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私が考える最強の筋肉。

ヘイリーさんの話。

幼い頃、隣国で迷子になった。

涙で袖がびしょびしょになるくらい泣いて、迷路のような庭園を歩いた。

父にくっついてやって来たものの、大人は会議ばかり。

私と同じように親について来た子どもは皆年上の男の子ばかりで、一緒に遊びはじめたはいいけどすぐに置いてきぼりにされてしまい、名も知らない庭園をさ迷うはめになってしまった。


自分でいうのもなんだが、私は当時もそれはそれは美幼女だった。

そんなもんだから男の子達は私に惚れたようで互いに牽制し合い、よくある好きな子ほど苛めちゃう現象が起こり取り残されたのだと今ならわかるが、当時はもう帰れないかもしれないという絶望に苛まれていた。



「嬢ちゃん、どうした?迷子か?」



そんな時、低く渋い声が頭上から響いた。

天の助け。

その天の使者は、隆々とした筋肉を惜しげもなくさらした上半身裸のおそらく中年位の眼光鋭い男だった。







かつてこの隣国の地で平和の式典が血に染まる事件があった。

死者は隣国の警備5名と我が国の将軍が1名。重傷者は30名、その他の軽傷含めた怪我人は200名を越えた。

参加者や護衛、従者や召使い下働き警備含めて300名と少しの人数だったからかなりの被害が出たことになる。

犠牲になった将軍の名はレスター・ウォルクラウン。国内にはほとんど知られていないウォルクラウンの英雄。

しかし、我が家では神に等しいほど憧れられる存在であった。

毎晩のように英雄の話をせがんでは夢中になる日々。


私の家は代々が戦で功績を積んで貴族の爵位を維持してきた軍人貴族。

騎士ではない。軍人。

華がないと言われることもあるが争乱から平時の今まで国の礎となってきた事は何よりも誇りに思っている。

父は二人いた英雄レスターの副官一人であった。


ハルシフォン家は代々男女問わず、武道を極めていた。血筋なのか皆、体は丈夫で逞しい。

そんな家に産まれた私は脆弱で弱い体の持ち主であった。

ハルシフォン家の奇跡と言われるほど儚い美少女に生まれついたのだ。

周りはちやほや可愛がるが私は嬉しくなかった。

父のように多くを従え、剣をふるい戦いたかった。

兄や従兄弟達のように、二つ名をつけられるほどの武勲をあげたかった。

母のように体術を極めて、拳ひとつで壁をぶち抜く力が欲しかった。


だからこそ英雄に憧れた。

もはや恋していたとも言える。

彼に夢中になっている時は自分の脆弱さを忘れられたから。

父が隣国に行くと知ったとき、私は泣き落としまでして着いてきた。

自国では、レスター・ウォルクラウンの名は禁忌に近く、家の外ではまったく話すことすらできなかったから。

隣国で彼に関わる話や、本や戯曲、舞台を見たいと企んだのだ。







「はぁ?!

嬢ちゃん、ベルケル・ハルシフォンの娘なのか?!」



庭園の奥で剣の鍛練をしていたという男は、タオルで体をふきふき目をむいた。

私を上から下まで見やると、詐欺だとぼやいていた。

私は父にも母にも似ていない。

絵姿をたどると今は亡き曾祖母に似ているようだった。

曾祖母は落ち人と呼ばれる別世界の住人だったらしい。曾祖父はハルシフォン家らしい筋肉隆々とした強面の男だったので、二人が並ぶと盗賊と拐われた哀れな令嬢のようだったそうだ。

その曾祖母よりも愛らしく儚げな美幼女の私。

はじめて会う人はたいてい私達の親子関係を疑う。



「私、ほんとうはお父様やお兄様みたいな強い人間になりたかったです。

剣を持とうとすればみんなで止めるし、おちおち筋トレもできません。転んだだけで一週間も外に出してもらえないのです。

私もハルシフォン家らしく武を極めたいのです。」



「あー、向き不向きはあるぜ?

俺の上司は武芸はピカ一だったが書類整理は壊滅的だったしな。

力がなくても扱える武器は山ほどある。とりあえず嬢ちゃんは見た目がよい。それだけでけっこうな強味になるぞ。」



「なぜですか、守ってもらえるとでもいうのですか?」



「バカいうなよ、油断させて一撃必殺で仕留められるだろう。

嬢ちゃんの美貌にデレデレしている隙にやっちまえ。卑怯なんて事はない。

持って産まれたモノを使って何が悪い。」



目から鱗が落ちる思いだった。

美しい顔も、華奢で可憐な体も、悪いものだと思っていたのだ。



「父親や兄弟みたいに強くなるのは無理だろうが、嬢ちゃんなりの強さを極めりゃいいだろう。

分かりやすい武力を持った体か好きならば夫にそういう奴を選べばいいだろう。」



「ならばあなたは私の夫になりますか?

ゲイツ・マイヤー。」



私には憧れの英雄が二人いる。

一人は公爵家出身ながら自身の力で将軍にまで登り詰め、多くを救い伝説を残したレスター・ウォルクラウン。

もう一人は庶民出身ながら危険視されるほどの実力で英雄の副官を勤めレスターを蔑ろにした自国に絶望し隣国の将軍となったゲイツ。

父すら敵わないと言わしめた男。ちなみに独身だったはず。



「そりゃあ、光栄な話だなぁ。嬢ちゃん。

だが俺はお断りだ。ガキだからじゃねぇ。その気になれない女はきっぱり断るのが筋だ。

女の執念は怖いからなぁ。ガキだと思ってうっかりした約束して捕まった奴を知ってるしな。

まだまだ先は長い。いい男をそのうち見つけられるさ。」



そしてゲイツ将軍は私を父の元まで送ってくれた。

私が逆プロポーズをした件も伝わり、泡食った父や周囲により先日婚約破棄が成立した元婚約者との縁組みがなされることになろうとは、この時知るよしもなかった。







☆☆☆☆☆



「あっ!気がつきましたかヘイリー様!

大丈夫ですか?寮に戻られますか?」



こちらを心配そうに覗きこむハナさんは安定の小動物っぷりで思わずナデナデしていた。

鼻に違和感がある。

ああ、そうか筋肉に見とれて鼻血をふいたのだった。きっと詰め物だろう。

久々に興奮した。

あの青年…ガストといったか、ゲイツ将軍以来のときめく筋肉、そして実力ありとはこれは良い。

庶民というか孤児院出ならば迷惑な親族もいない。

誰であろうと王の承認を得られる約束を取り付けられたのは僥倖。

これは突き進めという神の方針に違いない。



「ハナさん、ひとつお聞きしたいのですが…」



にっこり微笑んだその時の私はそれはそれは獲物を狙う猛獣のようで怖かったと、ハナさんから聞くことになるのはだいぶ後の話。





ガスト、ロックオン!

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