章5(視座№:M2) その2
× ×
「違う!」
私は、叫んで、その場でミラに詰め寄った。
踵を返しざま、袖口からカードをドロー。
解放。
それは――防塵マスク型神咒『本地垂迹』――をミラに証拠と言わんばかりに投げつける。
反射行動で防塵マスクをキャッチしたものの、ミラは小さく口を開けたままフリーズした。
「『本地垂迹』は衆生を救うための力だって言ったろ。あたしが翠玲に変身したとき、私は彼女の記憶を写し取った。だからこうやって本人として振る舞える!」
そう。
あるま君は翠玲と一度も心を通じ合わせたことなんてない。
あたし。
全部あたし。
直後、二階のあるま君の部屋で窓ガラスが割れる音がした。
見上げた顔を戻すと私たちはすぐに思考を共有する。
「あるま君が危ない!」
「そ、そうね、部屋へ戻りましょう。詳しいことは、その後でも……!」
踏み出した私たちの足がはたと止まった。
すぐにあるま君のもとへ駆けつけたかった。
けれど、すでに新たな脅威は私たちを包囲していたのだ。
微弱に小刻みに、けれどはっきり大地が振動する。
ザワ……ザワ……ザワ……と地面を金色の毛並みが這い寄ってくる。
「な、何、これ?」
月夜に金色の毛並みが照らされ波打つ。
それはハムスターの群れだった。
判別できた瞬間、金色鼠の群れが四方八方から雪崩のように庭へと押し寄せてくる。
そして、毛波はあっという間に地面を埋め尽くした。
「お迎えに上がったのである!」
ボーイッシュな声が空から降ってきた。
その声を辿って、私たちは屋根に目を向ける。
巨大な月を背景に、三角耳のシルエット。
屋根の上には猫耳パーカーに一分丈の小生意気なスパッツの少女がいた。
いかにも遅れてきたヒーロー然として拝みに足をかけてこちらを見下ろしていた。
けれどその場所はあるま君の部屋からは遠い。
――ガラスが割れたのは別の理由か?
私は両手を握りしめて叫ぶ。
「邪魔しないで! あんたと遊んでる場合じゃないのよ!」
瞬間、足に激痛が走った。
「痛ったぁぁい!」
私は片足でぴょんぴょん跳ねまわる。
するとおもちめいた塊が足にくっついて一緒に跳ねる。
激痛の正体はハムスターだった。
「動くな。吾輩の金色鼠騎士団が襲いかかるぞ。鼠なるものは立派な処刑動物。腹を食い破られたくなければ、しばし大人しく待つのである」
「くぬぅ……い、いったい何を待つっていうのよ」
少女が鼻で笑った。
幼さの残る顔立ちが嘲弄に歪むと残酷さが際立って見えた。
「良い忘れていたのである。どのみちお前は処刑であった」
瞬間、恐ろしい咆哮が漆黒の夜空を貫いた。
パルス音を伴う青緑色の回路賦活光が怪しく夜空を駆ける。
瞬間、空が落ちたような重さを感じた。
威圧のような、圧縮のような、ズンとお腹にくる感覚。もちろん実際に重いわけではない。
墨染邸が空からの投射光に照らされた。
目の眩む夜空を見上げる。そこには星空を隠す闇が臥していた。
「あ、ありえない……!」
漆黒の機竜だった。
「『天嵐』……」
私の驚きに、少女は両手を掲げて名乗った。
「吾輩は『炬』の行動隊長、ペットショップ・シャルン。サスラ殿下の命により、マシェル・イヴランタンを回収に上がったのである!」
「ちょ、待ちなさいよ! どうしてアンタが『天嵐』を呼べるのよ!」
「『天嵐』の操縦席に、吾輩の友人である『タカ』と『トラ猫』と『バッタ』を潜入させておいたのである」
「バッタ必要ないじゃん!」
「注意をそらすには虫が一番なのである」
そう言われるとたしかに効きそうだ。だってテンペストの構成員は全員女の子だし。
運搬要員のタカ、操縦要員のトラ猫、そして撹乱要員のバッタ。
完璧なまでに隙のない構成だ。これでは『天嵐』が知らないうちに乗っ取られていても仕方あるまい。
驚嘆する私をよそに、『天嵐』は墨染邸の屋根を翼爪でなぎ払って破壊する。
そのまま首を突っ込むと、部屋にいた誰かを飲み込んだように見えた。
機竜が顔を持ち上げ、白々しくきょとんとした表情をする。
周囲を見回す動作をしたのち、その爬虫類を模した顔が私とミラを見た。
「ちょ、冗談じゃないって……!」
『天嵐』が大きく裂けた口を開く。喉の奥が見えた。そこにあるのは胃袋の入り口ではなく粉砕機のような巨大ジェットタービンだ。インペラーが回転し、あらゆるものを見境なく吸い込みはじめる。
邸の屋根瓦が端から浮き上がり、池の鯉が飛沫と共に跳ね、庭の木々の枝がざわめき音を立てて折れた。
「ミラ……ッ!」
私はミラに抱きついた。実在的な暴力の前に敵も味方も関係なかった。
ミラも離すまいと私を掴んでくれる。
だが、その甲斐むなしく二人まとめて『天嵐』の虚空に飲み込まれそうになった。
そのとき――。
不意に『天嵐』の巨躯が大きくのけぞった。
何か。
あるま君の部屋から発生した強烈な光爆が『天嵐』の目を眩ませたのだ。
緊急停止プロトコルにのっとってジェットタービンが回転を止める。
再び重力を取り戻した私は、即座に行動に移る。
半壊した墨染邸を目指して走り出した!
「ど、どこに行くの!」
「ここにいてミラ。私は行かなきゃ!」
「危ないわ翠玲!」
「ええ、私は翠玲。ずっとそれで通して」
行くなというのは聞けない相談だ。
彼に真実を伝えたい。
けれどそれ以上に、彼の無事を祈っている自分がいる。
敵対していたはずなのに、苦しいほどの衝動が私を突き動かしていた。
(続く)




