第15話:シャルルの一手、ハナの決別~good bye, dear my ......~
様々な魔法が飛び交うことで室内はいろんな色が弾けては消える。
ただし、戦いの中心にいるシャルルと老人は動かない。
「ほぉ、お前さん二刀なんてできるのかい」
シャルルは『凬切』から『雷切』と『火切』に持ち替えていた。
「それに、その襟巻。ついに神物まで手に入れおったか。伝え聞く初代からの物欲の強さは変わらんのぉ、え? どの神を殺した?」
「よくしゃべるジジイじゃ。ちぃと黙っとらんか。それにそれは妾がくれたものじゃ。貴様にあれこれ言われる筋合いはない」
アスタルテが上からため息交じりに言葉を吐き捨てる。
「誰だ、貴様……? もしやアスタルテ……しかし初代との契約は広く知られるところだがあれから300年だぞ」
「御名答。妾こそナポレッタ=ボナパーテと契約を結びしアスタルテじゃ。300年なんぞ妾たちからすればあっという間じゃ」
「300年も同じ血筋に拘るとはな……。どれ、このわしと契約を結ばんか」
「話を聞いておったのか貴様……。貴様みたいなジジイなんかと好んで契約するのなんてよっぽどの阿呆か物好きくらいじゃろうて。それにこの血筋の者は代々面白くて飽きん」
“アスタルテ”という神を知っていて、それでもなお動じないという人間はなかなか珍しい。それほどナポレッタと一緒にいたときには戦いを起こし、破壊を振りかざした存在である。
そのため、アスタルテとナポレッタに敵対していた者たちはもとより、味方であったはずの人びともそのあまりにも圧倒的な残虐性から畏怖され嫌悪されていたくらいである。
「そんな懇意にしている血の者にそんな危険な物を与えるのか。知っているのか小僧? その襟巻……」
「あぁ、わかっているさ。こいつは神術で身体に直接リンクして動きを補助するが、アスタルテの気まぐれで、動きを制限されたり、望まない行動をさせられたりもする。でもこれから神物は必要だろうし、当分は仲たがいすることは無いだろうしな」
「かっかっか、だそうじゃ。まあ、妾もここまで使いこなすとは思わなかったがの。一定以上の実力がないと神物もただの物へと成り下がる。ただ、その実力が神物が求める以上に有り余り、相性も抜群、覚悟も決まればこのように使用者を高みへと導く。貴様なんぞの理解を越えてるか? 貴様なんぞの常識に留まるようなつまらん奴ではないぞ? この男は」
アスタルテが老人の驚愕を見て高笑いする。
「そうまでして強さを求めるか……狂っておる」
「なんだかあんたに言われたくはない気がするねぇ。……さぁ、お喋りもこれくらいにしておいて、行くぜぇ!」
シャルルが床を強く蹴って、老人の方へ体を躍らせる。
「どうせ、貴様もこっち側の人間だろう。同じことよ。 そんな刃物でわしの魔法に勝てるかな!?」
老人が魔法を繰り出しシャルルをけん制する。
その魔法は黒い霧状のもので一見、目くらまし以上の効果があるとは思えない。
「……ッ!?」
しかし、シャルルは反射的にその場から大きく飛びのいた。
瞬間、シャルルの首があった点に向かい黒い霧のように見えたそれは急に質量を持って蛇が巻きつくように絞めあげた。
「はっは、それそれ!! 一回じゃ終わらんぞ!?」
老人はその黒い霧を絶えることなく撒き散らしシャルルに反撃の余地を与えない。
「ちっ……【紫電】! 【鬼火】!」
【紫電】は『凬切』でいう【疾風】でシャルルが干渉する時の流れを遅らせる。相対的にシャルルの移動速度が上がる。【鬼火】は同じく【風解】で魔法に触れることでその魔法の破壊を可能とする。
「同時に二つも使うか! さすがあのボンクラとは違うなぁ!! てめぇら、左の刀を狙えぇ!」
老人がシャルルの左手に構える『火切』を狙うよう周りでユリアたちと対峙している者たちへ命令する。
【風解】や【鬼火】を発動した状態では魔法に対して驚くべき脅威となるが転じて物理攻撃においては脆くなり、最悪、刃が欠けるだけでは済まずに折れることもある。
シャルルは【紫電】を同時に発動した状態で『火切』を狙う者たちの剣を受け止めることなくかわし続けるが、同時に二つの能力を発動し続けるのはいくらシャルルであっても負担になり、長くは続かない。
加えて老人の放つ魔法は霧状だけあって、いくら『火切』を触れさせても一瞬のみ太刀筋に沿って切れ目が生じるモノのすぐに埋められてしまう。
術者の老人を狙おうにも周りに妨げられ容易には近づけない。
