第6話:祭~he will be draw his sword, the epic will start ~
「それにしても……暑苦しいのう」
アスタルテが俺の方を見て急に言い出す。
「初夏じゃぞ !初夏! なのに、なんでお主は黒いものなんぞ着とるんじゃ! そんななっがいの!」
「シャルの外套は色々便利なんだよー。なんか暑くならないよう寒くならないよう魔法で調節してくれるみたいだし? まあ真っ黒なのは見てて暑いなーって思うけどねー」
ユリアが腕を絡ませながら説明する。
「あ、ユリア姉さんずるいです!」
「そこは張り合うところじゃないと思うんだが」
反対側の腕を取ったカレンにため息をつきつつたしなめるが、こんなことで聞くような子達じゃないことは重々承知している。
「あら、じゃあ私は肩車でもしてもらいましょうか」
「おい」
「ふふ、冗談ですよ」
イズにからかわれつつ、ユリアやカレンにじゃれつかれながら。楽しいと言えば楽しいのだが。
「ふん、仲の良いことじゃの」
「あれぇ、アスタルテちゃんひょっとして嫉妬?抱っこでもしてもらう?」
「誰が嫉妬じゃ! まあ……シャルがどうしてもと言うならさせてやらんことないがの」
「……おい」
「冗談じゃ」
アスタルテ。お前もか!
「そんなことより」
「そんなこと呼ばわりされちゃいましたね、シャル」
「……そんなこと一々気にしてたらやっていけないだろう」
特にお前らとは。
「そんなことより」
アスタルテ、そんなに何度も強調しなくていい。
「本当に馬車の一台も寄越してこんとわの」
「まったくだ……」
いくら辺境とはいえ、領主からお願いされてこちらから出向くのだ。賓客として扱われてもおかしくないはずだ。ならばそれ相応の対応というものがあってしかるべきで、その対応の中に疲れさせないようという配慮があってもいいはずなのに。
「もう、聞いてなかったの?フリードリヒは祭を楽しむついでに寄ってくれって言ったんだよ?」
「つまり祭りを一通り見てから来いということなので馬車は使えないのですよ」
「なあ、カレン、ユリア。帰っていいか?」
言うは早いが回れ右をする。実は山登りより山下りの方が体力を使うらしいのだ。
「ちょっとシャル!?」
「シャルさん?」
「イヤだよ、山下りだぜ? 疲れるし、もういや。だるい」
「こんの……引きこもりがー!」
「私とユリア姉さんで意地でも連れて行きます。じゃないとフリードリヒさんにも怒られてしまいますし……」
いいよ、あいつなんか放っておけば。とも思ったがそれで二人がこっぴどく叱られて今後に影響されても嫌なので結局キツイ山下りをしなければいけなかった……。はあ。
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「おぉ! これは賑わっておるのぉ!」
街に入り楽しそうにはしゃぐアスタルテ。
あれから二時間ほどかけてゆっくり山を下って街に入ると中心部までまだ少しあるのにそんなとこでもあちらこちらに特別な装飾が施され活気に溢れていた。
「こうして皆で街に出かけるのも久しぶりですね、シャル」
「そうだな。最後はあの二人を送った時か」
軽くその時のことを思い出してあの時はもう会えないものかと思っていたのだが
「シャル! シャル! あれおいしそう!」
「シャルさん。買ってきてもいいですか?」
案外そんなこともなくそれなりの回数会っているなと心なしか嬉しく思っている。
「出店とかは中心部のほうが多いんじゃないか?それに今は自分たちの稼ぎだろ。好きなように使えよ」
「えへへ。癖でさ」
そう言って出店のほうに駆けて行く二人。
「妾にも食わせるのじゃ!」
それを追いかけるアスタルテ。……ふむ。人間にたかる神というのもまた珍しい。
「アスタルテちゃん食べれるー? 熱いよ?」
まあ二人は神と認識していないのだけども。
「ふむ! これは美味じゃな!」
熱いのか口をはふはふさせつつもたこ焼きを頬張るアスタルテ。
「シャルさんもおひとついかがですか?」
カレンが気を利かせて差し出して来る。どうぞって言われて断るのも悪いしな。
