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ステップ・アップ

作者: 古今

制限字数・800文字 (85文字オーバー)

制限時間・60分 (15分オーバー)

 いつしか私は、一世代上の人間を部下に持つようになっていた。キャリアに物を言わせここまで上がってきた私は、彼らの悲しみに満ちた祝福を受けながら妬まれ愚痴を叩かれるようになった。

 自宅に帰れば、子がテーブルに向かって絵を描いている。着替えを済ませた私は、妻が運ぶ酒をあおりながら、相も変わらずゾッとする絵を見ていた。青と茶色のクレヨンで手と顔を汚したこの子は、どうして目の前に絵があるのか不思議そうに凝視していた。眼は大きく見開いていたが、この絵のように眼から足がたくさん生えてくることはない。そんな事が起これば今度は私が病院に行く番だ。

 子が頭を突っ伏した。うーだか、あーだかよく分からぬ母音を出す。この子の笑顔を私は見た憶えがない。昼間の彼を知っている妻なら知っているのだろう。それでも、時にこの子にとっての笑顔とは何か私は考えてしまう。笑顔は喜びなのだろうか。

 やがて家中にこの子のうめき声が響き渡る。近所にも聞こえてそうだなと思いながら、台所に立っている妻を呼んだ。対処法を私は知らない。妻と入れ替わるように、今度は私が台所に赴く。冷蔵庫の扉を開けると、見事に酒だけがなくなっていた。

 坂の下のコンビニまで行ってくる。妻に告げながら財布を手に取ると、もう一本べつの手が覆い被さってきた。この子も行くようだ。

 何かが調和したとき、私は自然と頭の中がすっきりする。この分なら、寝静まった住宅街で電柱や塀にぶつかる心配も無い。酔いも醒めてきた。子は私の前を歩き、夜空というよりはまっ暗な空間自体を堅く見守っていた。そして街を一望できる坂の上まで辿り着いた。坂を下り始めようとするこの子の肩に、手を置いてみた。

 途端にこの子は振り返り、坂の下の街灯りに照らされたギョッとしたような眼をこちらに差し出した。

 多くの人が経験する「葛藤」というものを私は体験したことはない。しかし、悲しみに満ちた喜びという複雑なものを私は体験できた。それだけ我が子から教えてもらうことができたのだから、この子は私の行為からも何か得てくれるはずだ。彼の肩にかけた腕を、バネのように思いっきり前へ突き出してやった。

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