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章1(視座№:A1) その3

 僕は携帯を出した。添付されたURLを開くと、今回の『神罰代行』の詳細情報が表示される。

 言霊さきわう神政メーレイジアでは文字や書面が大きな力を持ち、事前に知れる情報は少ない。せいぜい対戦方式と代行者の名前、顔写真くらいのものだ。

「なんて書いてあるの?」

 浮葉さんが身を寄せて覗き込んでくる。

「えっとね。代行者の名前は『マシェル・イヴランタン』。でも変だな。顔写真がない」

「接続が悪いんじゃない?」

 画像の位置が〼のマークになっている。車の中だし、接続の問題かもしれない。

「対戦形式は……『隠れんぼ』?」

「かくれんぼ?」

「そう書いてあるんだ」

 車が停まった。皇居周回ジョギングコースとしてもよく使われる人通りの多い道。麻布通りだ。

 こんな人通りの多い場所で『神罰代行』?

 ……神罰代行ってのは一対一の戦争だ。それをこんな人通りの多い場所で……。

 嫌な予感がする。

 指定場所の記載ミスを願ったそのときだった。

 ジェットエンジン・・・・・・・・が空から降ってきた。

 街路樹の葉が巻き上がる。道行く人たちが小さく悲鳴を上げ、めいめいに空を見上げる。

 それは音の圧だった。降りてくる巨大な凶鳥の影だった。

 機体を水平に保ったまま、ほぼ垂直に高度を下げ、墜落してもおかしくない高さで浮遊停止する。

 超大型旅客機――神政メーレイジア帝国機動大使館、機体通称『天嵐』。

 見上げる者を圧倒する巨躯は引退した日本国政府専用機Boeing747-400をベースに、共生体(シンビオート)が融合したような凶悪かつ有機的な外装をしている。元になった機体は地球のものだが紛れもなく異世界のシロモノだ。

 その証拠に、物理の壁を無視した現象が起きる。

 空中で停止した天嵐が身震いしたかに見えた。

 機体に青い光の波が走った。

 同時に甲高い電子音と重機的駆動が地上まで届く。

 天嵐の外装がパーツごとに浮き上がり、黒の巨躯が一回り膨張した。

 積層した機械が反転し回転し組み変わる。まるで空中に浮かぶ巨大なルービックキューブのようにくるくると何度も形を変える――

 そこに現れたのは鋼の鎧をまとった荒々しく勇壮な機竜だった。

 形態変化した旅客機が着陸する(・・・・)

 周囲の迷惑を一切考えない生物的な着地に、大地が激しく揺れ、風圧に吹き飛ばされそうになる。浮葉さんの両足が地面から離れていた。慌ててその手を掴む。

「あ、ありがと……」

「いつも派手なんだよな」

 派手なトランスフォームの理由は単純で、旅客機の状態だと着陸できる場所が限定されてしまうせいだ。有機生命的な姿ならば巨体でもある程度の融通がきく。あんなに激しく動いて機体内部は大丈夫なのかすごく気になるが。

「来るぞ」

 機竜が天に咆哮する。

 その首にある逆鱗、ではなく艇梯(タラップ)が開き、弾丸のように何かが飛び出した。

 喉元から地面まで70メートルはある。

 それ(・・)はパラシュート代わりに日傘を開いた。途端に減速し、ふわりと落下してくる。

 夕方の通りに降り立ったそれは『人』だった。

 異世界からの敵だった。

 可愛いを通り越してあざといガーリッシュな服装の少女った。

 そして、神殺しゲーム『神罰代行』の代行者だった。

 神政メーレイジアを治める神サスラ・プロミネンスの、御使いの、堕天者たちのひとり。

 まだかなり距離があるところから、それはぴょんぴょん飛び跳ねながら両手を振ってきた。

 こーんにーちはー!

 と言っているように聞こえるが罠だ。第一印象でフレンドリーな敵がフレンドリーだった経験はない。

「姐さん」

 僕が呼びかけると、単眼鏡を覗いていた姐さんが険しい表情を浮かべ、病持ちの貴婦人のように額に手を当てる。

「まさか、本人なんて――」

「知り合いですか?」

存じませんが・・・・・・。しかしながら、あるま様は、あの女と一言も会話してはいけません。よろしいですね? 一言たりとも言葉をかわしてはなりません。いいですね?」

「何が姐さんをそこまで」

「もし危ないときは、私がその口を塞いでさしあげますわ」

「まじで!? 唇でっ?」

「んなわけないから」

 不機嫌な浮葉さんに耳を引っ張られた。気もそぞろな僕の前に、代行者が走ってくる。そして両足で急ブレーキをかけて仰々しく止まった。

 敵は大人数アイドルがよくやる自己紹介のように、ビシッと元気よく手を挙げた。

「はい! マシェル・イヴランタンです! 趣味はカエルの解剖! 好きなタレントは大泉洋でっっす!」

 マシェル・イヴランタン。今回の『敵』。

 いわゆる『童貞を殺す服』と、それによく似合う明るい色のツインテール。

 けれどその顔を近くで見た時、ぎょっとした。

 禍々しい造形の防塵マスクが顔を覆い隠している。

 防塵マスクは目の周りから顔の下半分までを覆っている。マスクにはキャニスター以外に牙を噛み合わせたような口があり、今にも涎が垂れてきそうな生々しさを思わせる。

 フクロウのように首を回転させて、マシェルは僕の顔をまじまじと覗き込んでくる。

 クリっとした瞳と目が合ったことで、少し安心する。

 けれどその声はマスクの中でくぐもって悪魔的だった。

「ふうん? あんたが墨染在天あるま? 可愛い顔してるじゃん。噛んでいい?」

 ガジガジ、と襲う手振りで模造の牙を剥いてマシェルが肉薄してくる。

 やばいっ、油断していた、完全に懐に入られた――噛まれる!

