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章6(視座№:A4) その2

「今回の『神罰代行』、そして祖父の暗殺について、一度すべて白紙に戻してから推理してみる。なお便宜上、『神罰代行』も事件と呼ぶのでよろしく」

「推理ぃ? 何を今さら。犯人はあの魔女でしょ?」

 あまり機嫌のよろしくない双眸が僕を睨んでいる。

「順を追って話をしよう。まず、それぞれの事件がどのような経緯を辿ったか思い出して欲しい」

 翠玲はかったるそうに溜め息をついた。

過去に囚われる人(・・・・・・・・)って可哀想よね」

「……本当にそう思う?」

 腕に激痛が走った。ねじ切る勢いで翠玲がつねってきた。

「自分だけが答えられることを他人に尋ねてマウント取るような腐れコンサル気取りは切腹なさい」

「すみませんでした、全部説明させていただきますから、つねらないで」

「はじめからそうすればいいのよ」

 女王様は上品に鼻を鳴らした。

「でも、あるま君の中ではもう答えが出てるんだ?」

 僕は首を振って否定する。

「答えを出すのはこれが終わってからだ。万に一つでも間違いがあれば、それは翠玲のためにも、僕のためにもならないから」

「……続けて」

 翠玲は抵抗の意志をなくした腕をベッドに沈めた。

 僕も押さえる手を離し、ベッドから降りた。

 いつ彼女が心変わりしてもいいよう立膝に近い格好で控える。

 気分は夜伽をする従者とプリンセスのような対置だ。

「まず『神罰代行』について。あの六日間で何が起きたのかを簡単に振り返ろう。一日目は麻布通りでマシェル・イヴランタンと邂逅した。マシェルはこのとき姐さんと翠玲に変身している。重要だから覚えておいて。二日目から四日目は、僕の観測範囲では何も起きなかった。ただこの期間もマシェルは祖父暗殺に向けて準備していたことは間違いない。翠玲が子猫を拾ったのもこのときだよね?」

「ええ。何日目かは覚えてないけど」

「それから、デートの約束をした」

「必要なこと?」

「めっちゃ必要だよ。重要だよ。核心だよ」

 ついムキになって心にもないことを言ってしまった……。

 そこまで核心じゃないけど、僕にとっては初めてキスされた日だ。しかも不意打ち。翠玲は不機嫌な顔をするが、当分忘れられそうにない。

「五日目は猫を動物病院に連れて行った日だ。場所は芝浦港南。そして六日目……。祖父が暗殺された。マシェルによると、魔女は祖父を殺したその足で浜離宮恩賜庭園に向かい、僕が一人になったところを狙って襲ってきた」

