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望まれない英雄  作者: 夢猫狐
第1章:運命の従者~he seek the simple reason~
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第14話:進化~the real worth for him~

「きっかけはハナの話に合った禁術についてだ。術自体に心当たりはないが、その後の身体への影響にならよく知っている」


 そう言うとシャルルは外套の袖をまくり腕をはだけさせた。その腕にはびっしりと幾何学的な文様が浮かび上がっていた。それは今までシャルルが扱う刀とリンクし、同じ色の閃光を走らせていた魔法陣の片割れである。


「な……なんだよこれ」


 ハナが困惑し眉を寄せる。


「魔法陣だよ。古代魔術は魔法陣二つでひとつの魔法を発動するんだ。そしてその魔法陣の組み合わせによって、もしくは術者が魔法陣の意味をどうとるかで発動される魔法が異なってくる。これは知ってるな?」


「あ、あぁ……。聞いたことはあるぜ?」


「その手間から今では使う人は限られているけど、ジョゼフ家……つまりボナパーテの家系ではその手間を省くため、このように得物と己の身体にもう魔方陣を彫り込むんだ」


「なっ!?」


「大丈夫。彫るといっても実際に彫るわけではなくナポレッタが使っていた魔法陣を末代まで伝えるためその身体に生まれたときから書かれてあるよう魔術で、呪われてるんだ」


「なるほど。見えてきたぜ」


 ハナが吐き捨てるよう言う。


「古代魔術が主流だった当時でさえ、自身の身体に魔法陣を彫ったり植えつけたりなんて頭のイカレタ発想はそうそうできるもんじゃねぇ。実際、エルフの伝承や書物でさえ見かけたことねぇからな」


「そう。だから剣を取り込んだあとに魔法陣が浮かび上がるという時点で黒に近かったが、さっきの奴らのおかげで真っ黒になったな。多分取り込んだ刀自体にも魔法陣が書かれてるはずだ」


「なるほどな」


 ハナが納得する。そして周りを警戒している残りの4人を見やる。

 次いでシャルルに向けている手と逆の左手を掲げる。


「それで、その石碑はなんだよ」


 ―カラン


 衝撃波が生まれ石碑を押しつぶさんと迫るが石碑に触れた瞬間に霧散する。


「さっきの戦闘でもかなりの魔法や刃が当たってるのに傷一つ付きやしねぇ。なんだよこれ」


「それはナポレッタの偉業を称えた石碑だ。さらに風化して崩れたり傷つけられたりしないようにかなり強力な魔法が……神術(しんじゅつ)がかかってるな」


「あぁ神術? 誰だよ」


「大方、ヴェルンド辺りだろう」


「なんだよそれ?ナポレッタってエルフの方と親交があったんじゃねぇのかよ!?」


 ハナがさらにシャルルに詰め寄る。


「あぁ、それは間違いではない。ただ、完全でもない」


「はぁ?」


「ナポレッタは人間、つまり今のイリィを動かしてる人間たちとも交流があった。そしてその過程で自分の古代魔術を伝えたのだろう。石碑にもそう書いてある」


 つまり、ナポレッタは何のためかイリィの中心がエルフになっても人間になってもいいように立ち回りしていたということだろう。


「なんだよそれ。八方美人だったてことかよ……。で、お前はどうするんだ。自分の祖先がしたことだ。守るのか?(あたし)をここで殺すか?」


「いや……、俺はこんなことは認めない。ただここはハナたちの土地だ。お前たちが今の状況が続くことを望むなら手出しはしない」


「はっ! 寝言は寝て言うんだな。私は今から議会に乗り込んで奴らに報いを受けさせてやるんだ。さっきの言葉もちょっと気になるしな」


「あぁ。反乱因子ってのはロべスが保護してるエルフたちだろう。潰す気ってのは……実力行使でか?」


 武力をもって、という意味であろうが方法がわからない。あの屋敷は空間的に完全に独立していて、ロべスの招きがないと見ることさえ叶わないはずだ。


「まあ、方法は実際にやろうってやつらをとっちめて聞きだしゃぁいいか」


 そうハナとシャルルが結論付けるとハナは腕を下す。それを見てシャルルが石碑の前へ歩を進める。


「やっぱり、俺はあんたや、あんたの意志を継ごうとしてた奴みたいにはなれないな」


 シャルルが呟き『凬切』を掲げる。


妖風(あやかぜ)


