笑わない少女と勇者と出会い…… Side:マキナ
6月7日(火)の投稿となります。
Side:マキナ
レシュトーラナ王国。 イスハーン大陸北方に位置する大陸一の大国である。
北方に位置することから寒さに厳しく、それによって自然環境も過酷であるが、それゆえに人々は逞しい。
また、軍事に力を入れている国でもあり八つある騎士団の精強さは他国にとって脅威であろう。
しかし厳しい環境とはいってもこの国は広く、肥沃な土地ももちろんある。
ある、と言うよりも奪ったという方が正しいのだが……
今、私がいるのはそのかつてレシュトーラナ王国に滅ぼされた国だった場所。
スタットの街からすぐそばにある草原、ここに凶悪な魔物が他の土地から縄張りを追われ移動してきた、との情報があり現在鉄ランク以下の冒険者は立ち入りを禁止されている。
私はあの迷宮から脱出してすぐこの国で冒険者登録をし、すぐに鉄ランクへと短時間で駆け上がった。
まあそれによるやっかみも凄かったが、それよりも高ランクによるある程度の力が欲しかったのだ。
さて、その凶悪な魔物だが報告によるとどうやら食人鬼であるようだ。
それも変異種。
この草原、しばらく進めば森に行きつく。
巣を作るとすれば、食人鬼が巣を作るのかは知らないが、この森だろう。
草原に森に生息する魔物、森林狼の姿が見られるようになった事からも間違いないだろう。
私は草原をのんびり歩きながら、その森に向かっている。
やがて目的の森が見えた所で突然、凄まじい魔力の流れを感じた!
なに!?
今まで感じたことの無いほどの魔力、まるで世界を貫くとさえ思えるほどの力がすぐ側で発生している?
「どう思う? カ……」
……今、私は誰に話しかけようとしたの? 私はずっと一人だった。
あの迷宮から脱出してから今日まで。
いや、違う。私の側には下品でそれでいて……
瞬間、頭の中を掻きまわされると思えるほどの痛みが襲ってくる。
思わずよろめく私に、誰もいないはずの草原なのに、誰かが手を差し伸ばそうとする気配を感じた。
思わずすがりつきそうになった。
馬鹿な……私は誰にも頼らない。そう決めた、あの時から……あの時から?
漸く頭痛が収まり辺りを見回す余裕が出来、素早く索敵を行なう。
誰もいない、魔物も……
なんだったのかしらね?
私は大きく息を吐き出し意識を切り替える。
そんなことより今はあの魔力の方が先だ。
もしかしたらさっきの私の変調にも関係あるかもしれないし。
今だに魔力の流れは続いている。これは……森の側?
不用意に近づく訳にもいかないので出来るだけ安全な位置をキープしておきたい所だけれど。
システムメニューから時間を確認しようとした時、ふと左下にあるログウィンドウが目に入った。
これを教えてくれたのは誰だったかしら……
ぼんやりとそのログを見ているとそこにあるメッセージが目に入った。
システムアナウンス:勇者スバルの転送を確認しました。
システムアナウンス:勇者召喚プログラムが問題なく終了しました。
システムアナウンス:これより特殊クエスト 笑わない少女 が開始されます。
なにこれ? クエスト? 笑わない、いえそれより勇者!?
いつの間にか消えていた魔力の奔流、それが消えたあたりに今までなかった人の気配。
確認しなければ……
私は油断せずその人の気配に近づく。
その少年は木にもたれかかるようにして倒れていた。
歳の頃は私と違いがない様に見える。14,5歳くらい? もう少し幼い気もする。
髪は短めの黒髪、目は閉じているから瞳の色は分からない。
顔は、まあ一般的には整っている方ではないだろうか? よくわからないが。
問題はその装備である。
一目で高性能品であることが分かる青い軽装金属鎧。
その内包魔力からもそこいらの市販品と違うことが分かる。
武器は今は持っていないように見えるが、勇者であるならストレージが使えるはずだ。
そこに収納しているだろう。
呼吸は正常にしているし、体調に異常がなさそうだが一応確認も含めて鑑定を掛ける。
たぶん彼は……
名前:スバル
職業:剣聖/勇者
レベル:500
STE:255
DEX:255
AGI:255
VIT:255
INT:125
LUK:156
やはり、勇者。
人間種の才能限界は300、なのに彼はレベル500。私が言うことじゃないけれど異常だ。
能力値もほとんどがカンストしているし、もし敵対すればかなり厄介なことになりそうね。
「う、んん」
そんな事を思っていると彼が呻き声を上げる。
……起こした方がいいかしらね。
このまま放置もまずいと思い少年を起こすことにする。
「起きなさい」
うめき声を上げるだけで目覚める気配はない。
暫く優しく起こしてやっていたがまったく起きず、それどころかどこか呑気なその顔に段々イライラしてついその鎧の上からとはいえ胸に足を置いて強めに揺すってしまった。
「起きなさい!」
するとようやく起きる気配があり、その目をゆっくりと開く。
綺麗な黒。 その瞳は大陸では珍しい黒い瞳をしていた。
思わず見入りそうになった意識を振り払うように声を掛ける。
「目が覚めたかしら? 勇者さん?」
最初は目の焦点が合ってなかったが、すぐにしっかりとした視線を取り戻す。
思ったよりも鋭い視線は私を捉える。
その視線の先は……
「白……だ」
「死ね! クソッタレ勇者!!」
私は胸に置いていた足をこの勇者の顔面に叩きつけた。
敵対することになっても知ったことか。
再び意識を失う少年を見やりながらそう毒づいたのだった。