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1.そんなに見られたくないなら厳重に保管しといてよっ!

 玖澄宮女子高(くすみやじょしこう)では本校舎と部室棟が別れている。

 そのため、放課後の教室は一気に静かになる。


 一年生は二階、二年生は三階、三年生は四階となっている。

 特別教室は五階六階に偏っており、職員室などは一階にある。これはたぶん、先生が毎朝階段を登りたくないからなのだろう。


 因みに保健室は六階である。

 保健室の先生がドの付くエスで、怪我した生徒に長々と階段を登らせたいがために最近一階から六階に移したとか、そんなロクでも縁起でもない噂は嘘だといいって願ってる。


 一年生用の自習室もすっからかんだ。テスト期間ならまだ居残って勉強しようという生徒もいるだろうが、今はすっかり静まり返っている。


 そんなわけで、私が今全力疾走している廊下にはまったく人影がない。

 こんな状態では助けを呼ぶこともできやしない。


「お待ちなさぁぁぁあああい!」


 振り返ると、包丁を手にした鬼の形相の女子生徒が視界に映る。

 なんであんなの持ってるのあの子!?


「私が何したっていうのマジで!」


「見ていらっしゃいましたわよね!? アテクシの詩集を読んでお笑いになっていたのでしょう!! 馬鹿にしないでちょうだい!! アテクシだって庶民の貧相な顔つき身体つきを見ていつも心の中で笑っているのですわ!!」


 彼女の名前は……確か、麗華(れいか)さん、だっただろうか。

 クラスメイトではあるのだが、まだこの学校に入学して日が浅いため、顔を見ても名前が上手く浮かばない。


 これでもかというようにお嬢様風を吹かせている明るい茶髪の縦ロールと、アタクシと言いたいのだろうが訛ってアテクシにしか聞こえない一人称が特徴だ。

 入学初日は指輪を着けていたが、自己紹介でクラス全員に自慢し、その結果先生に学業に不必要なものとして没収され、半泣きになっていたのをよく覚えている。

 そのとき先生が指輪を見ながら涎を垂らし、換金したらいくらになるかをブツブツと指で計算していたのだが、果たして後で返してもらえたのだろうか。


 しかし、まさかこんなに危ない人だとは思いもしなかった。

 っていうか自作ポエム集なんて学校に持ってこないでよマジで。


「見てないし読んでないよ! それに笑い合ってるのならいいじゃん! 私は読んでないけど、もうそれでいい! お互いに許し合おうよ!」


「アレを見られたのでしたら、生かしておくわけにはいかないでしょうが!」


「見てないってば! 私、筆箱取りに来ただけだもん!」


 ここまでの経緯は簡単。

 私が忘れ物を回収しに教室へ入ったところ、同じくポエム集を教室に忘れた麗華さんが突撃してきたのだ。

 そのときの私の顔がちょっと笑って見えたとかで、彼女はポエムを盗み見されたに違いないと判断し、目撃者である私の存在を抹消しようとしているのだ。


「アテクシかアナタが死ぬしかないの! だから、アナタが大人しく死んでちょうだい!」


「そんなことないって! 私見てないもん! だって私見てないんだから見てないもん!」


「ひょっとして……本当に見てないのかしら?」


 ぴたりと迫ってきていた足音が止まる。

 それに安堵し、私も足を止めて振り返る。


「良かった……わかってもらえて。そう、私、見てないの。だから……その包丁、しまってもらえたら嬉しいなって……」


「アテクシの早とちりでしたか……いえ、申し訳ありませんでしたわね」


「うん……うん、それで、その、包丁早くしまってもらえないかなって……」


 とにかく、刃物をしまってもらわなくちゃ危なくってたまったものじゃない。

 促しても聞かないのなら、再度頼むしかない。


「……ですが、これでアナタはアテクシの詩集の存在を知ってしまったわけですわね」


「あの……包丁……」


「……やっぱり死んでもらうしか、ありませんわね」


 照れたような笑みを消し、一転して険しい顔に逆戻り。

 包丁を持つ手にも力が籠っている。


「誰にも言わないからぁーーーーっ!!」


 再び鬼ごっこが開始した。

 これだけ叫んでいたら誰か来そうなものだけれど、本当にまったく誰も気配もない。


 このペースだと階段まで逃げきれない。

 多分死ぬ、普通に刺される。

 私はあまり体力に自信がないし、ここの学校の廊下は長すぎる。


 このままではまずい。

 そう考えていると、教室の後ろ扉に隙間があるのが見えた。扉を蹴飛ばして開き、中に飛び込む。


「アナタ、こんなところに逃げ込んだって袋の鼠ですことよ!」


 ここは二階だ。

 最悪、窓から飛び降りたって死にはしない。


 教室に入ってすぐ、机の上へと飛び乗った。

 机上を跳びながら窓を目指す。


「逃がしませんことよ!」


 怒声に怯え振り返れば、彼女は机を持ち上げていた。


 届くはずがない。

 そう思っていたのに、机が、教室の端から端まで飛んできた。


 え、嘘? これやばくない?