 『凬切』の魔法陣に金色の閃光が走る。袖がめくられたままだったシャルルの腕からも仄かに眩しい金色の光が魔法陣に沿って流れているのが見える。

 その閃光を伴い、石碑に向かって袈裟斬りを繰り出す。


 あんなに硬く魔法戦の中心にありながら傷一つ付かなかった石碑に刃はいとも簡単に入りそのまま斜めに切り崩す。


「俺は、あんたの作った"現在(いま)"を否定し、破壊する」


 崩れた石碑に向かって宣言すると強い風が吹き抜けシャルルの金色で周りを縁どられた足元まで裾が伸びる外套をはためかせ、その中から半身だけ、やや紫を帯びた暗い赤色の葡萄色(えびいろ)を覗かせる。

 と、急に風がシャルルに纏わりその姿を隠す。風が凪いでシャルルの姿が再び見えたときその恰好が大幅に変わっていた。

 外套は消え失せ、黒色を基調とし金、緋、蒼で、しかし華美でなく自然に彩られた、その剣士然とした姿は一層シャルルを引き立てていた。

 腰には太いベルトが二周されてあり一周目はかなり緩くまかれていた。そのベルトに刀が吊るされている。さらに外套の名残として背中から布が足元まで垂れているが、その布はよく見ると二つにわかれており、両方に外套にあった魔法陣が金色で描かれている。もちろん足はこの布とは別にスラックスを穿いていた。


「うぉっ!? なんだこれ?」


「ふふ……。先祖がつくった制度をその末裔が否定し壊すか。はっは、面白いことになってきたのう。さらにそれを決意したため、外套が反応してお主をようやく主と認めたようじゃの」


 一応、その先祖につきまとっていたはずのアスタルテが嗤う。


「その外套は今の今まで忘れておったが昔あったエルフの魔法を妾が直々に組み込んだ、妾からのボナパーテ家への贈り物じゃからな、神物みたいなもので喋らんが心はある。自分の主と認めたものに対してその主の性格を表した服へと姿を変えるのじゃ。お主は今までその卓越した技量でそれを使っていたようじゃがこれでようやく最大限にそれを使いこなせるのぉ」


 そして言うなれば、ノーマルな状態の外套からようやく己のモノとなった状態へと変貌させたシャルルに対してアスタルテは続ける。


「そして妾もその意気を気に入ったぞ。その言葉を助けるためにこれを授けようぞ」


 そう言ってアスタルテは虚空に手を伸ばし、何もない所から深紅のマフラーのようなものを取り出した。

 それはかなり長く、ちゃんと巻いても腰辺りまで両端が伸びている。


「妾からの贈り物じゃ。身に着けている者に最適な運動を補助してくれるわい。さらに相手の剣筋や自分が望む結果をつくり出す太刀筋も身につけているものだけに教えてくれる。まあ、そこら辺は実際に使ってみたほうがわかりやすいじゃろ」


 そう言ってアスタルテは笑みを浮かべる。


「そういうの、最初からくれよ……ってかアスタルテ的にはいいのか?お前も一緒にボナパーテといたんだろ?」


「お主は今まで流されるばっかりだったじゃろうが。そんなもんに神物(しんぶつ)はやれん。あと、気にする出ない。妾はたまたま一緒にいただけで力が蓄えられればなんでもよい。破壊も妾の持つ神威の一部じゃしの」


