第12.5話 急転直下~emergency~
シャルルたち3人がイリィを回っている2日目、ロべスの隠れ家となっている隠れ家ではユリアとカレンの双子姉妹が帰りを待っていた。
「お姉ちゃんたちは行かないの?」
ちびっ子の一人が二人に尋ねる。
「そうだよー。私たちはお留守番! 何かする?」
ユリアが答えて、ちびっ子たちの相手をする。
「じゃあ、俺! さっきお姉ちゃんがやってたことみたいなことしたい!!」
ちびっ子の中でも割と目立つ、溌剌な少年が先ほどのユリアとシャルル剣舞とでも言うべき模擬戦に感化されたのか剣を振り下ろす真似をする。
「あんたなんかじゃ絶対無理よ。それよりお姉さんたちが居た街の話を聞きたいの」
少年の隣にいた少女がダメ出しをして自分の意見を通そうとする。
少年が引き下がったのところをみると、どうやら女の子の方が強いらしい。その点は人間もエルフも一緒ということか。
うーん……それじゃぁ。
と、ユリアが話して、カレンが補足という役割で旅に出る前のことを話していった。
街の構造や二人の身の上話まで、どんなことでも子供たちは目を輝かせ飽きることなく聞いていた。
この隠れ家のみで世界が完結してしまっているこの子たちにとって外の話というのは書物の中の話であり、生の話として聞けることはかなり珍しく、そして何より楽しいのである。
「それじゃ、ここの街のお話もお姉さんたちに聞かせて?」
ユリアが上手に切り出し少しでも情報を得ようする。
ただし、ユリアにとってはただの会話を繋げようとした結果にすぎないのであるが、その自然さが逆に子供たちに不信感を抱かせなかったのかもしれない。
しかし子供たちが持っている情報など大したことではなく結果的にはシャルルより少ない成果に終わった。
例の少年が騒いだことも少しの時間でこの話題が打ち切りになったせいでもあるのだが。
「えーとね、えーとね!」
など
「そうそう!!」
とばかり発言し、しまいには隣の少女から
「さっきから同じことばっかり! ちょっとうるさいから5分くらい息止めといて!」
と言われる始末だ。しかし、この言葉に
「わかった!」
と元気な返事を返す少年も少年だが……。
30秒くらいして
「って5分も息止めてたら死んじゃうじゃないか!」
「当然よ。遠まわしに「くたばっちまえ」と言いたかったのに直接言ってしまったじゃない」
との会話に一同が笑い、次の話題に移ってしまったのだ。
その後もたわいない話で盛り上がり、ただ子どもたちからの一定の新密度は得られた二人であった。
「ユリアさん、カレンさん。夕ご飯の準備を手伝っていただけませんか?」
そうフレイが二人に声をかけたのはもう陽も傾いた夕刻であった。
それまで他愛無い話でずっと盛り上がったり庭に出て体を動かしたり、かなり平穏に1日過ごしていた。
「はい」
カレンが振り返って答え
「お姉ちゃんたちがおいしい料理作ってきてあげるからね! 楽しみにしてて!!」
腕を捲ってユリアがちびっ子たちに宣言する。
「カレンが!」
最後に妹にすべて投げた。
「ふふ。私いつも一人で料理してるので誰かとするのは楽しいです」
フレイが包丁を動かしながら楽しそうに言う。
「それにしてもカレンさん、上手ですね」
フレイが驚きを声にのせて言う。
カレンの包丁さばきは毎日数十人のお腹を満たしているフレイよりも美しいものであった。
「シャルルもイズーナも作れるけどそれほど形とか気にしないから結局カレンが作ってたしフリードリヒ様のとこでもカレンが厨房入ってたしねー」
そういうカレンはごみの処理や使い終わった道具の片付けに従事している。ユリアは壊滅的に料理ができないのだ。
一度、あとは茹でるだけまでカレンにしてもらった麺を茹でていたら出来上がったものはなぜか真っ黒な一塊の個体となっていたのだ。
それ以来カレンはユリアに包丁すら持たせようとしてくれないし、さすがのユリアですら自分でするとは言いだしていなかった。
「ただの趣味程度ですよ。いくら綺麗にしたってフレイさんの方が料理のレパートリーも慣れもあるじゃないですか」
嫌味にならない程度に褒め返す。
その後も和やかに料理は進む。
「カレンさんとユリアさんは先ほど子どもたちから聞いたこの街の話で満足されましたか?」
先ほど、というと短く要領を得ない子供たちの話か。
「そりゃ聞けないよりはよかったかもだけど……」
「正直言うともうちょっと詳しく聞けたら、とは思っています」
「そうですか……」
とフレイは答えそこではそれっきりであった。
その後、料理も一段落し、終わりが見えてきたころフレイは再び口を開いた。
「私達の同胞の大部分が魔法を封じられているのは一振りの剣と禁術の魔法なんです」
それは許されないことをしているような、己の罪の告白のような、重い口調で聞くものに口を挟ませること許しはしない雰囲気であった。
フレイはハナが語ったことと同様のことを話した。
ただし、この場で違うのはアスタルテという存在がいたということだ。
「その剣を鍛えたのは鍛冶の神『ヴェルンド』じゃな。あやつ最近見んかったと思ったらこんなとこにおったのか」
「アスタルテちゃん!?」