「つまり、お祖父ちゃんは、私たちがデートしてる間に殺された」

 翠玲は身体を起こす。

「そう。単独もしくは二人組でマシェルを捜索していた他の組員と違って、僕と翠玲には第三者からの確かなアリバイがある」

「家族や恋人の証言だけだとアリバイは認められないんじゃなかった?」

 刑事ドラマの知識を思い出したのだろう。

 認められないこともあるが、それは身内を庇って虚偽の証言をしている疑いがある場合だ。

「僕たちがデートしてたことは、尾行してた姐さんたちが見てるんだ」

 姐さんがきちんと尾行していたかは同行していた複数名の組の者に聞けば分かる。

「でも重要なのは、客観的な事実として、僕と翠玲は祖父ちゃんが殺された時間帯には墨染邸にいなかったってこと」

「私たちには完璧なアリバイがあるってわけね。良かった」

 軽く表情筋を緩める翠玲

 僕はわざと頷いた。

「だからダメなんだ」

 翠玲はムッとする。

 僕は床に散らばった名簿を拾い上げた。

「犯行時刻に墨染邸にいた人間のリスト。その中にある人物の名前が載っている」

 名簿をつまらなさそうに眺めて指先でなぞっていく翠玲。

 だが、あるところでその目が驚愕に見張られた。

「なんで私の名前があるのよ!」

「監視カメラ映像と目撃証言を合わせた資料だ。監視カメラには引っかかっていないが、邸にいた数名が翠玲が祖父の部屋に向かうところを目撃したと証言している」

「でっ、でもそれこそマシェルの変身でしょっ?」

「違う。神咒図鑑によれば、変身できるのは一人につき一回だ」

「じゃあ誰なのよ。私はデートしてて、マシェルは変身できない。ここに書かれている翠玲は誰?」

 まっとうな疑問だ。だが僕にはそれも説明できる。

「ここで一つ仮説を立てよう」

「仮説? 眠くなる話はやめて」

「大丈夫。この仮説が正しければ、全てに説明がつくから」

「どんな仮説?」

「『翠玲が二人いる』」

 翠玲は取り繕いもなく吹いた。

 可笑しかったわけではない。けれど表情には明らかに呆れた笑いが混じっていた。

「私、双子だったんだ?」

「いや。双子は禁じ手というか……」

「禁じ手も何も、私は双子じゃないし」

「そんなの分かってるよ。僕は『二人いる』としか言ってない。最初に何かがおかしいと感じたのは、花を贈った後だ――そういえばあのときあげた薔薇、どこにも飾られていなかった気がするけど、どうしたの?」

女王様(わたし)を試すような物言いは感心しないわよ」

 今はそんな挑発ができる立場じゃないはずだが、たしかに僕にとっては飲み込むしかない返答だった。僕があげたものなんていちいち覚えていなくても、彼女にとっては些細なことなのだ。その日のうちに捨てられていたとしても、翠玲女王様の眷属たる僕に文句を言う資格はない。

「とにかく翠玲がもう一人いると考えれば、事件当日に墨染邸で翠玲が目撃された状況に説明がつく」

「白けるわね。ドッペルゲンガーを生み出す神咒とか言い出したら股間を蹴り上げるけど覚悟はいい?」

「それはサスラに確認済み。そんな物語に・・・都合のいい神咒はないってさ」

「私が聞きたいのは謝罪の言葉」

「なんでだよ。でも『翠玲が二人いる』説は廃棄します」

 言いながらリストを床に置く。

 良いんだ、あくまで仮説だから。

 それにもし翠玲が二人いたら僕の身体が保たな、じゃなくて十年間も存在を隠せるはずがない。

「それで? 振り出しに戻ったけど?」

「進んでるよ。第三の翠玲は存在しないことを確認できた」

「分かりきってることを」

 鼻白む翠玲。

 さて、ここからが本番だ。

「仮に、僕が『本地垂迹』の変身効果に制限があることを知らなければ、この事件は『変身したマシェルが祖父を暗殺した』で終わるはずだった。こんな面倒な話になった原因はマシェル・イヴランタンが『神罰代行』に敗北して・・・・神咒の効果が図鑑に記載されてしまったことに他ならない」

 翠玲は眉を寄せた。

「魔女が負けた? 棄権したんじゃないの?」

「マシェルの演技だよ。僕らはまんまと騙されていたんだ」

「いつの間に……」

「おそらく五日目に決着がついていたはず」

「そんなに早く?」

「うん。『神罰代行』のログを見れば一目瞭然なんだけどね。まだ資料が届いてないから推測に過ぎない。でも勝利していたと仮定した場合、六日目に棄権する前に勝負がついていないとおかしいだろ?」

「分かるけど、それだけの理由?」

 説明を聞いても納得いかない顔の翠玲。数学チャート式の解答を見るような表情をしている。

「もちろんそれだけじゃないよ」

「あるま君を襲ったとき、範囲の外に出たとか?」

「いや、浜離宮恩賜庭園は『ひのとり』の5km圏内にあるんだ。だから六日目に負ける要素はない」

「そう……」

「ゆえに、ここでもう一つ別の仮説を立てる」

「あるま君、さっきからその論理的に聞こえる説明の仕方に快感を覚えてるでしょ」

 図星だが無視して続けた。

「仮説その2。『マシェルは神咒を使わなくても翠玲に変身できる』」

「私限定なんだ」

「この事件唯一の二重存在だからね。あえて遠回りに言ったけど、要するに神咒を使わなくても翠玲になる方法があればいい」

 僕は指折り挙げていく。

「整形――はない。特殊メイクによる変装――もない。というか、どんな方法だろうと何らかの方法で顔を変えるというのは悪手だ。赤の他人なら騙せても、長年一緒にいる僕たちならわずかな違和感が命取りになる」