「じゃあひとつもらおうかな」
カレンからもらったたこ焼きを頬張る。
うん。熱いけどおいしいな。
「あー! カレンずるーい! もう! イズは私があげるもん!」
「あらあら、ありがとう」
「ユリアよ、妾はもう一つ所望するぞ!」
「え、ちょっと待って。私の食べる分がなくなるじゃないっ!」
わいわいガヤガヤと、街の祭りの雰囲気に影響されたかのように一段と賑やかになる会話。ついさっき山を下ってきたなんて思えないほどだ。
「楽しいですね。私とユリア姉さんはいつも一緒ですし、フリードリヒさんがあのような方なので毎日充実してるんですけど……やっぱりシャルさんやイズさんと一緒にいると気が一番楽しいです」
「そうか」
「もう。けっこう恥ずかしかったんですよ。もうちょっとなんか反応してください!」
「お……おう。悪いな……」
といってもなー。けっこうこっちも恥ずかしいの隠してたんだぜ。
二人して顔を少し赤らめていると遠目からアスタルテがボソリと
「青春じゃな……」
「おいこら、そこのちっこいのちょっと来なさい」
「嫌じゃ!」
逃げるアスタルテを小走りに追いかける。
カレンが顔を赤らめて俯いて、イズとユリアが楽しそうに会話を弾ませる。
どこにでもあるような、そんな何気ないひと時だけど。
それはかけがえのないひと時だった。
次の瞬間、一瞬で5人は剣呑な雰囲気に包まれた。
それは街の中心部に入ろうかという人通りも多い通りだった。
「ママ!パパ!」
幼い子の悲痛な叫び声が通りに響いた。
急いで声が聞こえた方へ向かうといかにも面相の悪そうな男が5人いてそのうちの一人が小さい女の子を抱えていた。その前には腹を刺されて血を流し、服を赤に染めた男性とその男性の腹を手のひらで抑え手を真っ赤にしている女性がいた。
「イズ、治癒魔法使えるか?」
「任せてください」
イズが水色の髪を一つにまとめながら男性の元へかけよる。その間にユリアとカレンがイズたちを守るように前に出る。
「そこまでよ!おとなしくその子を離して武器を捨て投稿しなさい!」
「警告を聞き入れない場合、フォス=ポリス近衛隊所属、ユリア=アウエンミュラーとカレン=アウエンミュラーがその名にかけてあなたたちを拘束します」
ユリアとカレンが名乗りをあげ警告を与える。
「へっ! こんな辺境な都市の軍なんて誰が恐れるかよ! それに近衛ならなんでこんなとこにいるんだって話だぜ? おい! てめぇら女二人なんてやっちまえ!」
リーダーらしき男が発破をかける。女の子を抱えているリーダーらしき男以外が二人に襲いかかる。
ユリアが前に出て剣を鞘のまま受け止め流す。カレンが後ろに下がり「魔」を紡ぐ。
「おい! 向こうの銀髪、魔法士だ! あっちから先にやれ!」
男4人のうちの誰かが叫ぶ。そうはさせまいとユリアが奮戦するも4人は多かった。
ユリアのわきを一人が抜ける。未だ詠唱中のカレンに向かい剣が振りかぶられる。
出るしかないかぁ。
左腰に吊っている二振りから『凬切』を抜刀。瞬時に風が吹き込み刀に巻きつく。
その吹き込む風の勢いも借りて瞬時に接近。カレンに襲い掛かるはずだった凶刃を居合切りの要領で巻きついている風ごと斬るようにして叩き斬る。そのまま勢いを殺さずに体をぶつけふらついたところを下から思い切り柄で顎を殴りつけ昏倒させる。
「現れた氷の槍は断罪の為! 風は執行の許可を与える!」
カレンが呪文を唱え紡いだ「魔」に方向性を与え魔法として顕現させる。
荒れ狂う風がカレンの方から人さらいたちの方へ吹くようになりカレンの周りに現れた氷の槍が音速を伴い打ち出される。
その氷の槍は余すことなく人さらいの持つ武器を打ち抜き半ばからへし折って行く。唖然としている連中をユリアと次々昏倒させていく。
「くそ……!ちっくしょー!」
最後に残ったリーダーらしき人物が叫び……。信じられないことに魔を紡ぐ。
しかし……
「まずいな。魔が暴走してやがる」
どこで教わったか知らないが中途半端な魔法はどう崩壊して、それがどのような影響として現れるかわからない分恐ろしく接近できない。……普通は!