 そう思った次の瞬間、意識が飛んで視界がフェードアウトした。


 幸い、意識が遠のいたのはほんの数秒だった。

 不幸だったのは、この狂人を相手にするにはその数秒が命とりだったこと。


「意外と丈夫ですことね。庶民の癖に」


 包丁を持った麗華さんが、壁に凭れて倒れている私の上に馬乗りになっていた。

 眩む視界を横に倒せば壁に血か付着していることがわかった。


「丈夫かどうかに、家の裕福は関係ないと思うなって……」


 どうやらあのときぶん投げられた机が頭部に当たってしまったらしい。

 とんでもないことをしてくれる。


「ほ、本気で私を殺すの? 中二ポエムのために? 殺人罪だよ殺人罪! 未成年はーっていうけど、今時加害者の顔なんてネットでばらまかれちゃうんだよ? こんなところで人生台無しになっちゃっていいの?」


「お黙りなさい!! アテクシにとって、そっちの方がよっぽど屈辱なのよ!!」


 麗華さんが包丁を振りかぶる。


 やばい。本当にやばい。

 どうしてこんなことになってしまったのやら。


 しかし、仕方ない。

 背に腹は代えられない。


 私はすうっと息を吸い、その後口を大きく開く。


「星の見える恋空!」


 それを聞いた瞬間、麗華さんの顔からさっと生気が引く。


「ア、アナタ……やっぱり、詩集読んでたんじゃ……」


「初恋は一番星! 広大な空に、あなたしか見えない!」


「やっぱり……アアアア……アテクシの、アテクシの詩で笑っていたのではなくて!」


 肩を震わせて怒る麗華さん。


「真っ暗で退屈な空に、ひとつだけ輝く特別な光! 手を伸ばしても届かない!」


「いいい、イヤァァァッァァァァァァアアッ!!」


「流れ星になって消えてった! 私の願いを置き去りに! 三度も声を掛ける勇気なんてなかったから!」


「やめなさぁぁぁぁぁぁぁっい!」


「三度も声を掛ける勇気なんてなかったから!」


「二度もおっしゃらないでもらえますかァッ!」


「ねぇねぇ、これ流れ星に三度願いを言うと叶うってのと被せてるんだよね! 私、こういうのいいと思うよ、うん!」


「解説しないでもらえますことぉぉおおおッ! 投げやりなフォローが一番辛いと知ってのことかしら!?」


 まずは相手の冷静さを崩す。

 場合によってはマイナスに働くこともあるが、殺される寸前までいったのだからこっちとしても破れかぶれだ。


 麗華さんは金切り声を上げながら包丁を振りかぶってくる。

 しかし、その目は私を見てはいない。

 恥ずかしさやら怒りやらで感情が爆発しているのだ。

 がむしゃらに空間を切り裂く、ただそれだけを目的に腕を振っていた。


 だから、マウントポジションを取られた今からでも巻き返せる。

 相手の手の動きの速度を利用し、思いっ切り手首を弾く。

 麗華さんの手にしていた刃物は教室の隅まで飛んで行った。


「アナタ……今、何を……」


 驚いた麗華さんが、私の身体に掛けていた拘束を僅かに緩めた。

 その隙を突き、彼女を跳ね除ける。

 彼女が仰け反る動きに引っ付くように起き上がり、顎下に拳を捻じり込む。

 肩、肘、そして拳の捻りにより、最小限の力で相手の脳を揺らすことができる。これだけで簡単に相手の意識を奪える。


「アナタ……いったい……」


 その言葉を最後に麗華さんは倒れる。


 私は頭の傷を押さえながら、はぁと溜め息をひとつ吐く。


「……高校では、どんな状況に追い込まれても暴力は振るわないって決めてたのになぁ」

私の狂人日記:

西園寺麗華(さいおんじ れいか)

危険度 :D[包丁持った凡人レベル]

サイコ度:D[人殺しを厭わないレベル]

好感度 :E[殺意を持たれるレベル]

 典型的なお嬢様って感じの娘。

 まさか、あんなポエム書いてるとは思わなかったなぁ……。

 追いかけまわされた恨みもあるし、黒板に黒歴史ポエム貼っといちゃおっかな。

 まったく……もう。

 それにしても、どうして包丁なんて持ってたんだろう?

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