杞憂。
彼女はその後結局一言も言葉を発しなかった。
ただ僕に大人しく抱き締められていた。
僕と彼女は、違う世界にあるようだ。
近いようで遠い。まさにそんな感じ。
暫くして彼女は僕からそっと離れると、自分の部屋に引き篭もる。
ガチャリ、と無機質な音を立てて鍵を閉めた。
僕は溜め息をつきながらソファに体を預ける。
リモコンを操作し、テレビのスイッチを入れる。チャンネルを回してみたが、面白そうな番組はやっていなかった。
右の薬指にはめていた指輪がふと目に留まる。
シルバーでなんの飾りもないシンプルなつくり。僕はそれにそっとキスを落とした。
それは彼女に誕生日プレゼントにと、貰った物だった。
別に付き合っているわけではない。しがないルームメイトではあるけれど。
たまたま同じ大学で、たまたま同じ講義を受けていて、たまたま話をするようになり、たまたま彼女が独り暮らしするお金がないというので一緒に暮らそうと話を持ちかけ、たまたまルームメイトになっただけだ。
我に返れば、有名なバラエティー番組を瞳孔に映している自分がいた。
司会が何かを言って、スタジオが笑いの渦に包まれる。
それを僕は冷めた目で見ていた。
――くだらないしつまらない。
こんなことで笑えてるなんて平和な奴らだ。
ぷっつん。
電子音が聞こえ、賑やかだったリビングが一瞬にして静まる。
静まった部屋にはカチカチと、時計が秒針を動かす音くらいしか聞こえない。
やがて、彼女の部屋の方から嗚咽を抑えるような、くぐもった声が僕の耳に入ってきた。