「おい……これ神物なのかよ。変なことならないだろうな」


「大丈夫じゃよ。巻いてる者が死んでも一定時間動かせるくらいじゃ。あとは……お主が妾に敵対しなければな……ふふふ」


 後半の部分はシャルルだけに聴こえる程度でこそっと付け加えた。


「十分に変でおっかないモノだったよ」


 がくっと肩を落とすシャルル。


「うんうん! カッコいいよ!! 流れ者から剣士にいきなりなったみたいだよ!」


 ユリアが鼻の穴を大きくしながらシャルルの手を握って上下に激しく振りつつさらっと酷いことを言う。


「はい! とっても素敵です!」


 カレンはユリアとは違って賞賛の言葉を素直に送る。


「いや、あんたらそいつの話聞いてた?なんか物騒なこと言ってたんだぜ……?」


 ハナが一人冷静に突っ込みを入れるも呆れ顔。声にも力がなく既に聞き入れられることは諦めていることがありありとわかるよう。


「まあ、カッコいいですし、いいじゃないですか。アスタルテちゃんがそんなものを持ってるとは思えませんし……」


 イズーナがハナの横からやんわりと口を挟む。


「それにしてもアスタルテちゃんすごいねぇ。これどうやって隠してたの? というかどんな魔法?」


 ユリアが興味深げにシャルルのマフラーの端を手に持って尋ねる。


「私も気になります。魔法なんて全然気づきませんでしたし……そんな雰囲気も感じませんでした」


 カレンも重ねて問う。


「いや……これは魔法じゃなくて本当の神力なのじゃが……」


 アスタルテが困惑気味に言う。


「もー。こんなに一緒にいるのに教えてくれないの?」


 ユリアが不満そうにアスタルテに詰め寄る。


「いや、教えないも何も……。最初から言うておるし、まだ会ってから一月も経っておらんぞ」


「そーだけどー!もー・・・アスタルテちゃんのいけずー。それにこれってそんな力あるの?」


 後ずさりするアスタルテに歩を進め距離を空けない。


「いや……だからさっきから言っておるように……。それに会った時から言っておるように妾は神じゃぞ?」


「はいはい。ほらー。もう後ろは石碑だよー? もう逃げられないよー?」


「なんかホラーじゃ! 顔が怖いぞユリア。ちょ……ホントに何かする気じゃあるまい? の? だから手を伸ばすでない! はやくひっこめい! シャル!? シャルー!! 助けるのじゃ!」


 この中で唯一アスタルテが神であることを信じているシャルルは見ないふりだ。


「そーれ、こちょこちょこちょ」


 助けがこなかったアスタルテはユリアのこちょこちょに責められ、息切れをしながら笑っていた。

 その様子をカレンとイズーナは穏やかに見守り、ハナはため息を吐き呆れ顔で見ていた。


✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽


「ところで、それって何だ」

 

