第4話:報告~the gears of fate is idling~
「やぁやぁ、どうも。お久しぶりですね。シャルルさん!」
そいつはタイミングを見計らっていたようにこちらの準備が完全に整って間もなくドアを開けてきた。
「いつもこっちに来てもらって悪いな。それにしても毎回完璧なタイミングで来るんだな」
「仕事ですしね。紅茶のいい匂いとパンの香ばしい匂いがしたらドアを開けるようにしてるんです」
タイミング図ってたのかよ!
「イズーナ様の焼かれるパンはいつ食べてもおいしいですが焼き立てがその中でも一番おいしいと相場が決まってますからね」
「今日はちょっと山に着くのが早かったみたいなので急いでパンを焼いたんですよ」
こっちが計算してたのかよ!
「やっほー! シャルー!! ひっさしぶりー!」
綺麗な金色をひとつに括って元気に揺らしながら飛びついてきた子と
「お久しぶりです。シャルさん」
綺麗な長い銀色を静かになびかせ腕に引っ付いてきた子。
この二人が
「その二人が双子でそこの男が領主か? シャル。若いのう・・・政治なんてできんじゃろう」
掃除道具の片づけから戻ったアスタルテが嘲笑を浮かべながら領主であるフリードリヒを見上げる。
と、いきなりフリードリヒがアスタルテに跪いた。
「あ……あなたは……」
「な、なんじゃ……」
動揺するアスタルテを見上げ
「あぁ……その可愛らしい容姿に似合わぬ釣り目。背が小さい故に必要以上に気を張っている姿。そしてあふれ出る嗜虐性のオーラ。全てが……全てが揃っている!! 背が小っちゃくて歳もちっちゃくて可愛いそして嗜虐趣向すばらしいここで出会ったのは何かの運命せめてその美しいおみ足だけでもぺろぺろさせてくださいそしてよければぜひいっしょに我が城にぜひぜひぜひ!!」
「ひっ……な、なんじゃ!! えぇい離せっ! 離してくれっ! シャル! 頼む助けて!!」
あ~、忘れてた。ここの領主様ってなぜか代々変態なんだっけ……。
「あぁ、可愛いおててでぽかぽかと殴られる!なんたる至福っ!! もっと殴ってください! お願いします!」
「ねーねー、シャルぅ? 私、少しは可愛くなった?どう?」
「ユリア姉さん、そんなのシャルさんが困ってしまうでしょ? ……あ、あのシャルさん! わ……私はどうですかっ!?」
目の前の惨状を気にせず―二人にとってはいつもの事なのだろうが―二人とも抱きついたまま話しかけてくるユリアとカレンも……まぁなんというか……この変態領主の部下だなって思うくらいには染まったな……。
「はいはい、そこまでにしてとりあえず座ってお茶でもどうですか? 皆さんここまで来るのにお疲れでしょうし」
「あぁ! なんたる慈愛に満ちたお言葉! やはりイズーナ様も一緒に我が城に!」
アスタルテの足に頬ずりしようと頑張って首を伸ばしていたフリードリヒがその床に這いつくばった状態からイズーナの足に向かって手を伸ばした瞬間に
ズッ……パン!!!!!!!!
イズーナが笑顔のままフリードリヒの顔を正面からパーで叩きつけた……。ちゃんと片足引いて腰もちゃんと入ってたからな痛そう……。
ユリアとカレンも動きを止め青ざめた表情をするも恐怖からか顔すら動かせていない。
「お茶に、しましょ? ね?」
「「「はい」」」
訪問者3人は頷く以外できないのであった。
突っ込みであの威力だと一緒に暮らしてる俺はけっこう命の危機がないか今更ながら真剣に悩むのだった。
✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽
「はぁ……小うるさい大臣もいないしここは落ち着くねぇ」
俺とイズ、アスタルテの向かい側の席でくつろぐフリードリヒ。
「ところで君たちは誰の護衛なんだい。まったく……」
そう軽くいじける様に言うのは俺たちの後ろに立つユリアとカレン。
「もちろんシャルの護衛に決まってます」
「フリードリヒ様は何をするかわかりませんから」
信用ねぇな、この領主。仮にも二人の雇い主なのに。
「はは、冗談は止めたまえ。私ごときがシャルルさんをどうこうできるものではあるまいに」
「それこそ悪い冗談だな。当代きっての、ザナドゥ全体で見ても魔法士最高位を争うフリードリヒ=ハプスブルク様がこんな若造ごとき小指一本であの世行きでしょうに。怖くて気が抜けませんねぇ」
「それでは試してみますか?ふふふ……」
集まるは純然たる暴力の気配。圧倒的な量の魔を集め複雑に構築していくフリードリヒ。相手に恐怖を抱かせるためわざとじっくりゆっくりと。
それに対しユリアとカレンは臨戦態勢を取る。ユリアは剣に手をかけカレンは対抗する魔法を一瞬で構築。いつでも発動できる状態にして気を張り詰めタイミングを見計らう。
「ところで結局この変態は何者なのじゃ」
緊迫した状況にも呑気に紅茶を飲みつつイズーナに問うアスタルテ。
「フリードリヒ様はこの地の領主で魔法士としてもザナドゥ全体でも最高位として魔法士会に認定されておられる方です。またこの地の経済を立て直し雇用を積極的に開拓していったりなど領主としてもすぐれた方で民からの信頼も厚い方なんですよ」