「この状態がいつまで持つかのぉ! ひっひ」
老人が言うようにこのままではジリ貧で追い詰められるのは必至であった。
「くっ!?」
黒い霧が今までとは違いシャルルの足をからめ態勢を崩す。そこに『火切』を狙い取り巻きの一人が剣を振るう。
シャルルは無理に剣を受け止めることはせずに『火切』を軽く上に放り、手と刀の間に振るわれた剣を空振りさせる。再び『火切』を握った時、シャルルとの魔法陣のリンクが切れたことで【鬼火】の発動は終わっていた。
崩れた状態を利用しそのまま低い体勢のまま、空振りした男の足元へ蹴りを放つ。つんのめった男と体勢を入れ替えるように足元から抜け出し立ち上がり、防御していない横っ腹を蹴りつける。
真後ろから殺気。
「せぇやぁぁぁぁ!!」
ユリアが気合一閃、シャルルの真後ろから狙っていた輩の両腕を上段からクレイモアで斬り飛ばす。
両腕を斬られた男は切り口から激しく血を噴き上げながら白目を剥いてその場に倒れる。
「ふんっ!」
老人がシャルルとユリアの二人を狙い黒い霧を伸ばす。先ほどからシャルルの戦闘も視界に収めていたユリアはいち早く床を蹴り後方へ逃げる。シャルルも床を蹴るがこちらはバック宙をしつつ身体を捻る。マフラーが巻きつくが幸いシャルルの視界を遮ることはなかった。
上下逆さまになったとき右腕を横手から出し、何かを老人に向かって投げる。その手にはいつの間にか『雷切』ではなく投擲ナイフが握られていた。
黒い霧の下から地を這うような低さで、しかし恐ろしい速さでナイフは老人へ向かう。
「はぁっ!」
その間にも二人に迫りくる黒い霧をイズーナが魔法で押しとどめ、カレンが残った取り巻きの一人を氷の槍を連続して射出しけん制する。
黒い霧という特性上、己の視界を遮ったためシャルルが何を投げたのか気付くのに時間がかかった。老人が迫るナイフに気付き霧を己を守る盾に変えようとするも遅かった。
シャルルが投げたナイフは老人の膝のすぐ下を貫き、足元から崩れ落ちた。
致命傷ではないが当分は動けまい。崩れたときにちょうど膝をついたことで更に深く刺さるというアクシデントも老人を襲った。
取り巻きの男が駆けつけ助け起こす。
シャルルはその間に状況を確認する。アスタルテを除いた5対5で始まった戦闘であるが、既に向こうは先ほどのユリアが腕を斬り飛ばした男が床に伏せ、もう一人少し離れたところで仰向けに白目を剥いている。
心臓にから背中にかけて細く貫通していることからカレンの氷の槍に貫かれたのだろう。残る一人はエルフだがハナが対応している。
当面の目標は目の前の二人と定めたシャルルが『凬切』を抜刀し風を呼び込む。
「【疾風】!」
『凬切』に刻まれた魔法陣が模様に沿って水色の閃光を走らせる。シャルルの両腕に刻まれた魔法陣にも同じ現象が生じているが先ほどと同じく外から見えることはない。
シャルルが恐ろしい速度で立てない老人に肉薄する。
「舐めるなよ……小僧がぁ!」
老人が生み出した霧に質量をもたせ、老人の下に潜り込ませ即席の台座をつくり後方へと逃がす。
しかし、シャルルの狙いはそこにない。老人を守るため老人にかけよっていた取り巻き前に出てくるがその取り巻きをここで斬ることがシャルルの狙いであった。
魔法陣の解釈を一瞬で変更させ成功させる。
呟くように術式の発動を告げる。
「【鳳風】」
水色の閃光が途切れ、紅蓮の閃光が弾ける。
術によって身体能力と物理的な力が一瞬にして己の身体を自壊させない限界まで高まる。
その術を発動させたシャルルが、その眼に映る朱い線に沿い、また神物の力も使いこなし目の前の男を袈裟切りにせんと左から斜めに『凬切』をそれこそ神速で振り下ろす。
『凬切』は途中で引っかかったり止まることなく斬りおろし、手ごたえもあった。老人を乗せて後方へ下がったその残滓か、黒い霧が薄く周りにたちこめ、その中から血が噴き上げる。
頭の中で違和感と同時に警報が鳴り響く。シャルルは咄嗟に後方へ飛ぶ。
その瞬間、それまでシャルルの首があった位置を黒い霧の中から正確に剣がなぞる。シャルルはバック宙を決めつつ、投擲ナイフを黒い霧の中へ投げつける。ドスッという音が聞こえ何らかに刺さる音は聞こえるが一向に霧が晴れず、その中をうかがい知ることはできない。
と、カランッ!との音と共にハナの衝撃派の残滓が吹き荒れ、黒い霧を直撃する。
