笑わない少女と勇者と妖精種……
6月25日(土)の投稿になります。
旅はすごぶる順調だった。
一度、小鬼の群れと遭遇したがデスデモーナはスピードを緩めることなくその群れに突っ込んだ。
「うわあ、ひどいひき逃げ事件を見た……トラックじゃないけどもしかしてあいつら転生するのかね?」
馬車に押しつぶされた魔物達の死体を、窓から見まがらスバルはそう呟いた。
「この馬車は無敵。安心する」
デスデモーナはそう言ってさらにアクセルを踏み込んだ。
……些細なトラブルはあったが、ようやくラル=ハランに到着した。 本当に3日で着くなんてね……
感心するより呆れるしかないが、デスデモーナにはお礼を言っておく。
「これも仕事」
そうデスデモーナは言い、この街のギルドの馬車置き場に高速馬車を預け、ギルドに皆で向かう。
もっとも、ここのギルドの場所を知らないのだから別行動する理由はないが。
ラル=ハランは、さすが大国の王都だけあってかなりの大都市で、ギルドに向かうまでにかなり歩く必要があると思ったが、この街は定期馬車が走っており、主要施設へのアクセスが容易となっていた。
歩道と馬車道は分けて造られており、安全にも注意がなされている。
スタッドの街と比べてはいけないのでしょうけどね。
いくつかの乗り継ぎをへてようやくギルドへとたどり着く。
この市街馬車は、王立なのだそうで当時の王の声掛かりにより無料で市民に提供されているらしい。
他にも国民に対しての優遇措置がある、医療の無料化などだ。 とても至れり尽くせりのようだが、その代わり健康な男子は5年の徴兵制度があるらしい。
もちろん志願すれば女性でも兵士になれるらしいが。
ここは武の国レシュトーラナ。 その徴兵に否を唱える人はいないそうだが果たして……
「王立って国営と違うの?」
疑問に思ったのか、スバルはそう尋ねてくる。
「当たり前でしょう。 国営なら国立でしょう? それは王国だろうが、帝国だろうが、それこそ共和国だろうが等しく国立と言われるわ」
「じゃあ王立ってなに?」
再度スバルが尋ねて来た。
「王立とは、その設立に、王もしくは王族が携わって設立された物。大体は名誉のために名義だけ貸して貰っている物が多い」
デスデモーナが横から口を出してきた。
「まあ国が資金を出す場合が多いけど、物によっては王の私財で賄う所もあるわ。ストレイナ王立魔法学園なんかは王の私財で経営されて学費がタダなのは有名……よ」
なんだ? 頭が痛い。 なにか、なにかが頭に浮かんできて……
「マキナ? マキナ! しっかり!」
スバルが私の肩を押さえ揺さぶる。
やめて頭が痛いの。 やめて。
コロシタクナルカラ。
今なにを思った?
私はなにを?
「大丈夫よ。 手を放してちょうだい」
今だ心配するスバルから身を離し、落ち着くために深呼吸をする。
「気分が悪いなら明日にする?」
デスデモーナも心配そうにしている。
大丈夫だからと、二人を引きつれギルドへ入っていく。
ラル=ハランのギルドは、これまた街の大きさに比例して巨大だった。
10以上のカウンターには全てギルドの職員がいて受付処理に対応していた。
デスデモーナはその内の一つに冒険者をかき分け向かうと、懐から封筒を取り出す。
「スタッドのギルド長から」
その女性職員はデスデモーナを見ると歓声を上げる。
「もしかしてデスデモーナ先輩? え? こっちに転勤になったんですか?」
その職員はデスデモーナと知り合いなのか、嬉しそうにカウンターから身を乗り出してきた。
「違う。後これ緊急依頼。 早く処理」
そう言われ慌てて封筒に書かれた文字を確認して奥に急いで引っ込んだ。
「まったくしょうがないやつ」
やれやれと言った感じで肩を竦めるが、あなたに言われたくないでしょうね。
私は思っただけだが、スバルはつい口に出してしまいデスデモーナに睨まれた。
「お待たせしました。 こちらへどうぞ」
程なく職員がカウンターに戻り、私達を奥にあるギルド長の執務室へ案内する。
奥の扉の先にある階段を3階まで上りそこからさらに進みようやく執務室へ。
職員がノックして入室許可を貰い、その扉を開ける。
その執務室は、下手な王族の部屋よりもよほど豪華であろう調度品で溢れていた。
その中でも一目で最高級品と分かる執務机に肘付いているのは、一人の女性だった。
それも妖精種の300レベルのだ。
「ようこそラル=ハランへ! 歓迎するよ勇者君」
そう言って、物憂げだった瞳を好奇心に輝かせこちらに歩いてきた。
その妖精種の女性は、気品のある顔だちと立ち振る舞いで私達の前へ立つと見事な礼を見せた。
「自己紹介がまだだったね。私はここの冒険者ギルドの長である、アルセミナ・セルド・ラス・レシュトーラナだ。 改めてよろしく頼むよ」
美しく長い金髪を背中で纏めていて、高級そうな魔術師のローブを身に着けたアルセミナと名乗る女性はそう言って微笑んだ。
レシュトーラナ……なんともめんどくさそうな響きにため息を付きたくなる。
下手な王族。ではなく、間違いなく王族の部屋なのだここは。
はあどうも、などと間抜けな返事をして理解してないスバルの顔を見て再びため息が出そうになるのだった。