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章2(視座№:M1) その2

 7時を回ったところだ。

 そろそろ彼を起こしに行こうと思ったとき、ミラヴェルが覚醒した。

「んー……おはよう。……私、どうして台所で寝てるの?」

 私は作ったおかずの余りを差し出した。

 ミラヴェルは状況が分からないながらも顔を近づけて匂いを嗅ぐ。

「美味しそう。あなたが作ったの?」

「いつもの味になってる?」

 怪訝そうにするも完璧な唐揚げの匂いに抗えず完璧な唐揚げを口にするミラヴェル。

「認めたくないけど……添田さんのと同じくらい美味しいわ」

 私はテーブルの下で小さく拳を握る。懇親のドヤだ。

 味の確認もできたしあとは彼を起こして、自分も化粧して髪型を整えて……。

 エプロンを脱いで、彼の部屋へ向かう。ぎしぎし鳴る木の階段を登る。

 扉をノックすると、意外なことに返事があった。

「あるま君?」

「ごめん、今、手が放せないから、後で行くよ」

「あ、ううん。起きてるなら大丈夫だから、待ってるね――」

 私はそのまま二つ隣の部屋に戻って身支度をする。

 あるま君と私の部屋の間にあるのは空き部屋だ。

 化粧台に座ってあれこれしていると、猫が足元に寄ってきた。

 飼うことになった捨て猫だ。

 名前はまだない。抱き上げる。

「ん~、どした? お前も行きたいの? ごめんね~。今日はママ・・パパ・・とデートだから、お留守番しててね~?」

 抱き上げた猫を床に戻して、私は身支度を再開する。

 天気予報によると今日は寒の戻りだそうで、ジル・スチュアートのワンピースに少し厚手のカーディガンを羽織っていくことにした。これはあるま君に偏った趣味はなさそうと判断した上での必勝コーデだ。すなわち『ゆるふわ』だ。ゆるふわを制するものは男を制する。私に間違いはない。

 姿見の前で全身を確認していると、今度はあるま君の声がした。

「行ける?」

 私は部屋の扉を開けた。

「はー……い?」

 扉を開けると見知らぬ女の子が立っていた。

 初めて見る顔だった。墨染邸にこんな女の子出入りしてたっけ?

 しかも……めっちゃ可愛い。黒髪ストレートで物憂げな瞳のクール系美少女。もしかしてこの子もあるま君を狙ってたりしないよね。

 男所帯のくせに、どうしてこうもライバルが増えていくのか……。

 ところで肝心のあるま君がいないんだけど、どこに行ったんだろう。

「……あの、あるま君、このへんにいなかった?」

「ここにいるけど」

「……?」

 理解した瞬間、小さく口を開けたまま、私は凍りついた。

 声にならない叫びだった。本当に驚くと声が出ないらしい。

 私はひたすら挙動不審に周囲を見回す。

 あるま君がどこかに隠れていて、どこかから声を出していないか確かめるためだ。

「って、どんな腹話術よ!」

「何言ってるの……僕に女装を仕込んだのは翠玲だろ?」

「そ、そうだっけ、え?」

 だとしたら完全に忘れていた。

 学生風ピーコートの下はニットブラウスにギンガムのスカートで黒タイツ。なんで胸膨らんでるの? 変態なの?

 ………。

 変態じゃん! 誰だよ、あるま君に偏った趣味はなさそうとか言ったやつ!

「あ、でもうちの連中に知られたくないから、こっそり出かけようね」

「わ、私とあるま君だけの秘密、ってこと?」

「うん」

 恥ずかしそうに顔をそらすあるま君。

 か――可愛い。なんなのその犯罪的な可愛さは。たしかに絶対女装似合うと思ってたけど!

 女形でも通りそうな白い肌に薄く乗った化粧、柔らかな頬の膨らみにぽてっとした口唇――これが男の子だと思うと胸がきゅうううって締め付けられて――うああ!

 興奮しすぎて鼻血出た。

「ごめん……っ」

 私は慌てて鼻を押さえ、服に落ちないよう手でも受けながら一度部屋に戻る。

 またしても計画通りに行かなかったけれど、これはこれで悪くないぞ。

 あー、いや、でも最初は普通にデートしたかったかな。

 結局、家を出られたのはそれから三十分後だった。


(続く)

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