「ふむ、してなぜにそんな変態かやり手かわからん領主がここに来るのじゃ」
「ボナパーテの監視ですよ。ここに軟禁された時から定期的に領主は見回りに来て怪しい計画を企てていないか確認しなければいけないんです」
「最初は帝都に報告しなければいけなかったんだけど今はそんなことはしなくてよくなったし、僕は息抜きに来ているようなものだから当初の目的は今となってはもうないですよ。それにしてもここまでしても微動だにしませんか、シャルさん。さすがですね」
といいつつ構築した魔法を解除。魔に戻し空間に放出する。それを見て双子も臨戦態勢を解除した。
「まあ本気なら剣士に対しては即効性が求められるしな」
首を傾け最小限の動きでフリードリヒが放った魔法を回避する。
「あたっ!?」
「ユリア姉さん!」
まったく警戒してなかった双子の姉ユリアにあたり悲鳴をあげる。威力はデコピン程度だったようで大したことはなかったみたいだが不意打ちになり驚きの悲鳴といった意味合いが強いようだ。
「最後まで最低限の警戒心を持っていないからこうなる。まだまだ修行が足りないようだな」
「魔が視えなくとも妹のカレンが警戒を解いてなかったことに気付くべきでしたね。もう少し……いえ、もっと周りを見るようにしないといけませんよ」
「うー……。ばーかばーか!」
俺の指摘にフリードリヒが言い訳を先回りで塞いでさらに重ねて指摘したことでユリアがむくれる。
「ごめんなさいユリア姉さん。私がもうちょっと魔を残しておけば……」
「カレンは背負いすぎだ。ユリアまでカバーしようとしたら自分が危なくなるぞ。で、今日は何の用だ」
「何の用、とは?」
「ふざけるな。痴呆にかまってるヒマはないんだ」
「それほど忙しいようには見えませんけどねぇ」
「余計な、お世話だ!」
はは、と笑ってパンを口に運ぶフリードリヒ。
元々孤児院だけだったここを山中のペンションにして客を呼び込みお世話している子をお手伝いと言う形で軽く働かせ社会復帰に役立てる、ということを計画をしたのはコイツだ。その時はなかなかの妙案だと思ったが……実際にやってみるとこんな何でもない山なんてわざわざ来る人なんていないし、来たとしてもこんなとこにペンションあるなんて誰も知らないし見つけたとしてもボナパーテの家系がやってるとこになんて誰も来たがらないという欠陥だらけの計画をおしつけて体よく地方政府の補助対象外としたのは……
「貴様だろうがぁ!」
「な……何の話です?」
「気にするな、全部お前が悪い」
えぇ……と言いつつ5個目のパンを頬張る。こいつ城ではパンよりいいもん食ってんだろうに……嫌味か!
「ふふふ……ごめんなさい。でもおかしくて。フリードリヒさん、珍しく連絡を先行して寄越して確実に接触できるようにしてきたじゃないですか」
「ええ、もちろん覚えてますよ。ちょっとからかっただけなのひどいですよね、シャルさん」
からかうな。かなり大事なことかと思ってそれなりに心構えしてたのに台無しだわ。
「で、その話なんですがね」
「ついに国の経済が悪くなったか。国で暴動が起こって追放されたか。ここにお前を置いておく余裕はないぞ」
「ひどいですねぇ。相変わらず経済は好調で周辺領主が教えを乞うてくるくらいなんですよ。そのおかげで横のパイプもできたりかなりいい関係をですねぇ」
「わかったわかった。それで、話ってのは」
「まあ、色々気になることを聞いたりしてて僕の領地でも少し起きてるんですけどね」
と前置きをして、今までのへらっとした柔和な顔を引き締め姿勢を正して真剣な態度を取るフリードリヒ。
「最近、魔法絡みの事件があちこちで起きてるらしいのですよ」
「それは……あり得ないだろう。魔法は貴族の特権であり象徴だ。しかも魔法士会がどこのどいつがどんな魔法を使うか把握してるんだぞ。犯罪を犯したとしてもすぐに捕まるし上の方が情報を握りつぶしてこんな辺境にまで流れてこないだろう」
「犯人は捕まってないんです。だから変なのですよ。それともう一つ、誘拐事件も同時並行的に多発してるらしいです。かくいう僕も被害者でね、今日はそれに関してお話しに来たのですが」
被害者って、目の前にいるじゃん。
「あぁ、直接さらわれたのは僕じゃないですよ。娘のアンナなんですがね」
「ん……アンナさんも魔法士でしかも手練れだったじゃないか」
「ええ、だからちょっと信じられないんですよ。未だに犯行文も要求も何も来ませんけどね。でもある噂が辺境諸侯の間に流れてるんです。この噂が本当なら辻褄が合っちゃうんですよ」
「噂?」
誰もいないし他の諸侯に監視されているわけでもないのにわざわざ声を潜め言った。
「今言った二つのことの裏に帝都政府、というか七選帝侯が糸を引いているのではないか、と」
そいつは……穏やかじゃないな。
―アスタルテはにやっと笑い、イズーナは驚きの表情をつくる。
ユリアはわからないという顔でカレンは理解を拒んだように無表情だった。―