シャルルが脇構えで警戒し、ユリアがフォム・ダッハで構える中、黒い霧の中から現れたのはシャルルが斬ったはずの取り巻きであるはずの男だった。しかし右手に長剣を垂らしているものの、左手には短剣を握っており、それに刺さっているものが異様であった。
その短剣に刺さっているもの、それは先ほどまでシャルルを苦しめていた老人であった。老人は背骨から反対方向に、普通なら折れない方向へ折られて、ちょうど二つ折りのようになっていた。その胸からは肋骨などの骨が飛び出て内臓なども見えている。
つまり、この男は守るべきはずの老人を自らの肉の盾としたのだ。その証拠にシャルルが先ほど投擲したナイフが突き刺さっているし、男が握る短剣からぶら下がってる他に周りにもいくつかシャルルの袈裟切りで斬られたと思われる老人の、老人であったはずの物体が転がっている。
「チッ……」
男が舌打ちと共に短剣ごと床に捨てる。その男も全くの無傷と言うわけではなく、わき腹に大きく切り傷が開いている。
普通は立っていることさえ困難くらいの傷に見える。
しかし、シュゥゥ……という音ともに傷から煙が立ち上り、それが収まると傷はふさがっており、その傷の跡を探そうにも防具が切り裂かれているくらいである。
「クルト様!? おい、ディーター・ベルツ! 何をしている!?」
ハナが対応しているエルフが驚きの声を上げるが、
「お前の相手は私だ! よそ見すんじゃねぇ!」
と、ハナがそれ以上こちらに関わらせて来ない。
「ったく、この老いぼれも言いたいこと言ってくれるぜ。ボンクラなど、お前みたいな役立たずのくせに100年以上生きてる意地汚いジジィに言われてたまるかっての」
と唾をクルトと呼ばれた老人の、かつてクルトであったものへ吐き捨てる。
「罪人としてナポレッタとヴェルンドにでっち上げられてこの魔剣の実験台にされたときにゃぁ、これで人生終わったって思ったもんだが、そいつが成功しちまって一転、権力に目が眩んだ豚どもの英雄様だもんなぁ。あまりにも神聖化するもんだから姿を変えて適当に100年間程度面白おかしくやってたが、そろそろ頃合いか」
と言い、先ほどとは別の物体を面白そうに蹴り飛ばす。
「よぉ。あんた、ナポレッタの直系だって? ナポレッタにゃあ、お世話なってさ。……ハハ。その子孫が殺しに来るなんてねぇ!」
「俺はナポレッタに直接会ったことすらないからな」
「まあ、そりゃそうだろうよ。しっかし、因果なものよなぁ。ナポレッタが与えた力でその子孫が殺されるんだからよぉ! まぁ、お前が俺の下に就くってんなら? 考えてやってもいいぜ。ただし後ろの可愛い子ちゃんたちは纏めて俺のめかけにしてやるけどなぁ! くっく。」
ディーターは品のない笑いをユリアたちに向ける。
その顔をユリアたちの視界を遮るよう、シャルルがユリアたちの前に出る。そのシャルルからは珍しく殺気が抑えきれておらずシャルルの後ろにいるユリアたちが後ずさるくらいであった。
「断る。そして俺を怒らせたことを後悔しながら死に晒せ」
「そぉかよっ!」
ディーターがツヴァイヘンダーを構え突っ込んでくる。
「速い!」
ユリアが叫ぶ。
【鳳風】の術を発動シャルルが辛うじて切っ先を躱し床を擦るような下段から切り上げる。
ディーターの死角からシャルルの風を切るような太刀筋が襲うが髪を数本切られながら上体を逸らすことで事なきを得る。
「さっきまで術を使いまくってたその身体で俺様の剣にどこまで耐えられるかよぉ!?」
その顔は弱者をいたぶるような、己の優位を確信し、なお嗜虐的に嬲り、それを快感とするような表情であった。それは先ほどクルトと同じ類のものである。
そしてやはり、先ほどのクルトと同じようにその認識は間違っている。
「その必要はない」
シャルルが告げる。
「なにぃ!?」
ディーターが眉をひそめる。
「貴様はこれより俺に向かって剣を振ることはない」
「は……ふざけたことぬかしてんじゃねぇぞ!!」
ディーターがシャルルの言葉に激昂して剣を振りかぶりながら突っ込んでくる。その速度は異常なほど速い。
しかし、シャルルはそちらを見向きもしない。
「アスタルテ」
時が止まり、全ての動きが止まる。
その止まった世界で動くのはシャルルとアスタルテ。
「お主は仲間のこととなるとすぐに怒るのぉ。妾としては別にいいのじゃが……。神力をこう……私物化されてるようじゃ……。いや、まあ私物化してもいいんじゃがの、妾と契約してるんじゃし……」
シャルルがアスタルテを呼び、アスタルテがぶつぶつ言いながら上空から地に降り立つ。