 恨めしい目でアスタルテにじとーっと睨まれることに耐えかねシャルルがハナに気になっていたことを尋ねる。


「あ? これか?」


 ハナが自らの武器である木製の物体に触れる。


「これは鳴子ってんだー」


 ハナが片手にその鳴子を握り手首を返し鳴らす。


 ―からんっ


 と小気味よい音が鳴り響く。

 咄嗟に身構えるも何も起こらず、ハナがそんなシャルルを見てけらけら笑う。


「鳴子自体が武器ってわけじゃなくて、その音の波だけを(あたし)の魔法で増幅して相手にぶつけるんだ。だから音が鳴っただけじゃ何にもならねーよ」


 よほど面白かったのか説明中も笑っていたし、まだ忍び笑いを漏らしている。


「わ、悪かったな。知り合いの魔法士の魔法しか見たことなかったから特殊な魔法なんて見当つかないんだよ」


「いや……あんたらもその特殊な魔法士だと思うぜ……?」


 シャルルの言葉に少し引く。


「そうか?」


「自覚なしかよ……」


「だってなぁ……。イズとは長い付き合いだし、ユリアとカレンに魔法教えた、というかあの二人が魔法覚えたのもウチでだしなぁ。これが俺たちの基本なんだよ」


「なんだよその恐ろしい環境……」


 ハナが心もちどころか身体ごと引いてシャルルから距離を取る。


「あんな魔法が“普通”であってたまるか!」


 そう叫んでハナが人差し指を向けた方向にイズーナ、ユリアそしてカレンがいた。

 ただ、ユリアとカレンは特に魔法は使っておらず先ほどの戦闘で昏倒させた人を後ろ手に縛っているだけで、イズーナだけ魔法を使っている。


「なんですか?」


 指し示された当のイズーナは可愛らしく小首を傾げ頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。


「人を操る魔法なんでもう禁術の類だろ! おい!?」


「あぁ、これですか。これは操ってるわけではありませんよ。その人の中にある欲求から一つだけ強化してそれ以外の行動に移させないようにしてるだけです」


「操ってるのと違いが私にはわっかんねーけど!?」


 イズーナの魔にあてられた者たちの目は虚ろであり、当人たちに意識があるのかどうかも怪しい。


「何が怖いかってこの魔法もそうだけど、人に直接干渉するような高度な魔法使ってる最中に私と会話できる余裕がるってのも怖いんだけど!」


 ハナが声高にその異常性を主張するが


「まー、イズだしなー」


「イズだしねー」


「イズーナさんですからね」


 シャルル、ユリア、カレンの三人からはこのような返事が返ってくるばかりであった。


「なんだ!? 私がおかしいのか!? なぁ!?」


 多数の異常者の中に一人だけ正常者が混じってしまい混乱しているハナ。

 しかし、正常な精神の持ち主ではある。あるのだが……


「それにエルフって時点でハナも結構特殊だしねー。魔法能力もエルフの中でも高いよね?」


 後ろ手に縛った縄を仮に一人逃げ出そうとしても他が枷となるよう一つに束ねながらユリアが言う。


「あんたらといると、エルフってだけで特殊って言われるのが理不尽に思えるぜ……」


 ハナがガクッと聞こえてきそうな勢いで肩を落とす。


「まぁまぁ。いいじゃないですか。自分たちで真正面から乗り込んで行くより、この方たちに案内してもらったほうが裏道やら城内の罠の位置も教えてくれるかもしれませんしね」