「だったら方法なんて無いじゃない」

「それが一つだけあるんだ」

「何?」

「怒らないで聞いてくれる?」

「だから何?」

「お前とマシェルは最初から同じ顔をしている」

 あえて断言する。

 僕は身構えた。

 火を噴くような翠玲の罵倒を覚悟して。

 なにせ双子説よりたちが悪い冗談だ。

 けれど翠玲は静かに、今までより真剣な顔つきで僕をじっと見ていた。

「それで?」

「もしマシェルが翠玲と瓜二つで、見慣れた僕たちでも見分けがつかないほど似ているとすれば、今までの事件はまったく違ったものに見えてくる」

 変身していないときの魔女は常に『本地垂迹』で顔の大部分を隠していた。だから僕たちはマシェルの素顔を知らない。実際は翠玲と魔女が似ていない可能性もあるので、歯切れ悪くも仮説としてこのまま話を進める。

「マシェルが早い段階で本物の翠玲と入れ替わっていたとすれば、いくら探しても見つかるはずがない。そして入れ替わったまま翠玲として行動していた場合、『神罰代行』が五日目に決着したのもうなずける。あの六日間で僕と翠玲は一度だけ範囲外に出たことがあるんだ。それが五日目、動物病院に行った時だ」

 翠玲は口を一文字に結んだまま顎を引く。

 芝浦港南の動物病院は5km圏外にある。もちろん一番近い動物病院は圏内にあるが、知り合いの獣医が勤務している病院があれば、普通はそちらを優先して選ぶだろう。

「一応反論だけど、それって私がマシェルに協力することが不可欠よね? 入れ替わってる間、私は何をしてたの?」

「天井裏で隠れていた。入れ替わる前のマシェルが潜伏していたのも同じだ」

「私が魔女に与する理由は?」

「動機論は豚も食わないよ」

 直後、飛んできた枕が僕を襲った。

「ふがっ」

「豚って言った? 殺されたいの?」

「なんでそこだけ聞き取るの……」

 翠玲は姿勢を変えて寝そべる。僕の不平は無視された。

 ということで、ひとつ前の翠玲の質問に答えようと思う。

 それを言ってしまえば、ここからはもう引き返せなくなる。僕は一度ゆっくりと呼吸を整える。耳の後ろの脈動がわずかに大きく感じた。

「お前がマシェルと結託していたのは確実なんだ。なぜなら、僕と浜離宮恩賜庭園でデートしたのはマシェル・イヴランタンだから」

「……分かった。殺されたいのね?」

 その声は刃物じみて硬質的だ。

 だが僕は動じない。伝えることははっきりしている。

「もしデートしてた相手がマシェルじゃなければ、僕が襲われるはずがないんだ。あのときそこにいるのが僕だと知っていたのは翠玲だけなんだから」

 何か言いかけた翠玲はハッとして、開いた口が塞がらなくなる。

「あ……」

 女装デート・・・・・

 僕はうなずく。

 マシェルの変身は魔術だが、僕の変身もまた魔術だ。技巧魔術(アートマジック)である。

 それでも翠玲は食い下がった。

「も、もしかしたら私と一緒にいたのを見て、隣にいるのがあるま君だと分かったかもしれないじゃない?」

「まさか。一日尾行してた姐さんでさえ僕の変身に気づかなかったんだ。事情を知らなきゃ女友達と一緒に遊んでいるとしか思わないよ」

「でも……」

「どうしてマシェルが僕だと見抜けたのか。あいつが変身のプロで、他人の変身もすべてお見通しだから?」

 違う、と首を振る。

「もっと単純で確実な理由だ。翠玲の隣にいる美少女が僕だと知っていた・・・・・んだ。だから迷わず声をかけることができた」

「うわ、自分で美少女とか言ってる……」

 翠玲が真剣に気持ち悪そうな目で僕を見る。

 聞こえないふりをして続ける。

「あの日あの時点でそのことを知っていた人物は一人しかいない。デートの相手だ。翠玲になりすましたマシェル・イヴランタンだよ」