アスタルテがシャルルの目の前に立ち『凬切』の魔法陣に手を伸ばす。
―我は破壊し創造する者なり。古きを壊し、新しきを創造せん。
―アスタルテの名の元に貴様に力を与えよう。
『凬切』が真っ黒に光り、シャルルの手から離れ宙を浮く。
アスタルテが宙に浮いた『凬切』を受け取り、己の腕の肌を軽く裂き血を『凬切』に落とす。次にシャルルの右腕と左腕を魔法陣の上から同じように軽く裂き、己の血とシャルルの血を混ぜるようにする。それをシャルルの切り口の上から両腕に一滴ずつ落とすと残りは『凬切』の中に吸い込まれる。
すると黒く光る『凬切』に刻まれた魔法陣の模様に沿ってシャルルとアスタルテの血が流れる。
先ほどつけた切り傷も二人ともいつの間にか塞がっている。
「さぁ、存分にやるがよいぞ」
アスタルテが『凬切』をシャルルに渡す。
「あぁ」
シャルルが受け取り、アスタルテが再び上空へ浮かぶと時が再び流れ始める。
シャルルが動き出したディーターへ向かい、黒く光り、魔法陣が血の色で光る『凬切』を上段から振り下ろす。もちろん未だ間合いには入っていない。
しかし、誰もが疑問に思う間もなくディーターに向かって烈風が襲い、シャルルとは反対方向の壁まで吹き飛ばす。男が壁に半分ほどめり込みようやく止まる。
これだけのことをやったというのにシャルルは眉ひとつ動かさない。無表情だ。ディーターがもがく間に追撃をするでもなくゆっくりと近づいて行く。
その顔はまるで絶対的な高みから見るようである。恍惚も恐怖もない。その顔は何も感じず何も移していない。完全なる無である。
その顔はいわゆる、人間が想像する神のような顔であった。
「……誰だ」
ようやく壁から脱出して叫ぶ。
「誰なんだよぉぉぉぉ!!!! お前はぁぁぁぁ!!!!」
壁から抜け出たときには既にシャルルは目の前で『凬切』を掲げていた。
そのシャルルに向かって目一杯叫び、自身のツヴァイヘンダーを突き出す。
シャルルは全く気にも留めず『凬切』を斬り下ろす。
再び烈風が襲った。ディーターが突き出したツヴァイヘンダーは途中『凬切』に触れ、それだけで粉々に砕け散った。それだけがディーターが認識した最期であった。
烈風が収まった後、ユリアたちが見たのは壁が消失し吹き抜けになったことだけだった。
ディーターは、肉片一つ残さずこの世から消えていた。
「ふむ、これでは死に晒すことはできんな。その点はシャルルの負けかの」
と呑気にアスタルテが腕を組みつつ呟いた。
「まがい物はまがい物じゃの。あれはナポレッタが気まぐれでやったことじゃし自身の複製を作りたかったようじゃが途中で飽きたと笑っておったし、あの性悪のヴェルンドが完成された自身の剣を手放し誰かに預けるなんてそんなわけないしのぉ」
「あれで、失敗だったの……?」
アスタルテの独り言が聞こえたユリアが聞き返す。
「そうじゃよ。シャルだってあんなことせんでも勝てたはずじゃが……よほどあの男の品のない言葉に腹を立てたのじゃろうよ」
「っていうか……アスタルテちゃん、よくそんなこと知ってるね」
「妾は神じゃからな!」
アスタルテがいつものように胸を張って威張る。
「あ……そう、なんだ……」
この時ばかりはユリアもいつものようにアスタルテに対し返す言葉がなかった。
「なんじゃ……こういう反応は意外とつまらんもんじゃの」
アスタルテが不満そうに唇を尖らしたその時。
ひときわ大きな鳴子の音と、その衝撃波を炎が包み込み爆発した音が同時に聞こえ、硬質な物を打ち合う音が二回響き、続いて何かが人体を貫く、一つの命を散らす音が続いた。
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戦闘が始まった時、いや、この階に上がってそいつの顔を見たときからハナはそのエルフだけを狙っていた。
「シーザー・ウィルド……!!」
それがそのエルフの名前であった。ハナにとっては忘れたくても忘れられない名前である。
「よぉ。もうどっかでのたれ死んでるかと思っていたんだけどなぁ」
「死ぬのはあんたをこの手でぶっ殺してからって決めたのさ」
「そりゃ威勢のいいこった……だけどテメェにできるとは思えねえ」
「んなのやってみなけりゃ、わっかんねーだろ……ッ!」
ハナが鳴子を鳴らす。鳴子に髪色と同じ金色の閃光が弾け、カラン、との乾いた音と共に衝撃波がシーザーを襲う。