「……好きにしてくれ。もう私は目的さえ達せられればあんたらの手段には何にも言わないことにした」


 ハナが遠い目をして達観したようにつぶやく。

 その表情には先ほどまでの溢れんばかりの感情がない。


「はい。そうさせてもらいますし、多分そのほうが賢明です」


 笑顔で答えるイズーナ。この二人が対照的で面白くて、残る四人はこらえきれず噴き出した。



「ではこの人たちの帰巣本能に期待しましょうか」


「帰巣本能て……イヌかよ」


 イズーナとハナの掛け合いを聞く様子もなくイズーナの魔法で縛られた兵士たちが一斉に同じ方向へ走り出す。

 その目には光はなく、顔に表情はない。


「ほら、いつまでも漫才してないで俺たちも行くぞ」


「漫才なんてしてない! なんで好んで他人に笑われなきゃいけないんだ」


「はいはい。いい子だからハナちゃんちょっと静かにしとこうねー」


「おいこら金髪。ぶちのめすぞテメェ」


「ハナちゃん! 目が据わってますよ!? トーンが本気ですよ!?」


「お主ら全員が漫才集団じゃな……」


「そんなに面白いなら帝都に行って稼ぐか」


 まさかの展開である。


冗句(ジョーク)だよ。そんな怖い顔するなってハナ」


 本気で思案するような顔つきだったのがハナに睨まれ一瞬で飄々(ひょうひょう)とした表情に戻った。


「さぁて、どんな秘密の通路とかあるのかなー。ワクワクだな」


 シャルルが面白そうに、期待するように後ろを追いかける。

 その横を辟易したような顔でハナ。後ろをイズーナを真ん中にして横をユリア、カレンがついて行く。

 ……その上をアスタルテがう……浮いて


「アスタルテさぁ、浮けるんだったら最初からそうやって移動しとこうぜ?」


「ん? いやの、さっき妾だけでも浮けんかのぉと思うてみたらの、浮けたのじゃ。やはり妾はスゴイのお!!」


「これだから神様って奴は!」


 シャルルの顔が口が少しひきつる。


「ねー、それって私たちが浮くこともできないの?」


 ユリアが興味を抑えきれずキラキラした目でアスタルテに尋ねる。


「んー……。試してみるかの?」


「うん! 私!! 私が一番!!」


 ユリアが手を真っ直ぐ挙げて、ぴょんぴょん跳ねて待ちきれないと全身で表現する。


「いくぞ? ぬぬ……」


 アスタルテが手をしたにかざして目を閉じて集中する。


「お……おー……?」


 少しずつ浮いて足がかすかに地上から離れて、不思議な声をユリアがあげる。


「重いのじゃ。疲れた。」


 パッと下にかざしていた手を下ろし集中を解く。

 どたっと共に重力によって急に地上に引き戻されたユリアが尻もちをつく。


「ちょっと! 重いって何よ!」


「重いのは重いのじゃ。妾は嘘はつか……あー、でもこれは嘘ではないのじゃ」


「嘘の方が良かったよ!」


 ユリアがカレンに抱き着いて泣く。

 カレンはそんな姉の頭をなでながらイズーナと一緒に慰める。


「あのさぁ、お前最初に会った時、自分は特別なことは何にもできないとか言ってなかった? これ特別なことじゃないのかよ」


「できんぞ。少なくともあの時は全くできなかったし、今でさえ飛ぶことがやっとじゃな。ただ出来なかったことをできるようにできた妾偉いのお! なんて言ったって神様じゃしの!」


 ドヤ顔である。腰に手をあてて、無い胸を張ってお手本のようなドヤァな態度である。


「さいですか……」


 シャルルは放置。特に褒めもしない。

 そんな態度に腹が立ったのかアスタルテがシャルルに近づき頭を上からぽかぽかと叩く。


「もうちょっと褒めんか! 可愛い子をなでなでするチャンスじゃぞ!」


「性格アレだしさわらぬ神に祟りなしって言うし……?」


「性格アレってなんじゃ! こんなに可愛い子なかなかおらんじゃろ! あと、あれじゃ。お主触らんでももう祟っておるようなもんじゃし今更気にするでない」


「……帰れ。神界に帰って契約破棄でもなんでもしてくれ」


「ふっふっふー。今更じゃの。よいでわないか、よいでわないかー」


「ちょ、おま……それふつう逆」


 特に害意なく近づいてくるアスタルテだが顔がにやにやしており、ろくでもないことを考えているのは明らかなので後ずさるシャルル。


「あんたらさぁ……。これから敵の拠点に飛び込むってことわかってんの? ねぇ、頭大丈夫なの?」


 ハナの何度目かのため息と共にその言葉も誰に聞きとめられるでもなく夜空に消えた。



✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽


「普通だな……」


「普通でしたね……」


 シャルルとイズーナの拍子抜けした声。

 原因は眼前の兵士たちにある。魔法的な何かや内部の者だけが知る隠し通路のようなものがあるかと思いわざわざ先行させたのだが、特にそういうものはなく、真正直に正門の前に立ち大声で中へ呼びかけ、扉を開けるよう求めただけなのである。

