笑わない少女と勇者と現状把握…… Side:マキナ
6月8日(水)の投稿となります。
前話少し修正を入れました。
……さっきよりは早い時間で再び勇者の眼が覚めた。
「あ! す、すすすいません!!」
彼は意識が戻るなり、両足を折り曲げ座り込むという妙な姿勢になり頭を地面にこすりつける様にして謝って来た。
「……さっきのことはもういいわ」
話し辛いこともあり妙な姿勢をやめさせる。
後で聞いたことだが彼の国での謝罪の仕方、土下座と言うそうだ。
落ち着いたところで話を再開させる。
「さて、勇者さん。「あ、スバルです。遠崎 昴」……スバルさん。 私はマキナよ。 で、状況は把握出来ているかしら?」
その私の問いかけに暫く私の名前を呟いた後、彼は辺りを見回して手や頬を触り、鎧に触れたあとシステムメニューを開く動作、つまり左の人差し指と中指を合わせ小さく四角を空中に描く、といった動作をした。
まあ慣れると思考するだけでいいのだが。
そして彼は叫ぶ。
「なっ!? ログアウトボタんがないっ! もしやこれはラノベ展開? もしかしてあのクエストが?」
ログアウトがなにかは分からないが、思いのほか響くその声は森の奥からめんどくさいモノを引き寄せたようだ。
私はストレージから魔犬騎槍を取り出すと、素敵な獲物に向ける。
「あれは、ストレージ? じゃあプレイヤー? それにあれは……」
などと、呑気な声を上げる彼に注意を呼びかける。
「ぼけっとしない。来るわよ」
そう言い終わらない内に私達の前に現れたのは、奇しくも私が探していた獲物である食人鬼の亜種だった。
「こいつは、レアモンのオーガバウンサーじゃないか? なんで初期街の近くに?」
鑑定を使ったのか、彼もコイツが食人鬼用心棒だと気付いたらしい。
慌てて彼はストレージから武器を取り出した。
あれは、剣? まるで盾のようにも見える幅広のその剣は、強い魔力を秘めていて一見でも業物だと分かる。
「これ? 盾剣イージスブレードだよ」
それを見ていた私に気付いたのかその剣について教えてくれた。
イージスブレード…… 聞いた事ない武器だけど。 まあ後でいくらでも聞く機会はあるでしょう。
こちらの隙を伺っている食人鬼用心棒に視線を向けなおす。
亜種とはいえ食人鬼程度大した脅威ではないのだが、如何せん今こちらには不確定要素がいる。
その不確定要素の方を横目で見やれば軽く剣を振り一つ頷く。
「よし! マキナさんFA貰うよ?」
そう言い置いて一足で間合いを詰めその盾剣を振りぬいた。
彼の攻撃意思を感じ取り、こちらに襲い掛かろうとした食人鬼だったが、およそ斬るには向いてなさそうな剣を、並みの剣では弾き返す食人鬼の皮膚を彼は容易く真っ二つにした。
武器もそうだけどレベル、いえ技能もあるわね。
「おーさすがカンストしてるからレアでも一撃だなあ! あと動きはゲームそのものだし」
などと感心している彼に話し掛ける。
「とりあえず場所を変えましょう?」
「ああ、うん了解」
そう言っておとなしく付いてくるようだ。
特にこちらに不信感などは持ってないようだけど。
呑気そうな顔に今はどこか不安を滲ませた表情の彼、スバルは道すがら質問してきた。
「ねえ、ここはどこら辺なの?」
「ここはスタットの街の近くよ」
「おお! 場所は同じなのかな? でも景色が少し違うような……」
「……てことはゲームの中ってより異世界に飛ばされた系?」
なにやら意味不明な事を呟きだしたスバルだがすぐにまた質問を続ける。
「えーと君も飛ばされてきたの? つまりE2Oのプレイヤー?」
「プレイヤーが勇者を指すのなら違うわ」
「え? でもストレージを…… もしかして一般的になっちゃってる系?」
スバルはまた悩みだしたが、なにかに気付いたのかハッっとした表情を見せると再び質問してくる。
「ねえ今は何年?」
「今は……新世歴1104年よ」
「新世? ええ? 聖祝歴じゃなくて?」
聖祝歴、たしか神話時代の年号だったかしら?
つまり彼は過去から来た? でも妙ね、勇者は異世界から召喚される存在のはず……
「……つまり、千年以上未来の世界ってところかな?」
「ねえスバルさん」
「あ、はい」
またブツブツ言っていた彼の注意を引くと今度はこちらから質問する事にした。
「あなたは異世界から来た。そうよね?」
「そう……だと思う」
誤魔化されるかとも思ったけど、素直に答えくれた。
「君は、なぜそんなに詳しいの? もしかして僕みたいなの結構多い?」
「今はいないわね。 でも昔、千年以上前はあなたみたいな勇者が多くいたらしいわ」
「じゃあその千年前がゲーム世界なのかな」
「それについては分かりかねるわね」
そもそもゲーム世界がなにを意味しているのかも分からない。
やがてスバルはその呑気な顔を引き締めて、こちらに向き直るとこう切り出してきた。
「あの、マキナさん! 出来ればもっと色々教えてくれないかな?」
……正直、断ろうと思った。 現状敵対はしなさそうだったし、街まで送った後はさよならするつもりであったが。
「かまわないわよ」
なぜか、そう口に出していた。
「ありがとう!」
そう言って微笑むスバルの顔はやけにまぶしく見えて……