シーザーは二人を直線で結んだちょうど中間点に炎を生み出し衝撃波を爆発という現象に変える。
激しい爆発音とともに炎が一気に広がるが不思議と一定以上は拡散せずに収まる。
確認はしていないが、イズーナとカレンがこちらも気にしてくれて後方からサポートしてくれているのだろう。
収束しつつある炎の中からシーザーが飛びだし、ハナにククリで襲い掛かる。
ハナは左手にも鳴子を構えそのククリを受け止める。エルフ魔法の最高結晶であるハナの鳴子はそう易々と砕けも斬られもしない。
鳴子とククリを打ち合い、少しでも離れるたびにハナも鳴子を打ち鳴らし衝撃波を生み出すのだがそのたびにシーザーが炎で爆発に変える。打ち合いの速度も恐ろしいほどだが、その隙間に入れてくるハナの衝撃波を生み出す速度と、それを打ち消すシーザーの炎を生み出す速度も並みの魔法士のレベルを軽く凌駕していた。系統は違うため簡単には言えないが、それでも当代最高の魔法士と謳われるフリードリヒと比較しても遜色がない。
しかし、爆発する炎の中から火傷もいとわずシーザーが突っ込んでくるため視界を防ぐだけになる衝撃波をハナは乱発できなくなっていた。ハナの手数が減るとシーザーはさらにラッシュをかけハナを追いつめる。
「どの道、俺があんなことせずともあの御二方は先がなかった」
唐突にシーザーが呟く。それはハナに聞かせるため、と言うよりは自分に言い聞かせるような、それを言い訳としてわかっていながらもその言葉で無理やり自身を納得させているようなそんな声だった。
同時にハナが足元に鳴子を打ち鳴らし衝撃波を生み出し、無理やり双方の距離を空ける。
「どういうことだ……」
ハナが歯ぎしりしながら、それでも即座に掴みかからずに尋ねる。シーザーは目を逸らし、再びハナの方を見やった時、寸前まで浮かんでいた弱気な目、声はうかがい知ることができなかった。
力強い声で嘯く。
「はっ! そんなの決まってるじゃないか。俺がやらなくたってどうせ他の誰かが同じことをした。それをあの年老いた御二方が生き抜けたとは思えないねぇ! それにどうせ何もしなくても後数年で寿命だっただろう、よかったじゃねぇか。お前が介護とかしなくて」
最期は笑うようにハナに向かって、その「御二方」とやらを貶すように言った。
「黙れぇぇぇぇ!!」
聞かされたハナは、頭に血が上った様子でシーザーに向かって鳴子を打ち鳴らすも考えなしの衝撃波は難なく爆発に変えられ届かない。
「あんなにも……あんなにも叔父さんと叔母さんは! お前のことを信頼していたんだぞ! お前は……お前は何とも思わないのかよ!? あのとき何とも思わなかったのかよ!!」
ハナは目の前のシーザーという育て親の仇に対して吠える。
一夜にして両親を失った後にハナを育て上げたのはハナの父の兄夫婦である叔父と義叔母であった。確かに大病を患ってはいたのだが、その二人を殺したのは人間であるる。そしてその人間を紹介したのも、殺害の日に人間を手引きしたり支援したりしていたのも目の前のシーザー・ウィルドであった。
ハナの叔父夫婦はシーザーに対し絶対的な信頼を寄せていた。それはシーザーが実直な性格であったことやこれまでハナの両親の部下であったことも関係したが、一番の理由はハナの幼馴染であったことである。歳は10ほど離れていて、関係としては兄と妹という感じであったが、その仲の良さを間近で見ていたハナの叔父夫婦や両親は何が起ころうともシーザーはハナの味方であると思っていたし、実際にハナの両親と主従の契約も結んだらしいのだが、それは両親が死んだことで終わった。
あの日、ハナの目の前で叔父夫婦の殺害は行われた。その場に居合わせたハナが殺されなかったのはシーザーの気まぐれに過ぎない。「そんな小娘一人放っておけ」との言葉を嘲笑と共に吐き残し、現場から去って行った。
「何とか言えよ! なぁ!?」
ハナにとって両親が誰に殺されたかわからないため、目の前のシーザーだけがはっきりとした肉親の仇である。こいつだけは自らの手で殺さないと気がすまない。
その前に、懺悔の言葉の類を聞きたかったし、死んだ後に裏切られた両親や育ててくれた叔父夫婦に謝らせたかった。
しかし、シーザーは何も言わずに再びハナとの距離を詰める。
「……ッ!」
先ほどと同じ展開になるのを嫌ったハナがバックステップで後ろへ待避しよう試みる。しかしそれはシーザーが許さない。