「あ、ありえないわ。だって、それなら……あるま君とデートしてたのがマシェルなら……」

 僕は瞑目し、つとめて冷静に告げた。

「ああ。ありえないよ。もしそうだとしたら、あの時間帯に墨染邸で目撃されたのは本物の翠玲ってことになるんだから」

 僕だってありえないと思いたい。でも動機論は豚も食わないだろ。

 翠玲は見下す色の消えた上目遣いで僕を見る。

「冗談よね? あくまでも仮説の上に成り立っている話だよね?」

「……六日目、僕たちが出かけたあと、隠れていた本物の翠玲は天井裏を抜け出して、祖父の部屋に向かった。祖父の部屋に向かうと必ず若い衆や幹部とすれ違うから、お前の名前はこうしてリストに載る。その後、祖父を暗殺。祖父の行動パターンはだいたい決まっている。一人になる時間帯も家族なら分かる。そして暗殺を終えてマシェルに連絡した。僕への連絡は添田がくれたけど、それがマシェルが襲ってきた時間とかぶったってことは……遺体の発見が遅れたわけじゃないよな?」

 顔を向けると、翠玲が僕に向かっていた。その手で何かが閃いた。

 バタフライナイフ。

 斬りつけられそうになった瞬間に僕はのけぞる。

「くっ……!」

 べろんと袖が裂け、その隙間から一文字の刀傷が腕に浮かび上がった。

 直後、腹筋に足の裏の感触がした。

 鐘撞きのような蹴撃だった。

 床に転がる僕。

 間髪入れずに翠玲がまたがり覆いかぶさってくる。

 突き立てられるナイフの刃を押しとどめるように翠玲の手首を掴むのが精一杯だった。

「あるま君、本気で私のこと疑ってるわけ?」

「疑ってなんかない! 確信だ!」

「どうして信じてくれないの? 私……あるま君に信じてほしいだけなのに」

 なおも全体重をかけてくる翠玲。鋭い切っ先が震えながら喉を捉えている。

 はじめて翠玲を怖いと思った。

 行為と発言が全く噛み合っていないのに、矛盾したまま平然と行動しているその異常さは得体のしれない恐怖そのものだった。

「やめろっ……自分が何してるか分かってるのか!」

「女の子の愛情が極まると所有欲に変わるって知ってる? 手に入れることは相手をモノにしてしまうこと。意識を剥奪すること。つまり――」

「殺すことってか? 無茶苦茶な……僕も祖父ちゃんもお前の欲しいものは与えてきたはずだろ? 殺したらお終いだ!」

「欲しいものを与える? 何言ってンの? 何を勘違いしてンの? あんたたちが差し出すのは当然でしょ? だってあんたたちは」

 喋るほど感情が迸っていく。

「殺したじゃない――あんたたちはあたしから全てを奪ったじゃないッ!」

 極値に達した瞬間、翠玲は我慢できずヒステリックに哄笑した。

「あはははっ! 所詮、所詮お前もその程度かあるま! 加害者はお気楽でいいな! こっちは忘れることもできないって言うのに! ジジイは殺されて当然なんだよ! そんなことも知らなかったのか!」

 強烈な揺り戻し。既視感は魔女の姿をしている。

 けれど、なんて哀しそうな瞳で笑うのだろう。

「分からない……あのとき、たしかにお前は、許してくれたじゃないか」

「私が両親や事故のことを口にしないから? バカバカしい。時間が解決するわけないでしょ? 何も言わなかったのは復讐の決意がわずかでも鈍るから。あの日あの時の怒りはまだここにあるわ!」

 心臓の上を押さえて、絶叫するごとく翠玲。

 つまりあのとき許してくれたのは翠玲じゃなかった。そんなことに今更気づいた。僕は本当に愚かしい生き物だ。

「許さない! あなたが全てを失うまで私は奪い続ける! 家も、お金も、善意も、命も、全て、全部、全部!」

 翠玲がナイフを振りかざす。


(続く)

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