「下がれ、慮外者!」

 突然の刀。姐さんがものすごい剣幕で、代行者の首元に刀を突っ込んで押し返した。

「へぶっ!」

 小柄なマシェルはそのまま地面に叩きつけられる。その様はゴキブリの死骸に似ている。

 姐さんの刀は黒色鉄鞘(こくしょくてつざや)三式軍刀(さんしきぐんとう)だった。

 僕は肩を落とし、(はや)った姐さんに手を伸ばす。

「大変失礼いたしました。どうぞ――」

 恭しく両手で差し出された軍刀を受け取る。

 刃長65センチ、防塵二分割口金(ぼうじんにぶわりくちがね)柄糸(つかいと)一貫巻き、全長100センチ。

 銘を『不倶戴天』。

「出た、『不倶戴天』! 代行者絶対殺すマン!」

「……」

 代行者は殺さない。代行者の武器『神咒(しんじゅ)』を殺すのだ。

 危なかった。一瞬、マシェルに乗せられて思わずしゃべりかけようとしてしまった。

 会話してはいけないんだ。

 僕は鞘から刀を抜いた。

 異世界の神の恩寵を受けた武器だけを慈悲なく打ち砕く。

 あらゆる同胞(・・)と倶に天を戴か()

 故に『不倶戴天』。

 『神罰代行』には各回ごとに異なる勝利条件があるが、共通するのは代行者の持つ武器を破壊すれば勝ちになることだ。

 敵の武器はサスラ・プロミネンスが異世界の言霊『神咒』で生み出したもの。

 すなわち特殊な力を持った武器で、この世に一つしかない。

 それを破壊された場合『神罰代行』は事実上継続不可能となるため、そこで勝利が確定する。

 ちなみに僕の『不倶戴天』は運営に苦情が殺到するレベルのブッ壊れスキル持ちだったりする。

 手際よく姐さんがマシェルを羽交い締めにしていた。

「あるま様。今です、『神咒』を破壊してください!」

「え、ちょ、ちょっ待って! マシェルいきなりピンチ!? うそーん!」

 マシェルは浮いた両足をバタつかせる。

 体格的に姐さんの方が恵まれているため、簡単には抜け出せない。

「きゃーっ、だれかーっ、きゃーっ、やめーっ、おーかーさーれーるーっ!」

 う、うるせえ……。

 今まで()った敵の中でも他の追随を許さないレベルで騒がしい代行者だ。

 周囲の視線が徐々に僕たちに集まってくる。

 ちっ。これだから人通りの多い場所は嫌だ。早く終わらせてしまおう。

 マシェルの神咒は、その不似合いな防塵マスクで間違いなさそうだ。

 ――その顔、拝ませてもらうぞ。

 僕は無言で己に宣言し。

 触れさせるだけでいいはずの『不倶戴天』を振りかぶって思い切り振り下ろす。

 僕の安眠のためにも鼻の骨くらいは勘弁してほしい。

「なーんて」

 勝利を確定させた、その瞬間だった。

 マシェルが不意に身体を折り曲げる。

 童貞を殺すスカートから正体不明の球体がこぼれ落ち、瞬間、猛烈な勢いで煙幕が射出された。

 視界がホワイトアウトする。

「――げほっ、げほっ!」

 しまった。そのための防塵マスクだったか!

 白亜の闇の中から勢い良く腕が伸びて、首を掴まれた。

「かはっ」

「それでは――私から説明させていただきますわ、あるま様!」

 僕の首を片手で締め上げていたのは。

 姐さんだった。

「ゲームの形式は『隠れんぼ』です。なんて可愛らしい遊びでしょう。期限は今日から一週間。範囲は墨染家を中心に半径30km――」

「や、やめて、姐さん……息が……」

 マシェルのやつ、姐さんに何をした……!

