笑わない少女と勇者と僅かな亀裂……
6月12日(日)の投稿になります。
結論からいえば、赤鬼熊はあっさりと見つかった。
森に分け入ること数時間と経たない内にそれはいた。
赤鬼熊。
鉄ランク以上のパーティーでないと討伐依頼が受けれないことからも分かる通り、かなり脅威度の高い強力な魔物である。
体長は立ち上がれば4メートルは超えるほどの熊型の魔物で、鬼と称するようにその頭には大きな一本の角を持つ。
体毛はその名の通り赤黒く、対刃防御力にすぐれ強靭である。
魔物全般に共通する事だが、擬態に長けたものでもない限り自然界と調和するような色合いの魔物は少ない。
魔物と動物を見分ける手段の一つでもあるが、原色、赤や青などの目立つ配色が多い。
中には夜行性であるにも関わらず、その体毛が発光している種さえいる。
森に住まうこの赤鬼熊の体毛が赤黒いことからも分かる通りだが、その魔物の生態には謎が多い。
性格であるが、オーガと言う割には臆病な性格で警戒心が強く、冒険者などの敵対者の気配に敏感でその巨体を上手く隠しながら行動する。
その姿を探すのは熟練の冒険者でも難しいのだが、逆に見つけてしまえばその体毛色により森であっても見失うことは少ないのだが。
今回はスバルの能力ですぐに見つけることが出来た。
赤鬼熊は森の奥深くの洞窟の前にいた。
こちらの接近には気付いていたようで、臆病な性格の割には逃げずに待ち構えていたようだ。
「僕が倒した方がいい?」
「まかせるわ」
ならばと、スバルは盾剣イージスブレードを取りだし構える。
赤鬼熊は、住処であろう洞窟を背にし後ろ足で立ち上がり大きく体を広げ威嚇してくる。
その姿に臆した様子もなく、スバルはどこか呑気な軽い足取りで無造作に赤鬼熊に近づく。
威嚇が通じないと知るや赤鬼熊は左右の前足で不埒な獲物を叩き殺さんとするが、スバルはその前足が振り下ろされる前に立ち、無造作に剣を振り上げその足を弾き上げる。
そして。
「パワースラッシュ!」
スバルの掛け声と共に、戦士系剣技スキル使用時に起きる発光現象と共にその剣で赤鬼熊を両断する。
対刃防御力に優れているはずの体毛はまるでバターのように易々と切り裂かれる。
鉄ランク数人で対する魔物といえども形無しであった。
「さーて、ドロはなんだったかな?」
スバルはそう呟きながらその死体に近づく。
だがしかし……
何時の間にか赤鬼熊が背にしていた洞窟から三匹の赤鬼熊の子供が姿を現し、親であろう死体に頭をこすりつけていた。
やがて近づいたスバルに威嚇の声を上げ、飛び掛って来た。
「うわっ!?」
慌てて飛びのくスバルだが、なぜか反撃しない。
「まいったな」
攻撃自体は大した事はないため回避に危なげな所はないが……
「なにをしてるの?」
私の言葉にバツが悪そうな表情をする。
「いや、だってまだ子熊みたいだし」
そんな理由で手を出さないというのだろうか?
「なら私がやるわ。 どいて」
「え!? ちょ、ま……」
言い終えない内に私は手にした槍でその子熊を刺し貫く。
問題なく三匹とも殺した後、その親共々解体に移る。
赤鬼熊の体毛は高級な防具の材料として、またその肝は薬の材料として高く取引される。
「なにも殺すことはなかったんじゃないか?」
こいつはなにを言ってるのだろうか?
「まだ子供だったんだし」
子供だからなんだというのか?
彼はこちらを責めるような眼で見てくる。
……イライラする。
その目は私をイラつかせるのよ。
「それで成長して人を襲うまで放置しろと?」
「あ……」
なにか言い掛けたスバルだが私の言葉に二の句を告げれず押し黙る。
それをほおっておいて作業を続ける。
本来は子供の肝などは成長しきってないため、親のと違い薬の材料になることはない。
その毛皮もそうである。
故にことさら子供を狙うことはないが……
しかし、成長すれば人を襲う。それは魔物の習性と言ってもいい。
落ち込んだのか、顔を下向かせるスバル。
今日はダメかもね。
今日の討伐はこれでやめる旨をスバルに伝えたが彼は大丈夫だからと探索の続行を望んだ。
まあ彼が使い物にならなくても後の豚亜人なら私一人でもどうとでもなる。
その後、私は見つけた豚亜人を問題なく倒した。
スバルはまったく使い物にならなかったが。
……見ていてイライラする。
仮にも勇者であるというのに、魔王を倒すために召喚される存在が子熊くらいで情けない。
私はこの時、なぜ勇者である彼が現れたのか深く考えなかった。
その事に注意していれば、あの大陸全土を巻き込む未曾有の惨事は防げたかもしれない……