ハナの真後ろへ炎を生み出し、動きを阻害する。仕方なく一回打ち合った後、シーザーの横へ移動し、距離を取ろうとするハナ。しかし、再び先に炎が出現し倒れこむことでなんとか回避する。
「チッ!」
倒れたハナに追撃をかけようとするシーザーの目の前に衝撃波を生じさせ、それに対応している間に素早く立ち上がり体勢を整える。
ハナは右手に鳴子を残し、左手にマンゴーシュを構える。
「ほぉ……」
シーザーが興味深げに呟く。
そこからは先ほどより、一段と高度な戦いとなった。相手の動きを先読みし、魔法を発動させる。衝撃波が生まれるところにシーザーが動きギリギリ躱すも体の一部は衝撃波により裂かれ鮮血が散る。炎が噴き出るところにハナが動き気付いて衝撃波で炎を散らそうにもどこかに火傷を負う。振るわれるククリの目の前にわざわざハナが動いてなんとか鳴子で弾くも次の動きが阻害され、横に振るったマンゴーシュにわざわざククリを当ててシーザーの体勢が崩れそこにハナが追撃を加える。
常人には理解できない魔法の発動位置と理解できないタイミングで振るわれる短剣。しかし、結果を見ればすべてに意味があるという魔法士としても剣士としてもとても高いレベルの戦いである。
しかし、いつまでも続くと思われるような均衡が破れる。ハナがマンゴーシュでククリを受け流したときに、同時にシーザーの足をかけ今までより大きく体勢を崩したのだ。
「はぁぁぁっ!」
気合一閃。ここぞとばかりに規模の大きい衝撃波をシーザーにぶつける。
「クッ……!」
慌てて炎を生み出すも、完全には相殺しきれない。不完全な炎を抜けて衝撃波がシーザーを叩く。
「がっ……!?」
それは恐ろしい威力で、大柄なシーザーを吹き飛ばし、壁に叩きつけ身体を潰されるほどの圧迫を感じてようやく拡散する。普通ならエルフですら圧死していたような威力であったが事前に革鎧と自身に硬化の魔法をかけておいたのが幸いした。
先ほどの衝撃波の余波が、カレンもイズーナもシャルルとユリアの方へ注意を向けていたため生じる。それは、拡散することで威力を持たない程度になっていたが強風となって辺りを襲う。そして、シーザーは見てしまった。黒い霧が晴れ、己が守るべきであるはずのクルト・アルニムが己と同じ立場であるはずの、人間であるディーターによって無残な姿を晒しているところを。
「クルト様!? おい、ディーター・ベルツ! 何をしている!?」
ハナが目の前にいることがわかっていながらも叫ぶ。
「お前の相手は私だ! よそ見すんじゃねぇ!」
ハナがいつの間にか両手に鳴子を持ち頭の上から思いっきり振り下ろして、打ち鳴らす。そうして生み出された衝撃波は今までとは違った。今までは球体のような押しつぶすような衝撃波であったが、今撃ち出されたそれは一点に集中し、まるで稲妻のようにシーザーを襲う。
立ち上がるような余裕はない。シーザーは倒れるように体を右に倒しなんとか致命傷を逃れるも硬化された革鎧を貫き左肩に稲妻状の衝撃波を受けて左腕が胴体から離れる。それを横目にシーザーは弾かれたようにハナへ迫る。鳴子なら衝撃波を発動させたあと腕が下がっている。そこを上段から狙う算段である。鳴子ほど小さいものなら間にあうまい。
果たしてハナはその場から一歩も動かずに左手で衝撃波を打ち出す。それを易々と躱し右手を振り上げる。同時にハナが右手で上へ鳴子を鳴らす。怪訝に思う間もなく左肩へククリを右手一本振り下ろす。
キンッと鉄と鉄がぶつかる音がする。
「なにっ!?」
確実に間に合わないタイミングでククリを振り下ろしたはずのシーザーは驚きに目を広げる。その目に映ったのは左手で握られたマンゴーシュとハナの牙をむくような獰猛な笑顔だった。
ハナはマンゴーシュを納刀したわけでなく天井へ投げただけだったのだ。そしてあの瞬間、ハナは右手でマンゴーシュの刃先の真上で発生させた衝撃波で天井を穿ち、音速でハナへ向かって射出されたそれを左手で鳴子を落とす瞬間にごくごく小規模に発生させた衝撃波で速度を相殺。左手で握りシーザーのククリを受け止めたのだ。
不意の受け止めを食らったシーザーは成すすべなく身体が後ろへ倒れる。ハナは跳ねた鳴子を蹴り上げながら今度こそマンゴーシュを納め、同時に右足で蹴ろうとする。咄嗟に頭を庇うシーザーを見て、蹴らずにそのままシーザーの横へ右足をつける。その右足を軸足に一回転。左手で逆手に蹴り上げた鳴子を掴みつつ左足の踵でシーザーの横っ腹を蹴りつける。
「ぐふっ……!」
