて明日から三千人で捜索にかかります!」

「すごいね……っていうかそれ、組の方は大丈夫なの?」

「たしかに手薄になりますが、捜索範囲はウチのシマです。厄介事が起きる心配はありません。もしものときは自分が命に代えても守ります」

 こういうとき、添田は頼りになる。

 神罰代行中はどうしても敵を『テンペスト』に絞るため、人間に対しては無警戒になりがちだ。

「僕、こんなところでのんびりしてていいのかな」

「どんと構えて待つのが若の仕事ですよ。効率の面でも、敵の捜索は慣れた連中にやらせるのが一番です」

 たしかに、高校生が界隈をうろうろしてても補導されるのがオチだしな。

「分かった。大人しく待ってる」

 僕はデスクに学校の課題を広げ、今のうちに終わらせることにした。


×     ×


 結局、四日目も何の成果も上げられなかった。

 自室に戻り、ぞんざいに学校の鞄をベッドに投げ出す。

 勢いがつきすぎて壁に当たり大きな音を立てたが、気にせず制服のままベッドに仰向けになる。

 するとしばらくして扉がノックされた。

「あるま君――」

「はい?」

 翠玲が顔を覗かせた。

「えと……音がしたから、荒れてる・・・・のかなと思って」

 もちろん翠玲が僕を心配してくれるなんて童貞の幸せな思い過ごしだ。

「そんなことで君は来ないでしょ。何の用?」

「……入っていい?」

「どうぞ」

 部屋着の翠玲が入ってくる。

 学習机の椅子が空いているが、彼女は入り口のそばで立ったまま話をする。

「見つかりそう、マシェルは?」

「全然。このままだとマズいけど、静かすぎて危機的状況の実感すらない」

「神罰代行に負けるとどうなるんだっけ」

じいちゃんが死ぬ(・・・・・・・・)

 翠玲が息を吸う音さえ聞こえる静けさに、僕は耳を覆いたくなる。

「ホントなの?」

「ああ。『テンペスト』は火頂宮サスラ・プロミネンスを憎んでいて・・・・・、だけど神様には直接復讐できないから、その知己ちきであるじいちゃんを殺すことで復讐を果たそうとしてる」

 翠玲が手のひらで「待った」をかけた。

「あの、ごめんなさい、私が疲れてるせいかもしれないけど――意味が分からないわ」

「僕だって分かんないよ。だけど墨染組(うち)は二十年近く攻撃を受け続けてきたんだ。そんな意味分かんない逆恨みでさぁ。実際のところ、異世界権益をめぐってシマ争いしてるうちに、殴り合いになった、なんていうことも聞くけど」

「それで、今の形式に落ち着いたというわけ?」

「そう。サスラに手打ちの媒酌人してもらって、手打ちといっても仲直りじゃなくてルールを整えただけなんだけど。そのとき下手を打たない限りは勝てるように手を回してもらったんだ」

「誰に?」

「サスラだよ」

 神政メーレイジアとして積極的な介入はしてこないが、サスラ自身は祖父の古くからの友人として協力的なのだ。

 向こうは手を変え品を変え挑戦してくるがこちらは一度でも負けたら終了という莫迦みたいに不公平なゲームでも、おかげさまでここまで勝ち残ることができている。

 だからこそ。

 今回の詰み感・・・は異常だ。

 こんなことなら身命を賭して戦う方がまだ何倍も希望がある。

 気づくと翠玲が前かがみになって、僕の鼻を指で押し上げていた。

「ふ、ふわさんっ」

「思いつめすぎじゃない?」

「ブヒ……」

 翠玲は小さく笑って指を離す。

「どうせオフィスで待ってるだけなら、明日どこか行かない? 気分転換になるよ」

「どうせ待ってるだけって……傷つくなあ」

 本当だから、反射的に否定したくなる。

 そうです、どうせ僕は、いてもいなくても役に立たないカタギの高校生です。

 若干やさぐれたポーズで聞き返す。

「それって、この前言ってたデートのこと?」

「あー……うーん……デートっていうか……」

 翠玲は自然と天井を見上げる。まさか忘れてたんじゃないだろうな。

「私とデート、したい?」

「したい」

 僕は素直に即答だった。

 先行きの見えない不安に気持ちが弱っているせいか、翠玲が通常の三倍は優しく感じる。男って単純ねとそしられても仕方がない。

「じゃあ、しよっか」

 翠玲の微笑みが眩しくて目が潰れかけた。

 気持ちの中では僕はベッドに倒れこんでもんどり打っている。

 あまりにダイレクトに、その言葉が下半身に響いた。

 あまりに尊い微笑みに、この場で押し倒したくなる。鎮まれ、僕の性衝動リビドー

 ごめん、はしたなくてごめん。

「もしかして、そのためにわざわざ僕のところに?」

「ううん、違うよ」

 違うのかよ。もしそうだったら明日の費用全部出してたのに。

「その……私も協力したくて出来る範囲で捜してみたんだけど……そしたら、見つけちゃって」

「み、見つけた? って何を?」

 翠玲はあらたまって膝を揃えると、困った笑みを浮かべて言った。

「猫を――飼ってもいいかしら?」


(続く)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