第5話:光と影~a threatening indication~
「七選帝侯が……ねぇ」
にわかには信じがたい話だ。七選帝侯はこの国の顔とも言うべき人たちだから表向きは人格者で通っている。というか通さなければならない。それに協力し諸侯たちは暗黙の了解で余程のことがない限り七選帝侯たちについていらぬ噂をたてることはしない。だというのにこうして辺境諸侯にまで自身の評判を落とすような噂を立てられるとはどうしてなのだろうか。
「まずはその根拠、みたいなのがあったら聞かせてもらおうか」
「いやですねぇ。シャルさん。噂に根拠なんてあるわけないじゃないですかぁ」
この男は……。しかし、火もないとこに煙は立たない。こと七選帝侯という相手に対してならなおさらだ。ここは怒らず怒鳴らず表情を変えずに目を逸らさずフリードリヒからの言葉を待つ。
「……ふふ。わかりましたよ。いくつか示しましょう。そのほうが私からも話がしやすい」
「そうしてくれると助かるな」
「まあ一つ目は簡単ですよ。アンナがそんじょそこらの魔法士や剣士に負け攫われるとは思わないということ。それこそ何十人かで束になってこなければ。しかしそれでは、こんな田舎ではあまりに目立ちすぎる。そして領主である私にそのような報告が何も上がってきていないということですね」
「あんたに信用がないから住民が寄ってたかって報告してないんじゃねぇか?」
「そんなに嬉しそうに言わないでくださいよ。仮にそうだとしてもアンナは住民の皆様に親しく接してもらっていましたし絶大な支持が、それこそ私なんかよりあったでしょう。そんなアンナが目の前で攫われたとなれば、いくら信用がなくとも父親である、そして最強の魔法士である私に報告しない道理がないでしょう」
まあ確かにそうだ。報告したことで褒賞なんかもらえたりするかもだしな。ここら辺の住民はそんなこと考えたりしないだろうけど。
「アンナさんは確かに絶対的な信頼を住民の皆さんから得てました。そのことはチラッと見るだけだった私にすら見て取れるほどでしたから」
「そしてそのアンナが私の土地で秘密裏に攫われた、となると七選帝侯、もしくはその側近しか考えられないのだよ。彼らは魔法士を管理する側だ。自分たちの側近くらいどうとでも取り繕えるからね」
「なるほどな……。だとしたら次は目的、という話になるがアンナ一人だったらわかる気がするんだが、あんたの周辺でも似たようなことがいくつも起こってるとなるとわからん」
アンナ一人だったらあの容姿に惹かれたという変態性で終わるんだけどな。
「アンナさん、お綺麗ですし珍しい綺麗な黒髪ですものね。それをわが物にしようとしたというわけではなさそうですね……」
「それだと単純で済んだんですけどね。まあ攫われた子が皆さんお綺麗でハーレムを作ってるという変態的な可能性も否定できないのですが……」
お前が言うのか……。言ってしまったのか……。
「どうもこのタイミングというのが気になるんですよ」
「と言うと?」
「いやぁ、どうもですね。東の方から攻められてるみたいなんですよ。プティエアから。前々からそんな動きはあったんですけどねこのところ活発化したみたいで西のティマイオまで一気に征服しちゃおうってつもりじゃないですかね」
プティエアはこのザナドゥの東にある大国でかつて初代ナポレッタとも一戦を交えた国だがその時に敗北しザナドゥに領土を取られている。その後は条約と外交で戦端は開かれていなかったのだがここにきてどうも雲行きが怪しくなっているらしい。
「ティマイオとは犬猿の仲ですからね。ティマイオにこのことが知れ渡ったら西からも攻められてしまってここが戦場になりますよ」
「ふーん。でもなんでそれが今の状況につながるんだ?」
「それは七選帝侯が神の力をさらに増強させるための生贄として攫っているんじゃないですか?ほら、昔から生贄を神に捧げる慣習があった地域もありますし……」
そこは曖昧なんだな。まあここは後でアスタルテに聞いてみればいいか。
と、アスタルテをふと見ると頬杖をついて退屈そうにしていた。まあ人間のごたごたなんて興味もないでしょうよ。
「もし魔法士としての能力、もしくは才能が高い人を生贄として選んでいるのなら選帝侯たちは限りなく怪しいですね」
「ん? イズなんでだ?」
「才能ある人を見極めるためには実際に初歩の魔法を使わせることが一番簡単ですよね。もし選帝侯たちがこのような人さらいをしているなら魔法の使い方を噂として流し実際に使わせてその地に送った刺客を使い監視して攫うのが一番効率的です」
なるほどな。しかしそうだとするとひとつ問題が起こる。
「私の領地にもそのような刺客が……?」
「いえ、フリードリヒさんの場合は心配しなくてもよいでしょう。ある程度力がある魔法士はお互いにわかりますからね。ですからアンナさんの場合上位魔法士数人が魔法で移動しとらえ、すぐに帰った可能性が高いでしょう」
「なるほど……。やはりここに来たかいはありましたね。さて、ここからが本題なのですがシャルさん。いえ……シャルル=ジョゼフ。ボナパーテが末裔のあなたに依頼があるのです」
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「シャルー! 部屋はー?」
「変わってないよ。はやく着替えてきな」
ユリアとカレンが二階に上がって行く。
「準備しといてよかったでしょう? シャル」
ホントにな……。フリードリヒが帰るときについでといった感じで