蹴られたシーザーは短い悲鳴を漏らし、床を二度、三度低く跳ねてようやく止まる。
「もう大勢はついただろ! まだ謝る気はないのかよ……!」
そう叫ぶハナも度重なる魔の放出で体力は限界に近く、肩で息をしている。肌だって所々火傷し、出血も見受けられる。
「そんな言葉……最初から持ち合わせていない!」
対するシーザーは左腕は肩から喪失しているし、内出血もひどい。外傷も激しくこのまま放っておけば失血死は免れないだろう。
それでも立ち上がる。
「そうかよ……じゃあ死んで詫びろ!」
ハナが鈍金色のツインテールを後ろになびかせ一瞬で肉薄する。
シーザーも右足を後ろに半身になり、ククリを後ろへ引く。ハナに合わせ引いた右足を前に出し、腰を入れてククリを横手から、なるべくハナの死角となる位置から斬りにかかる。
しかし、それは右足を引いた時点でハナに読まれていた。左手の鳴子で上に逸らされ、胴体が、がら空きになる。ハナは、がら空きの胴体へ攻撃をかますのでなく右手で完全にシーザーの手からククリを叩き落す。
「……じゃあな」
ハナは両手の鳴子を振り上げながら、幼馴染であった、憧れだったり色々な感情を持て余した、持て余していた相手に、仇でありながらも別れの言葉を告げる。
そのハナの別れの言葉にシーザーは虚を突かれた顔をしながらも次の瞬間、なぜか破顔した。その意味はわからなかったが、ハナは真意を問いただすことはせずに、両手を振り下ろす。
稲妻状の衝撃波がシーザーの心臓を狙い違わず貫き壁へ縫い付ける。直後、ハナの衝撃波は拡散しながら風となる。壁へ縫い付ける支えが無くなったシーザーは床へ落下する。ハナとの死闘で腕を片方落とされながら、胸を貫かれながらも、その死に顔はなぜか穏やかだった。
「フォンステン家が長女、当主ハナはやり遂げました……父上、母上。それに、伯父上、伯母上。私は今より仇討にかまけて放棄していた本来の役目であるイリィのエルフの長を、その座を継ぎます。……さよなら」
その瞬間光に包まれたような、そんな錯覚がハナを包んだ。
✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽
「ハナちゃん!」
ハナが歩いて5人の元へ戻ると一番にユリアが抱き着いてきた。
「大丈夫!?痛くない?」
「暑苦しい。鬱陶しい。離れろ」
ユリアを乱暴に突き放す。それでもユリアは心配そうにハナを見る。そんなに危なそうに見えるのか。ただ、見える範囲だが怪我の具合で言えば誰も似たり寄ったりだ。後方で闘っていたイズーナやカレンですら、少ないがそれでもケガを織っているというのに。
ハナはシャルルですらケガをしていることに多少驚いた。こいつはどんな厳しい戦闘でも無傷で飄々と帰ってきそうであったからだ。
「つーか、こいつどうしたの?さっきから何にも言わないけど。なんかヤバいことなってるの?」
「あー……アハハ」
ハナが尋ねてもユリアもカレンも気まずげに笑うだけである。その間もシャルルは何も言わず目は開いているのだが見えているのかどうかも定かではない。ハナが皆、無事で戦闘を終えたというのに表情ひとつ動かさない。『凬切』も今まで見ていない色をしており、未だ納刀していない。
その答えは上から降ってきた。
「今、そやつは神憑りになっておる。何を言っても妾の声以外届かんし、その目に映るのはシャルにとって何の価値も持たん。故に表情などないぞ」
アスタルテが戦闘から逃れていた上空から床へ降り立つ。
「どういうことだよ?」
わけがわからずアスタルテに問い正す。
「つまり半分神様になっとるわけじゃな、シャルは」
事もなげにアスタルテが簡潔に答える。
「えー!? それってすごいことじゃない!」
「しかし、ずっとこのままって訳にはいかないでしょう。どうにかなりません? アスタルテちゃん」
ユリアが驚き、イズーナが困惑した表情でアスタルテに尋ねる。
「うむ。放っておいてもどうせ、この状態は10分も維持できぬし、妾が声をかければすぐに元に戻る」
と言うと、アスタルテは『凬切』の魔法陣と、それを握っていた右腕の魔法陣へ手を伸ばしシャルルへ呼びかける。
「シャル、そろそろ起きんか」
すると、黒く光り紅い鮮血で魔法陣を光らせていた『凬切』は一瞬だけ銀光を輝かせ、すぐにいつもの光を吸収するような黒い『凬切』に戻った。
「はっ!? あぁ……終わったのか。皆、無事……ではないけど、まあ生きててよかった」