「あるま様の勝利条件は

 1、マシェル・イヴランタンの肩を触って『見ーつけた』と朗らかに宣言する。

 2、マシェル・イヴランタンの死亡(殺害・自殺・事故死・自然死を問わない)。

 そのどちらか一つを達成されれば、あるま様の勝ちですわ! ただし今回、代行者の神咒『本地垂迹(ほんちすいじゃく)』の破壊は勝利条件から除外させていただきます。なぜなら、たとえ神咒を破壊されても『隠れんぼ』は続行可能だから、ですわ!」

 煙幕が霧散する。

 さっきまでマシェルがいた場所には腹部を押さえてうずくまる姐さんの姿があった。

 僕は目を疑う。

 代理のように声を上げたのは浮葉さんだった。

「あっ、貴女、あるま君に何してっ……って、ミラ!?」

 驚きを浮かべ、二人の姐さんを交互に見る浮葉さん。

 首を絞めている方の姐さんがニィと口角を吊り上げ、僕を投げ飛ばすように手を離した。

 解放され、地面に手をついてうずくまる。咳き込み、全力で肺に空気を送る。

 だが。

 だいたい分かった。

 顔を隠すタイプの神咒。書面に顔写真がなかったこと。

 それは浮葉さんも同じだった。

「貴女の『神咒』、変身能ね……!」

「その通り。大正解。はなまるぴっぴ!」

 代行者はガードレールに飛び乗って僕たちを見下ろした。

 偽姐さんの姿が鴉羽の竜巻に飲まれて消え、晴れた直後、浮葉さんが現れる。

 一瞬の変身。何が起きたのかまったく分からない。だがそれが神咒の効果だ。

「でね、あるま君。もし一週間以内に私を見つけることができなかったら、そのときは私の勝ちだよ。いい?」

 声もしぐさも浮葉さんそのものだ。

 でもちょっと待て……変身能力をもった異能者と東京で隠れんぼ勝負だって?

 墨染家の所在は港区の住宅地だ。そこから半径30km圏内なんていったら……。

 ダメだ、何をどう計算していいか分からない。こんなとき文系脳ほど役立たずはない。

 代わりに浮葉さんが憤慨した。

「フェアじゃない!」

 『神罰代行』では基本そこにいるだけな傍観者の浮葉さんが珍しく積極的だ。

 マシェルはガードレールから飛び降りた。

「はあ? こっちは勝ちに来てるのよ? 今さらフェアじゃないとかどの口が言うのかしら。あなたたちこそ『不倶戴天』で今までどれだけチート勝利してきたのかわかってる? その貧相な胸に聞いてごらんなさい?」

 鏡を置いたように全く同じ姿の美少女が額を突き合せて喧嘩しているのはなんだか壮観だ。

「それは……」

 そこで素直に胸に手を当てちゃうのが浮葉さんの可愛いところだ。一点名誉のために訂正するならば、浮葉さんの発育はかなり良いので決して『貧』ではない。

「で、でも半径30kmなんて広すぎるじゃない。5km……せめて10kmに」

「ダーメ。こっちは書類揃えて来てるのよ。あなたも私も勝手にルールは変えられない。どうしても不服なら『天嵐』に乗り込んでい運営委員会に直談判してハンコもらってくることね。その間に一週間経っちゃうでしょうけど。でも安心して。私は決めた範囲の外には出ないから。もし一歩でも外に出たら私の負けでいいわ」

 浮葉さんは眉を寄せて、マシェルを睨む。

 マシェルが変身を解いた。

 元の、あざとい地下アイドル崩れの女の子が現れる。

 顔を隠しているから可愛いかどうかは判断つかないけど。

「茶番しゅーりょー。『神罰代行』ったって殺し合うばかりが能じゃないよ。むしろ回りくどくてイライラするっしょ? 楽園を追い出されたイヴは神に復讐するため必死に無い知恵を働かせたってわけだ。もっとも私は蛇だけどね! あっはっは」

 露悪的に笑いはしゃいでいたマシェルは通りかかったジョガーのお兄さんに肩をぶつけてしまい、普通に頭をさげて謝った。

「す、すみません」

 悪魔的な防塵マスクに恐怖を感じたジョガーお兄さんはびくっと肩を震わせ、「あ、うん、いや」と口ごもり、スピードを早めて離れていく。

 するとマシェルのいた場所に今しがた去っていった黄色いスポーツウェアのジョガーが立っていた。

「では、諸君、健闘を祈る!」

 お兄さん、もといマシェルは反転すると麻布通りを皇居に向かって走り出し、あっという間に見えなくなった。

 残された僕たちはただただ唖然とするしかなかった。

 建物の上に待機していた機動大使館『天嵐』が吼え、離陸する。一直線に天上へと消えていく。あとにはジェットエンジンの白い尾だけが残された。

 意識が日常世界に戻ってくる。

 飛行機雲を見上げていた僕に、姐さんが納得行かない様子で尋ねてきた。

「あるま様……私、あんなに『ですわ』『ですわ』って言ってますか?」

「そんなに言ってないと思います」

「それなら、良かったですわ……」

 姐さんはホッとしたように微笑んだ。


×     ×

付記

【神咒図鑑】その1

「不倶戴天」

効果:1、【速攻】「不倶戴天」が触れた神咒の効果を無効化する。2、「不倶戴天」が触れた神咒を破壊する。3、「不倶戴天」は神咒以外のいかなるものも破壊できない。

※但し、1の効果が発揮されるのは「不倶戴天」が神咒に触れている間に限る。また無効化できるのは第Ⅰ段階の効果に限る(Ⅱの効果は無効化できない)。2の効果が発揮されるのは「不倶戴天」が触れた神咒から離れた瞬間である。

×     ×


(続く)

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