 中からの確認ですらおざなりで物見台へ兵士が登りそこから確認したのみである。あれならいくらでもごまかしようがあったというものだ。


「なんというか……前時代的だな」


「いいじゃん? 私らが楽になるんだったらさー」


 シャルルの呆れた声にユリアが軽い声で答える。

 その間にも扉はどんどん開いていく。


「そろそろ……かな」


 シャルルのその言葉をきっかけに6人は今まで姿を隠していた物陰から出て駆け出す。

 しかし、その身は兵士たちが影となり城の兵士からへ見えていない。物見台の兵士も既に降りてしまった後である。



 扉が完全に開き、ある任務をしていた者たちを迎え入れようとしたとき、外で待っていた同胞が崩れ落ちた。

 その後ろにはいつの間にか男1人、女5人という珍しい組み合わせの見たことのない6人組が立っていた。女は4人は美しく、1人はまだ子供のようであった。


「何奴!?」


「どうも。ちょっと遊びに来ました」


 遊びにきた、というが今日は面会の予定もなく、大体この地は他から嫌われている節がある。

 何より自分が見たことのない者が遊びに来た、とふらりと寄れる場所ではない。


「者どもぉ! 敵襲だ!!」


 号令をかけ己も剣を手に剣を振り上げ先手を取る。最初に男を片付けようと思ったがその前に金髪と銀髪の娘が立ちふさがる。

 ちょうどいい。兵も大勢集まってきた。その前でこの子娘を捕え、自身が尋問と称し色々としよう。

 下衆なことを考え、立ちふさがる二人に標的を変更する。その頭に自身が小娘に負ける、という想定はまったくない。


 前に出てきた金髪の剣を叩き落としそのまま意識を刈り取ればよい、と考え真上から己の剣を叩きつける。

 と、金髪の娘が剣を合わせた直後自ら剣を下げそのまま横に身体をずらす。つんのめった兵士が最後に見たのは自分の心の臓に突き刺さり熱い血を浴びながら決して溶けることなく、ただ紅くなっていく氷の槍であった。



「遊びに来たってんだからおとなしく通せばよかったのにねぇ」


 今しがた無謀にもユリアとカレン二人同時に相手しようとしてあえなく散って行った兵士を蔑んだ眼で見おろし呟くシャルル。

 あっけなく死んだ仲間を目の当たりにして若干腰が引けている集団へ歩を進める。

 すると集団で後ずさりし、面白い。しばし3歩進んで2歩下がるといった調子で遊んでいると集団の中から一人、剣を掲げ突っ込んでくる者がいた。


「うおぉぉぉぉ!!」


 その身は引き締まり腕も太い。顔つきは兜か被っていてわからないが多少腕に覚えのある者とわかる。

 だが、シャルル達には遠く及ばない。


 シャルルは前の二人をふらりと追い越した。その眼にはいくつかの紅い線が見えたがシャルルにはどの線が何を意味しているのかはっきりとわかった。

 その線が示す通りシャルルは抜刀術で対応する。


 ―風が吹き込む


 一太刀目でシャルルの『凬切』が兵士の剣を砕く。その切っ先がシャルルを掠めるもボナパーテ家、ジョゼフ家に代々伝えられてきた外套が変化した服を破りシャルルを傷つけることはできず、それどころか外套の端をほつれさせることすらできなかった。

 二太刀目で首を落とす。この間シャルルが巻いている神物のマフラーは意志があるよう動き、また重みが生じその遠心力でシャルルの動きを助けた。その助けもあっていつにもまして鋭くなった太刀筋が首を落とす。その鋭さゆえ、普通なら噴き上げるはずの血潮すら一滴もでない。


