章3(視座№:A2) その3
セレモニーホールの余韻も冷めやらぬうちに朝が来た。
泥酔していた僕は玄関先で嘔吐し、気づけばベッドに寝かされていた。
それでも翌朝起きられたのは、翠玲がその運命神のような指先で頬をつついてくれたからだった。
「あるま君、もうお昼だよ。二日酔いかもしれないけど何か食べないと」
ガンガン鳴る頭を抱えて僕はベッドでなんとか仰向けになる。
「……今何時?」
「10時だよ。朝の」
「警察で取り調べがあるんだ。もう少し寝かせて…」
それがまた憂鬱で、僕はまた寝返りを打つと目を閉じた。
× ×
祖父の死因は銃殺だった。
警察の聴取から帰る車の中。外は雨。
添田がみずから運転し、僕は後部座席に乗っていた。
県道を走りながら、添田は語りっぱなしだった。
「墨染邸の入り口の監視カメラには怪しい人物の出入りはありませんでした」
そりゃ変身能力者が犯人だからだ。
組員の姿になって邸に侵入して、じいちゃんを暗殺した。それだけ。
死亡推定時刻前後に、祖父の部屋に出入りした者を調べればいい。マシェルが誰に変身していたか分かる。もっとも、それが判明したところでどうなるものでもない。
組員が裏切って共謀している可能性は捨てるべきではないが、低いだろう。
なぜなら僕たちが見たかぎりでは、マシェルは相手の了解なく変身できていたからだ。
変身にはなんらかの制限はあるだろうが、おそらくそんなものは相手も織り込み済みだ。それを考えてもあまり益はない。
「奇妙な点が一つあります。オヤジさんは眉間を撃ち抜かれていました。眉間です」
添田は自らの眉間に指を立てる。
「眉間の場所くらい知ってる。危ないから前見て運転して」
「失礼しました。ですが若が暗殺者でしたらどこを狙いますか?」
「頭と心臓だけど?」
眉間を撃ち抜かれていてもおかしくないよな。
「ところがオヤジさんの銃創は、眉間に一発のみ。他の場所に弾痕はなく、犯人が撃った弾もその一発だけだったそうです」
さすがに僕も引っかかる。奇妙だ。
「弾を避けなかった?」
「綺麗に殺されていたそうです。ご存知だと思いますが、裏で流通するような粗悪な銃はまず当たりません。ですから我々が暗殺するときは頭ではなく胴を狙います。それが眉間に一発ということは――オヤジさんは死を覚悟して、決して刺客に臆することなく、御立派に――御立派に、最期を遂げられたとッ!!」
車が路肩に急停車した。添田はハンドルに額をつけると怨嗟を噛みしめた。
「――ぐうううぅぅ!」
「だ、大丈夫か? 今の流れだと暗殺者に襲われたら死因が『眉間に一発』は不自然だって言いたかったんだよな? なのになんで泣いてんだよ。情緒不安定になってるぞ」
「ず、ずみばぜん……あまりにいきなりで、急に思い出してしまって……こんなあっけない最期なんて……」
洟をすすりあげる添田。
無理もない。添田にとっても祖父は特別な存在だったのだ。
後部座席から肩をさすってやる。
「……オヤジさんは本当の親みたいなもんでした。本物の親が死んでもここまで悲しくはありません……」
「滅多なこと言うなよ。祖父ちゃんが怒る」
「ここまで引き立ててもらっておいて、その恩も返せず……」
「いいんだよ。親の恩は返すものじゃない」
添田は洟をかんで、背筋を正した。
「自分には、もう若しかおりません。手前勝手は承知の上……となれば若にもお覚悟を……」
「待て。落ち着け。冷静に。僕はまだ学生だ」
「もちろん学業の妨げにならないよう今まで以上に支えていきます。若は誰よりもオヤジさんに似ています。きっとうまく墨染組を」
「やめろ。次に組を継ぐのはお前だ」
「そう、ですね……ううう……!」
うッ、ぐッ、と再び感傷に飲まれる添田。
もう僕が何を言っても祖父を思い出すだろうから、しばらく黙っておくことにした。
いつの間にか僕は下唇を噛んでいた。
雨音に耳を傾け、気持ちを漂わせたが、心の灼熱感が冷えることはなかった。
(続く)
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