笑わない少女と勇者と豚亜人王……
6月16日(木)の投稿となります。
一時間後、ギルドの奥にある広めの部屋にて。
ここは主に会議などを執り行う部屋らしい。 今回は招集に応じた鉄ランク以上の冒険者を集めるために使用した。
事が事だけに情報はなるべく漏れないよう配慮されたのだ。
招集に応じたのは、金ランクからは、アルベルのみ。これはスタッドの街に金以上の冒険者が常駐していないためだ。
そもそもアルベルも自分の血盟員の育成でここにとどまっているだけだそうだ。
スタッドの街周辺はあまり強力な魔物はいない。
高ランク冒険者にとってあまり旨味がないのだ。
銀からは3人。 これらは見たことがないので常駐している冒険者ではないのだろう。
同じパーティーメンバーなのだろう。 戦士風の女性が一人にあとは後衛が二人だ。内一人は回復職のようで、回復職である事を示すプレートを首から下げている。
これは、戦闘において誰を優先して守るか分からせるために生まれた冒険者達の風習のような物だ。
今回のように初見でパーティーを組むならなおさら役に立つ。
鉄からは10人、私を含め、さっきなったばかりのスバルやアルベルと一緒にいた彼らもいる。
ここから3班に分け、豚亜人の集落を偵察し情報を得るのが今回の依頼となる。
まず、街と偵察隊との連絡係として鉄のみのパーティー、これは私が知らない3人が1パーティーだ。
次に銀の3人と鉄の内2人からなる5人のパーティー。
最期の一つは、金のアルベルをリーダーとしたパーティーでゼオ達、そして私とスバルだ。
正直単独で動きたかったがまあ仕方ない。 所詮、私は鉄ランクでしかない。
それぞれのパーティーで軽い作戦会議を開いた後、緊急を要する事から準備ができ次第出発する。
街の門まで足を進める道すがら、スバルが小声でささやいてきた。
「これ僕達が倒しちゃってもいいのかな?」
……こいつはなにを言っているのだ? たしか目立ちたくないとか言っていたはずだけど。
そう言うとバツが悪そうな顔になる。
「いやまあそうなんだけど……でも結構ヤバイ状況じゃない?」
「まあ、たしかにそうではあるけれど」
私はこの街に大した思い入れなどない。 最悪街から出ればいいくらいの考えでいた。
しかし……
「せっかく力があるんだから人の役に立ちたいよね」
そう言って笑うスバルを見て思う。
それはまるで……
理解不能の怪物のようで……
「……ナ、マキナ!? 大丈夫?」
気付いたらスバルの腕の中にいた。
頭が痛い。
「大丈夫マキナ?」
歩いている途中で倒れそうになったのだろう。 スバルの胸に顔をうずめる格好になっていた。
心配したスバルが再三声を掛けてくれるが……
頭が痛い。
「おい嬢ちゃん。無理はすんなよ」
一緒に歩いていたアルベル達も心配を掛けたようだ。
頭が……痛い。
私は痛む頭を無理やり起こし、スバルの胸から離れる。
「鎧を着られていたらケガしていたかもね」
そう冗談めかして言った私に、皆は変な顔をする。
「そういう冗談を無表情で言われてもな……」
失礼ね。
「ん、まあ大丈夫そだね」
とスバルは苦笑して私から離れた。
門から出てやがて森の入口へたどり着いた。
歩いているうちに頭痛は収まってきたようで意識を森へやる。
森は不気味な静けさを保っていた。
魔物の反応がない?
私の索敵範囲からは一切の魔物の反応が感じられなかった。
「妙だな?」
斥候のゼオも何か感じたのだろう、その顔に不安を滲ませていた。
「マキナ変だよ。 オークの集落からオーク達の反応が消えて行ってる!」
「ほかの冒険者が攻めてるのか?」
アルベルがそう言ってきたがスバルはそれを否定する。
「いや、冒険者って言うか人の反応はないよ」
一体なにが起きているの?
