笑わない少女と学園
6月３０日（木）
編集作業に入りました。
薄暗い迷宮には不釣り合いなほど煌びやかな装飾が施された大扉をゆっくりと開く。
一歩足を踏み入れた瞬間、凄まじい熱を伴った火炎弾が私に襲いかかる。
魔竜、あらゆる物語で最強最悪と詠われる魔物。
その中でも神話にのみ登場する災厄魔竜。
全長は尻尾も含めれば二十メートルを超え、赤黒い鱗は禍々しいオーラを放つ。
そのブレスは魔法金属である魔銀すら溶かすとも言われる。その火炎息で不埒な侵入者を蒸発させたことに満足した災厄魔竜はそのもたげた首を下げ、再び惰眠を貪ろうとしたが……
甘い……私は短距離転移で魔竜の頭上に転移すると、その頭目掛けて魔力を込めた蹴りを叩き込んだ。
油断して警戒を解いたためか、いくら最強種といえどもたまらずその頭を床に叩きつけられた。
開幕の火炎息。 初見殺しとしては最高の手ではある。
が、それは《《初見》》であればの話だ。
そんな見え透いた攻撃を食らうのは《《一度死ねば》》十分よ。
私は床に着地した際、乱れた髪を軽く手櫛ですいた。
意外に効いたのか魔竜は頭を振りながらその首をこちらに向け魔力を込めた咆哮を上げる。
だけど効かないわ。
軽く魔力を前面に展開し、その咆哮を防ぐ。
魔力により人の恐怖心を揺り動かす咆哮は、私の魔力によってその効果を打ち消された。
咆哮が効かないとみるや、魔竜は私にその鋭い牙で噛みつこうとしてきた。
しかし、その顎を開く寸前に瞬動で顎の真下に移動し、今度は魔力を込めた拳で突き上げた。
二度に渡る頭部への攻撃に脳を揺さぶられた（脳があればだが）魔竜がふらつく。
その隙貰った！
再び短距離転移で魔竜の首側に転移した私は、拳を手刀に変える。
「『光子斬』」
最大魔力による光子を纏った手刀は災厄魔竜といえども防ぐことは出来ず、その首を半ばまで断ち切られた。
とはいえ、さすがに災厄とまで言われる存在である。まだ息がありこちらに攻撃を仕掛けようとしてきた。
私はそのことに敬意を表して止めをさすことにした。
私の持つ中で最強の魔法。
「『始原蝶』」
その起動語と共に手の平に淡く七色に輝く蝶が現れる。
そしてその蝶を握りつぶす。
その『始原蝶』は魔竜の脳内に転移しその脳を破壊し尽くす。
始原蝶それはあらゆるものを消し去る力。
全ての始まりでありそして終わりでもある。
ビクンと、身体を震わし災厄魔竜はその長い寿命を呆気なく終わらせた。
ーーー 勇者の迷宮をクリアしました。これより外部に転送を開始ます。クリアおめでとうございます。 お疲れ様でした。 ーーー
脳内に何度も聞いた忌々しいシステムメッセージが流れる。
私はこみ上げる吐き気を抑えるように固く目を閉じた。
目を開くと景色が一変していた。
そこは小部屋だった。雑多に備品が置かれている懐かしい風景…
私は《《何年ぶり》》かになる倉庫室を眺めてふと自分の装備を見やる。
このままじゃ不味いわね。
装備していた防具をストレージに収納したため、全裸となったが気にせず備品を物色する。 多分あるはずだけど……
積み上げられた箱の中から目当ての物を見つけ広げる。
それは魔法学園の制服だ。
私が着ていた制服は既に迷宮内に捨てている為、新しい服が必要となったのだ。
素早く着替え外に出ようとノブに手を掛けるが、開かない？
……そういえば、鍵が掛かっていたのだったわね。 もう体感時間で数年前の為に忘れていたわ。
『開錠』
鍵開けの魔法を使用し、鍵を開けると外に出る。
ドアを出た瞬間、窓から差し込む夕日に目が眩み思わず目を細める。
廊下を歩いていた数人の生徒がそんな私を見るが、直ぐに視線を逸らし歩き去る。
私は手を翳し太陽を見やる。
迷宮では決して見ることが出来なかった太陽を見てやっと実感した。
還ってきた……
あの地獄のような迷宮から帰還したんだ。
あそこでは数年もの時が流れたがあの忌々しいシステムメッセージによれば、現実世界では数分しか経っていないらしい。
ここから見える校庭では脳天気にしている生徒達が見える……
思わず学園ごと燃やし尽くしてしまいそうになるが気持ちを落ち着かせた。
そんな無駄な事をする必要はない。
その平和な光景に背を向けて宿舎へと足を運ぶ。
久しぶりのために記憶を掘り起こしながら進む。
校舎を出て記憶を頼りに宿舎へ。
魔法学園では宿舎は二つある。
主に貴族どもが住まう宿舎と平民が住まう宿舎だ。
私は勿論平民宿舎の方だ。。
漸く宿舎へとたどり着き中へ入る。
たしか……私の部屋は三階の１１号だったはず、幸いにして一人部屋だったので煩わしい人間関係に悩むこともないだろう。
「あっマキナちゃん今帰り？」
階段に向かう途中で談話室にいた少女が声を掛けてきた。
誰だったか
ああ、たしか…王都で商売をしている商会の娘で名前は、リティシャだったか？
私は頷くだけに留め階段を登る、
「あっ！マキナちゃん？」
リティシャは誰にでも優しい少女として皆に人気の子だったように記憶していた。
私の唯一の親友だとも。
しかし……
チッ
私の耳には彼女の打った舌打ちの音が届いていた。
私は気にする事無く自分の部屋に。
宿舎の部屋は個人の魔力で反応する特殊な鍵が付いている。
今の私では反応しない可能性もあったが杞憂だったようだ。
扉を開け、中へ入り鍵を掛ける。
そしてベッドに飛び込んだ。
ベッドは安物で固かったが、ほとんどを石造りの床などで寝ていた私にとってはそんな物でも天国だった。
仰向けになり枕に顔を埋める。
そんな状況でも索敵は怠らない。 もう癖となっているわね。
魔力波を広げ学園全体に行き渡らせる。
…最高レベルが103の一人のみ。これは学園長？ あとは30未満の雑魚ばかり。
レベル103では私の脅威になりえない。 久しぶりにゆっくり寝れそうね。
それでも癖となった防御陣を張って眠りにつく……
ただいまクソッタレな平和な世界……
