笑わない少女と裏表女
6月30日(木)
編集作業に入りました。
幸福毛玉、時々迷宮などに現れる魔物だ。
攻撃力は殆どなく、子供でも倒せるくらいに弱い。
しかし、この魔物は逃げ足が速く臆病な性格をしている。
およそ脅威となり得ない魔物であるが、これを狙う者は後を立たない。なぜか? それは莫大な経験値を持っているからだ。
私があの時出会ったのはそんな存在だった。
そして、私は史上初めて幸福毛玉を食らった存在だろう。
倒せば一撃。しかし熟練の冒険者でも捕らえることは難しく、倒せばその死体は消える。
なぜ死体が消えるのか、幾多の説があったが私は知った。 幸福毛玉の能力ゆえだということを。
時戻し能力。 幸福毛玉が死んだらこの能力で生き返り、というか死んだ事を無かったことにする能力だ。
あの時、私は幸福毛玉を食べた際、この能力を得たようだ。
それが地獄の始まりだった……
目が覚める。 寝汗で肌着が濡れている。
……情けない。たかが初めて人を殺した位で。
あの迷宮に、意思疎通が出来る人型の魔物はいなかった。
だから……
ーーー 殺す必要はなかった ーーー
うるさい。
ーーー なぜ人殺しなんて恐ろしい事を -ーー
だまれ。
ーーー こんなの私じゃない。こんなの私じゃない。こんなの…… -ーー
「っ! 『暗示』」
……ふう。
私は部屋に備え付けのシャワーを浴びる為に、寝汗で濡れた寝間着を脱ぎ捨ててシャワー室へ入る。
操作盤に魔力を流し操作する。
冷た目に調節したお湯で汗を洗い流す。
……戻った事で気が緩んだのか暗示が解けかけたようだ。
鏡に映る自分の顔を見る。
「……相変わらずクソッタレな顔ね。」
念のためにもう一度暗示を重ねがけしてシャワー室から出る。
さて、今日はどうするか……
時間が来たので朝食を取りに食堂へ。
相変わらず人の少ない食堂。
だが、何時もと違う所があった。
それは。
私がいつも座る場所に裏表女リティシャがいた。
「今日こそは一緒に食べようね。マキナちゃん!」
そう言ってニッコリと微笑んだ。
人によっては天使の笑みと呼ばれるそれは、私には毒蛇が笑っているようにしか見えなかった。
自然界には共生という物がある。
これは、生物が相互関係を持ちながら生活する状態のことである。
迷宮にもそのような魔物がいる。
臆病蝙蝠がそれだ。
この魔物は力が弱い代わりに迷宮でも一、ニを争うほどの索敵能力に優れている。
その索敵能力でもって、他の索敵能力に劣る魔物、例えば突進牙猪などに獲物の場所を教え、獲物を襲わせそのおこぼれに預かるという生態であった。
ふと、臆病蝙蝠に目玉をかじりとられた事を思い出し少しイラッとした。。
「あなたは、貴族と共生関係にあった訳ね。」
私の突然の言葉に一瞬顔を引きつらせたがすぐに持ち直し、笑顔になる。
「なにを言っているのかなマキナちゃん?」
突然の事なのになかなかの精神力で感心するわ。
「私が隠れていた場所なんかをジョリーナに教えていたでしょ?」
その言葉に顔を歪め舌打ちした。
「チッ、なんだよ気付いてたのかよ?」
そう言ってテーブルに肘をついてこちらを見やる。
「で? それでどうするの? 教師に訴えるの?」
彼女は教師への受けもいい。訴えてもどうとでもなると思っているのだろうし、どうとでもなるだろう。
「別に、ただ私がその事を分かっているという事を知っていて欲しいだけよ」
そう言うとリティシャは感心したような表情を浮かべた。
「あんたの事は聞いてるよ。ニ、三日前とは別人のようだって。 ……どう? これからはギブアンドテイクの関係になるというのは?」
なんとも変わり身の早い。いえ、これが彼女の処世術なのかもしれない。
というよりは……
「結構よ。私があなたに望むのは私への不干渉よ」
そう言って軽く睨みつける。
「いやーんこわーい!」
そうリティシャはおどけたように震え肩を竦めるがすぐに笑顔になる。
朝食も取り終えたので、私は席を立ち食堂を出る。
「じゃあねーマキナちゃん!」
そう言ってヒラヒラと手を振るリティシャ。
その天使のような笑顔で手を振る彼女のステータスを覗き見る。
そこには、称号:復讐者の文字があった。