「アスタルテ!」
駆け出しながら傍観を決め込んできた神様の名前を叫び
「誰に許しを得て我が前に立つか」
ある呪文を叫ぶ。
アスタルテが驚いた顔をしたあと、にやっと笑い
「我が名はアスタルテ。その名の元に全ての破壊を命ずる。」
アスタルテが呪文を返す。
『凬切』に巻きついていた風が刀身に食い込み魔法で防護してあった術式を露わにするためその刀身の黒色を吹き飛ばし銀で刻まれた術式をさらけ出す。
凬切に、術式に、流れ込む「魔」を意識しつつ
「疾風」
術式に蒼い閃光が走る。その光を置き去りにして魔法を暴走させる寸前の阿呆へ肉薄。
ここまで駆けだしてか1秒足らず。
「風解」
すみれ色の光に変わり集まっている「魔」に向かい一閃。暴走寸前だった魔が霧散する。
そのまま捻った身体を元に戻す要領で柄で顎を打ち抜き昏倒させる。歯が2,3本折れたかもしれないが知るものか。
「命は果たした」
アスタルテに魔術終了の呪文を唱える。
「大義であった」
アスタルテが応えると先ほど散って行った黒い風が戻り『凬切』に再び食い込み刀身が黒く戻り術式を隠す。
鞘に納刀すると風もそよ風を最後に霧散した。
ガチャガチャと武装し、完全防備した集団がこちらに駆けてくる音が遠く聞こえた。
「そろそろ警備団がいらっしゃいますかね?」
「そうだな。ユリア、カレンここ任せていいか?先に中心部行ってるな」
「りょーっかいでっす!」
ユリアの返事を聞き中心部へ向かおうとしたところ後ろから裾を掴まれた。振り向くとさきほどの攫われかけた小さい子だった。
「ありがと」
「お礼ならそこのお姉ちゃん二人に言いな」
「お父さんに一週間はじっとしといてくださいって伝えてもらえます?」
「ん」
イズが笑顔で言伝を頼む。
治癒魔法なぞフリードリヒですら使えない超がいくつもつくほどの高位魔法だ。それが使えるのは神、もしくは神の力を借りている選帝侯、あるいは悪魔でしかない。もちろんイズはそんなことないのだが、普通の人びとはそう思わない。故にどれにとっても人びとの畏怖を得るには十分なのだ。それを理解してイズは直接忠告することなく言伝を頼んだのだ。
「アスタルテ、行くぞ」
「うむ」
畏怖、恐怖と言う意味では圧倒的な力を見せつけた俺もその対象で、そんな奴らと会話を交わしている幼子。その三人は早く去って欲しいと思わせるには十分であった。さらに戦闘の前には初夏らしく新緑に萌えていた植木も色鮮やかな花で彩られていた花壇も、戦闘後にはそれらが真冬の時期になったように枯れ果て、死んでいたのだ。
そんな異常な光景を見せつけられた人々は感謝もせず拍手も送らず称えることも無く只々恐怖を顔に浮かべ異常な存在を受け入れることができず目も合わせずに遠目に見送ることだけだった。
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「お主、複数使えるのか」
街の中心部に入り落ち着ける場所を見つけた途端に座りながらアスタルテに問われた。
「何がだよ」
「魔術じゃよ! 妾は聞いとらんぞ! いくつ使えるんじゃ」
「言ってなかったか。4つだよ」
「4つ!? 今まで2つが限界じゃったのに……。ふふ、人間にしておくのが惜しいくらいじゃな。あと、イズよ。あれは何じゃ。魔法でも魔術でもなかったろう」
先ほど出店で買った食事を食べながら問いを重ねるアスタルテ。
「食べるか喋るかどっちかにしましょう。アスタルテちゃん。そうですね。名付けるなら精霊術とでもしましょうか。空間を飛び交ってる精霊にお願いして私の望みを叶えてもらっているのですよ。といっても人の意識や意志に干渉することはできませんけどね」
「な、なんじゃ……。お主らは……。ふふふ。面白いのう! 善き哉! 善き哉! これは面白くなりそうじゃ! ところでこれはなんじゃ? 美味いのう!」
お好み焼きというものですよ。という二人の会話から意識を切り離し檀上で演説しているフリードリヒに意識を映す。豊穣の祈りに感謝し……。という決まり文句の演説だが住民は頭を垂れ有難がって聞いている。
あんなのでも信頼されてるんだな。まあ信頼・信用がないとながく一つの家が領主なんてできないのだろうけど。
「あ、見つけたー。シャルー!」
「おう、お疲れ様。よく見つけれたな」
「シャルさんもアスタルテさんも珍しい黒髪ですし、イズさんも水色なのでけっこう遠目からでもわかるんですよ」
そうなのか。自覚なかったな。
「もう疲れたよぉ。警備団の人たち精鋭部隊に任命された私たちの事、目の敵にして突っかかってくるんだもん! もう手柄全部そっちが持って行っていいからって言ってやっと追いついたんだから! あ、フリードリヒからの伝言だよ」
「あまり私たちが人前で力を使うことはないですからね。しょうがないです。演説の後に館の方へ来てほしいとのことです。皆さんご一緒に。私たちが案内役としてつくので館に入れないなんてことはないはずですよ」
「ん、わかった。じゃあ準備して行くか……。あぁ二人も食べるか?お好み焼き」
まだ手を付けていなかった俺の分を差し出す。
「ありがとー!」
「いただきます!」
目を輝かせてぱくつく二人だった。
さっき戦闘があったなんて思えないほど平和な光景だな。
さっきのが日常茶飯事的に起こってるわけではないのだろうけど……。
と、首元にチリッとした違和感が起こり振り向くも何もなかった。
なんだったのだろうか……気のせいかな。