『凬切』を納刀しながらようやくそんなことをほざく。ただしその息は荒く、肉体的には限界が近そうだ。
なんとなく、ハナはイラッときて軽くシャルルを蹴る。
「痛っ!? ……な、なんで蹴るんだよ」
一同が笑う。ようやく、戦闘が終わったのだ、と皆が思い、それぞれの無事にとりあえず安堵した。
「それより、シャルは覚えてますか? 神憑りになってからのこと」
イズーナがシャルルに神憑りの事を問う。
「あぁ……覚えてはいるけど正直、自分が自分じゃないようだった。好んで何回も使いたいもんじゃないな」
「心配せんでも一回神憑りを使ったら次使えるようになるまで一週間はかかる」
「そうか……そりゃ助かる」
本気で言っているのが伝わるような、そんな重い口調でシャルルが安堵する。確かにシャルルはハナが初めて見るくらい怠そうにしている。相当、魔を消耗するのか体力を消耗するようなものなのだろう。……似たようなものだが。
「じゃあ、早い所目的を果たしましょう」
「目的?」
カレンが提案し、その姉であるはずのユリアが首をかしげる。
「もう、姉さんったら。私たちの目的は議会が握っている行方不明者に関する資料とフリードリヒ様の娘様であるアンナ様の所在について調べることですよ? 忘れてたとは……」
「えへへ……忘れてた」
「もう……しょうがないんですから」
言わせないという前に言われたカレンはため息をついて、腰に手をあてる。
「で、でもアンナ様のことは、探してた! うん!! でもここにはいないみたいだよ……」
カレンに怒られる前に言い訳じみたことを必死でまくしたてるユリア。確かにユリアはイリィ全体を見る機会があったからその時に本当に探していれば、その言葉は信用できる。
本当に探していれば、だが……。
「ほ、本当だってー!!」
カレンに限らず、全員から疑惑の目を向けられたユリアは必死に叫んで己の言葉を信用してもらうよう訴える。
「ハハハ! とりあえずこの先へ行ってみようぜ。ここが最上階っぽいからこの先になんかあんだろ」
ひとしきり笑った後、ハナが助け舟を出す。
「そうだな、行ってみるか。……にしても、ハナなんか変わった? しっかりしたというか、なんか上手く言えないけど……」
「あぁ? そうか? 気のせいじゃね?」
ハナはシャルルの言葉を軽くいなしたが満更でもないように軽く微笑んだ。シャルルはまだ首をかしげているが、ハナはその理由を知っている。
わかっているが、そんなことはハナ一人が知っていればいい。あと、フレイにも迷惑かけてたしフレイだけには報告しとくか。
6人が先の部屋へ足を踏み出しかけたとき、今の今までそこには誰もいなかったはずのとこに男が一人立っていた。
「いやぁ、素晴らしい戦いでしたよ。皆さん」
そうして白々しい拍手と共に言葉をかけてくる。
「お前……なぜここに!」
即座に構えた6人の前で手を上げ、戦意はないのだというように振る舞う男にシャルルが驚きを隠せずに問う。
「いやぁ……お久しぶりです。シャルルさん、皆さん。って言っても一週間も経ってないんですけどね。アハハ!」
シャルルの言葉を無視して軽薄な笑みを浮かべるハナにとっては正体不明の男。正直、気味が悪い。
「誰だ? 知り合いなのか?」
ハナが5人に問うが誰も答える余裕はなく、目の前の男の一挙一動を警戒する。
「そんなに警戒しなくてもいいじゃないですか。知らない仲ではないでしょう?」
男が軽薄な口調を隠そうともせずに言葉をかける。
その男に向かって、もう一度、今度はユリアが問う。今度は少々口調を強く。
「何で……何でここにいるんですか! あなたはただの商人ではないのですか!? あなたは何者なんですか!? 答えてください! ……アルノーさん!」
その男は、シャルルたちをフォス=ポリスからイリィ=ポリスへと同行してくれた商人のアルノーであった。
アルノーの唐突な出現。
イリィでの決着は、ハナにとっても、シャルルたちにとってもまだつかない。
さてさて、お久しぶりです。
今回、1話分としては最長となります!
お付き合いいただきありがとうございました!
次話もよろしくお願いします。
ディーターさん……ラスボスっぽかったのに……どうしてこうなった!
クルト爺なんて……名前出たの死んでしまってからでないか!
1話も耐えられなかった2人へ合掌。
シーザーさん?勘のいい人は気付くかもですが幕間で彼の話を……と考えてます。だから嫌いにならないで!
では、また次回……いつになるかなー。