「アルベルさん、まだここにいたのかい?」
そうして森の入口で立ち止まっていると銀ランクのパーティーが追い付いてきたようだ。
「おうたしか、キャラベラつったか? ちと状況が変わったようでな」
「うん? どう言う事だい?」
キャラベラと呼ばれた女性冒険者は、盾職なのだろう重装備の金属鎧に盾と鎚矛で武装している。
「キャラベラ、なんか森が静かすぎない?」
キャラベラが連れているパーティーの内、軽装の女性がそう声を掛ける。
「サリアなんかわかるかい?」
そのサリアと呼ばれた軽装の女性は、しばらく耳を澄ませたが首を横に振り分からないと言った。
「分かる範囲内でまったく魔物の気配がないってことくらいだね」
まるで示し合わせたように皆の視線が森の奥へ注がれる。
しかし、森は静けさを保ったまま私達を待ち受けていた。
「こうしていてもしかたねえ! 俺達は集落の正確な位置が分かってる。 まず俺達が集落まで近づく。 キャラベラ達はここで鉄のやつらと連絡を取って、やつらを街に知らせに走らせてくれ」
アルベルはどうやら動く事を決めたようで、皆に行動を指示する。
「んじゃあここに中継地を作っておくよ」
金ランクの指示に異を唱えることもなく、アルベルの指示に従う銀パーティー達。
中継地を作るためにせわしなく動き出した彼女らから離れ、私達は不気味な雰囲気を漂わせる森へと足を向ける。
警戒しつつなのでその歩みは遅いが、今回は特になにが起きるか分からない。
用心するに越したことはない。
「なんだこれ?」
サーチで集落を調べていたのだろう。 スバルが途中でそう呟いた。
「どうしたの?」
しばらくスバルはメニューと睨んでいたがやがてこちらに向き直ると言った。
「なんかUnknownって出てるんだけど……あ、正体不明って意味ね」
正体不明? 勇者の能力であるサーチにすら判明しない正体不明の存在……
いやな予感がする。
「スバル、出し惜しみはなしでいきましょう。 イヤな感じがするわ」
「了解!」
アルベル達にも注意を呼びかけようと顔を向けた時、ゼオの上半身がずれて地面に落ちた。
「は?」
側にいたランセルクが気の抜けた様な声を上げた。
なにが起こった? 索敵に反応がなかった。
「なっ!? これ『終の太刀』だっ!」
スバルがゼオの死体を見ながら叫ぶ。
終の太刀、剣聖が使う奥義の一つ。
その効果は即死攻撃。
慌てて辺りを見回すと、何時現れたのか私達の背後にたたずみ剣を赤く濡らしたモノが立っていた。
どこまでも黒い漆黒の肌、上半身はなにも着ていないため分かる、鍛え上げられた筋肉は鋼の様。
身の丈は2メートルを僅かに超すくらいか?
その顔は、豚の顔を無理やり人の顔に収めたような豚亜人の特徴的な顔だった。
その瞳は金色に淡く輝く狂気の色に染まっている。
「なんだ、こいつは!?」
アルベルはゼオが殺されたショックから早くも立ち直り武器をその豚亜人に向ける。
「うるさい虫けらどもだ」
その時、流暢な言葉が豚亜人から発せられた。
「魔物が人の言葉を!?」
魔物が人の言葉を話す事はない。 どんなに知性があろうとも。
神の言葉を受け継ぎ、そして発展させた人の言葉を魔物は使う事は出来ないのだと学者は言うが。
その豚亜人は叫んだ魔法使いのゾランを睨むが、すぐに表情を和らげ諭すように言った。
「余は魔物を超えた存在よ。 矮小な存在であった豚亜人王であった殻を破りここに居るのだ」
そう言って軽く腕を広げ頷く。
……豚亜人王ですって?
あまりの発言に皆が絶句する。
いえ、豚亜人王を超えたと言っている。 どういうこと?
「その肌の色、そしてその瞳! お前、同種食いかっ!」
ゾランは恐れを抱くようにそう叫ぶ。
その叫びを聞いた豚亜人王はニヤリと嗜虐的な笑みを浮かべた……
同種喰いの説明は次回に。