「へー……。こりゃすごいな」


「じゃろ? すごいじゃろ? 妾をもっと褒めてもいいんじゃぞ?」


 素直に感心したシャルルの後ろでアスタルテが威張る。


「シャル、お前の服なんだよ、それ……なんでほつれてすらないんだよ」


「あー、なんか外套自体は耐刃耐魔法とは聞いたことあるけどな。外套が変化してるから直接的な攻撃はこれで防げるみたいだな」


「……さいですか。お前、もうなんか色々おかしいぞ」


 シャルルは肩をすくめる。


「お前……その模様、まさか魔法陣……ッ!」


 眼前で二人もあっけなく殺され恐怖に(おのの)くばかりで叫び声すらあげることができていなかった集団の中からどこからか声があがった。

 それは風を纏ったシャルルの刀に彫りこまれている幾何学的な模様を指した声で、それを魔法陣とわかるあたり、やはり少なくともここに魔法陣を使う者がいるらしい。


「あぁそうだよ」


 シャルルは『凬切』を掲げ宣言する。


「初代のナポレッタ・ボナパーテの血を継ぎしジョゼフ家の当主、このシャルル・ジョゼフが再びこの地を獲りにきた。あんたらは邪魔だから……消えろ」


 氷のような冷たい声を聞いた兵士たちは数瞬の後に理解し理性がはじけ飛ぶ。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 我先にと何もかもを捨て去りシャルル達とは反対の方向へ必死の形相で走り逃げる。


「……(あたし)ら、こんな腰抜けに支配されてたのかよ」


 ハナが眉間にしわを寄せ嫌悪感を露わにする。


「おい、シャル。下っ端の雑魚どもに用はない。上層部を叩くぞ。どいつか捕まえて居場所を吐かせろ」


「大丈夫だよ。こういうのは上の奴らは上が好きなんだよ。城を上に登って行けば会えるだろうよ」


「……そんなもんか?」


「そんなもんさ」


 ハナは納得した顔ではないがとりあえずシャルルたちについて行く。



 城内では恐怖で理性を失った兵士となんとか理性を保っている兵士たちが斬り合いをしていた。

 その横をシャルルたちは悠々と抜けて行く。


 時々斬りかかってくる輩はハナの衝撃波でねじ伏せる。ユリアが踊るように斬り、シャルルが舞うように斬り倒す。カレンが確実に氷の槍で刺し、イズーナが拳で黙らせ魔法でカレンと一緒に遠くのうちから吹き飛ばす。その後ろをアスタルテが口笛でも吹きそうな調子で悠々と歩く。

 

 その様は戦いというよりも一方的な虐殺、侵略であった。


 そのような調子で登って行くと最上階に着く。

 そこは、大きく開けた、一部屋だけの階であり、そこに数人のエルフと人間の老人が立っていた。


「ようこそ、ナポレッタの末裔よ。よくもやってくれたなこのガキが!」


「おいおいジジィあんまり興奮するとぽっくり逝っちまうぜ?」


「てめぇらこんな風にした落とし前どうつけるつもりだ? えぇ?」

 

「落とし前も何もあんたらこそエルフを奴隷にして今まで肥えてきたんだろ?そろそろ交代したらどうだよ。それよか、あんたナポレッタの真似事してる奴の居場所教えてくんね?」


 シャルルが前に出て『凬切』を中段で構える。


「死ね」


 短い言葉と共に老人が魔法を放ち一瞬遅れてエルフたちも魔法を放つ。


 ―カランッ


 乾いた音と共にハナが鳴子を鳴らして衝撃波を生み出す。シャルルを器用に避け老人の魔法を打ち消す。

 その後にカレンとイズーナの魔法がエルフたちの魔法とぶつかり激しい衝撃を生み出す。その中心地にいたにもかかわらずシャルルは傷一つなく、その剣士然とした服をはためかせるにとどまる。


「ったく、会って早々死ねたぁご挨拶じゃない?」


 シャルルは軽い調子で言うも目は氷のように冷たい。

 ユリアとハナが飛び出し、それを迎え撃つかのようにエルフも飛び出す。


 斬撃と魔法がぶつかる音がそこかしこで響き渡る。

 数はアスタルテを抜いて同じ。


 イリィにおける支配層に対して本当の意味で戦いの火蓋は切られた。

久々ですね。

しょうがないですね!リアルあるし・・・。


途中で操作ミスしてけっこう消してしまいました。ブラウザ変えました。

泣きそうでした。


またまったり更新しま~す。

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