「あぁ、そういえばユリア君とカレン君は勝手に休みにしときましたので少し実家ともいえるこの場所で羽を伸ばしてください」
とのたまったのだ。そのときの二人の嬉しそうな顔を見てしまったら何も言うことができなかったのだけど。
「さて、二人がいない間に聞きたいことを聞いておこうか」
「ふむ。退屈な時間じゃったの」
「そう言うなよ。まずはというかこれしか聞けそうにないんだけど神が生贄を求めることはあり得るのか? そのときはどんな状況だ」
「神が生贄を要求することはある。が、かなり稀な状況じゃな。必要とするときはとても大きな術のためじゃったり神自身がより力を蓄えたりすることじゃな」
なるほど……そしてその贄に辺境とはいえ一諸侯の娘を選んだとなったとすると、選帝侯のお歴々もそれほど余裕があるわけじゃなく、むしろ切羽詰ってる感じだな。
「一人じゃなく複数の贄を必要とするとは。どんだけ大きな術式かの。その攻められてる東側一帯を住民ごと吹き飛ばすつもりかの。戦争でも始める気かの」
は……。
「もともとの力も強い我らじゃぞ?それに加えて贄でさらに力を貯める。どう考えても平和的な方法で使おうとは思えんじゃろ」
「しかし、民ごと……吹き飛ばすなんて……いくらなんでもしないだろ」
「そこに選帝侯たちにとって重要な人物、団体がいるかの? 特にいないじゃろ」
たしかに、七選帝侯の庇護を受けている人物や団体は帝都に集まっている。それ以外は消耗品とでも言いたのか政治を見てもかなり軽視されている。それに逆らうと圧倒的な力を持って叩き潰すのが今の選帝侯たちだ。
「こんな国、いままで崩壊しなかったのが不思議なほどじゃ。早くどうにかせんと東が消飛ぶのお」
「誰か反対するだろ」
「そうやって何もせず傍観するのか? 力なきものが立ち上がりそれが潰されるのを見ておくのか? おぬしが立ち上がらんとどうにもならんじゃろ。のう? ボナパーテの末裔よ」
そうやって動かそうとするなよ……ホントにどうすべきかわかんなくなるだろ。
フリードリヒの依頼を脳内で反復しながら顔をそむける。
「お願いと言うのはですね、私の娘のアンナを取り戻してくれないだろうか。私は諸侯という立場上、選帝侯たちに対して明確に敵対というスタンスを取るわけにはいかないのだよ。お願いと言っているが仕事の依頼として捉えてもらって構わない。協力はできる限りしていこう。返事は一週間後の祭りの日に私のところまで来てくれ」
そのときに合わせてユリアとカレンを返すことを考えると明確な拒否はできそうにないんだけどな。どうしたもんかな。
「シャルー! 着替えたよ!! あそぼー!!」
「シャルさん、何をすればよいですか?」
「あそぼって……。ユリア、カレン。二人はついて来るか?」
「そりゃシャルが行くなら、だけどねー」
「私たちはシャルさんについていきますよ」
「そうか……」
不思議そうに、でも当たり前のように即答する二人。
そんな二人がいることを頼もしく感じてしまうから自分が不思議だ。
「シャル?」
「シャルさん?」
「何でもないよ。とりあえず何か手伝うことがないかイズに聞いてこい」
うん!と言って二人は駆け足で楽しそうにイズのもとに駆け寄る。
「覚悟はできたかえ?」
「とりあえず、仕事だしな。報酬分以上は動かんよ」
「悠長なことじゃの。しかし、神様らしく予言してやろう。お主はどうせこの国を動かすじゃろうよ。周りを放っておいて自分だけ楽に生きることさえできればいい、という考えの持ち主ではなかろうて」
「まさしく自分さえ楽ならなんでもいいんだけどな。まあ、欲を言えば自分の周りもそこに居さえすればいいかな」
「なんじゃと……」
アスタルテが愕然とする。
悪いな、神様が期待するほどお人好しではなくて。
「あ、シャルー。イズも今は暇なんだってー。皆で遊ぼうよ!そこの小っちゃい子も!」
「お名前は何と言うのですか?」
「アスタルテじゃ。神じゃ!」
アスタルテが答えると二人は言葉を詰まらせ
「こ、こんな小さな子も……神として自分を肯定しなきゃ生きていけないなんて! 可哀そう!」
「もう、お姉さんたちがついていますからね! 寂しくないですよ!」
二人してアスタルテを抱きしめ頭をいい子いい子するように撫でていた。
「あー! もう! ホントに神なのじゃー!!」
というアスタルテの言葉が虚しく響いた。楽しい。
ニヤニヤしながら見ているとアスタルテも隣によってきて
「私も、どんな結論を出そうと、どんな結果になろうと、シャルについて行きますからね。ご心配なく」
「ああ。イズがここから出ていくのはもうしばらく後になりそうだな。すまんな」
「いいえ。それより、楽しい一週間になりそうですね」
「ああ、そうだな」
イズの言葉通りその一週間はそれはそれは楽しい、面白い一週間になった。ちょっと前までこんな日が続いていたのが嘘みたいだ。
でもその楽しい一週間を最後に当分こんな日は来ないだろうと5人だれもが感じていた。だからこそ目一杯楽しみを感じようとしたし楽しくしようとしたのかもしれない。
一週間後の今日、そんなことを思いながら旅支度を済ませている。
「シャル! そろそろ行きますよ」
「ああ、今行く」
イズに答え外套を翻し玄関に向かう。
この行動がどう出るかどのように出るかわからない。意外とすぐ終わるかもしれないし、全然終わりが見えてこないかもしれない。でも、あの二人の笑顔が増えるならどんなことでもしたいと思った。
それが選帝侯たち、権力者に刃を向けることになっても。
そして
―たとえ神の力を借り、この身が破滅しようとも―