ユリアが大げさなほどに、まるで幽霊を見たように驚く。
「なんじゃ!まるで今まで妾のことを忘れておったような驚きようじゃの!!」
「いやいや……忘れるわけなんて、……ないじゃん。ねえ?」
カレンに振るが黙ったままだ。
「……、……」
黙ったまま口元を抑え、元々大きい目をさらに見開いて驚きをいっぱいに表していた。
「カレンもか! お主らひどいのぉ!! 大体、妾は向こうにいたのじゃ! ずっとあのちんまいエルフどもにじゃれられておったのじゃ!!」
背丈が似ているかだろうか、アスタルテはちびっ子に埋もれていることがこっちに来てから多かった。
そのため、シャルルをはじめ話す機会が激減したのだが、激減はしたのであるが……。
「忘れられとるとは思いもしなかったぞ」
アスタルテは不満気に可愛らしい鼻を鳴らした。
「そ、それにしてもこっちで話していたのによく聞こえたねぇ」
気を取り直して、というよりも自身の失態を取り繕うように先を促すユリア。
ただ、その足元には片付けの途中であった包丁が刺さったままである。
「こんな扉もないすぐそこの厨で話をされれば聞こえるじゃろうて。よいしょっと」
屈んで床から包丁を抜きながら答える。
「ヴェルンドの鍛える剣には不思議な力が宿るのじゃ。まあそれが奴の権能でもあるのじゃがな。困ったことに奴はこういうことを好んでするのじゃな。あやつに道徳という概念はないのじゃ。禁忌でも己の欲求を満たすためならば迷わず手を出すのじゃ。それがいい方向に転がったことなど皆無じゃ」
「ふーん……。じゃあその剣を取り込んだ人の体に魔法陣みたいなものが浮かぶのって」
「まあ原理はシャルルのと同じじゃろうな。古代魔術じゃ。ただどんな魔術かは実際に刻印を見んとわからんな。」
「そんなもんかぁ」
アスタルテがいたことでシャルルたちより多くの情報を得ることができたユリアとカレンである。
「はぁ……。やはりアスタルテ様がいるとお解りになられるのですね。ではひとつ昔話をしましょうか。すぐ終わりますから」
調理し終わった料理を人数分、お皿に盛りながらフレイは独り言のようにエルフに伝わる昔話を語る。
「エルフだけで語られる、ある物語です」
『昔々あるところに一人のエルフの女の子がいました。その女の子は自分がエルフであるという自覚はありましたがさして問題ではないだろうと思い日々を過ごしていました。』
『ある日、いつものように人間の子供たちと遊んでいた女の子は母親に言われていた帰る時間を過ぎていたことに気づかず、やがて人間の母親たちが子供を迎えに来てしまいました。』
『その時にエルフの女の子を見た母親たちは血相を変えて自分の子供を抱きかかえ逃げるよう帰っていきました。エルフの女の子はさよならさえ言えませんでした』
『次の日、女の子がいつものように人間の子供たちと遊ぼうと来てみるとそこに子どもたちの姿はなく人間の大人の男がたくさんいて、それぞれ武器を構えていました。後ろの方には魔法士の姿さえ見えます』
『それを見たエルフの母親は娘を抱きかかえ必死に逃げました。母親はこうなることがわかって、しかし娘の行動に制限をなるだけかけたくなく、帰る時間を決めていたのでした。ですからその時間を破った娘がどうなるかわかって後をつけてきたのでした。』
『右に左に必死に逃げるもとうとうエルフの母親と女の子は追い詰められてしまいました。死を覚悟したとき「助けて!」と女の子が叫ぶと一人の人間の男が駆けつけました。長い服を着た珍しい黒髪の男でした。その男は不思議な形の剣を1本携え、今まで追ってきた沢山の怖い男たちを追い帰しました』
『全部追い帰すとその黒髪の男は振り返り「ここはもう危ない。この先にエルフの集落があるからそこに逃げなさい」と言いました。女の子は「また怖くなったら助けてくれる?」と尋ねました』
『黒髪の男はすこし笑って「もちろんだよ。さっきみたいに君が叫んでくれればいつでもどこでも助けに行くよ。でも、もう会わない方がいいんだけどね」と言ってその場から去りました』
ぐすっ。ぐすっ。
ユリアが話を聞くうちに感情移入したのか鼻をすすり目をこする。
「それで、それで、その女の子と、えっぐ、お母さんはどうなったんですか?」
「その子たちが逃げてきたのがここ。イリィと言われているわ。そしてその子孫であると思われる子はいるの」
「「えっ!?」」
フレイの言葉に驚くユリアとカレン。
「ハナ……じゃな。あの子は纏っている魔力の質が違うからのぉ」
「えぇ。実はハナはここのエルフ全員で一番に当たる長の血筋なの。でも、本人が嫌がっちゃって。今は私が代理をしている状況なんです」
「へぇ……」
あの少女が長……とハナがフレイに命令する場面を二人は想像してみるが上手くいかない。
「あんなに小っちゃい子が長って……ねぇ」
「エルフは長寿なので肉体的の成長は遅くあんな見た目でも多分お二人よりは年上だったはずですよ」
とのフレイの言葉に今日何度目かの驚き。
ただしその分、精神的には成長に程度の差があり、ハナは見た目通りと言っても良かったのだがそのことは黙っていた。
「じゃあハナちゃんが心の底から助けてって叫べば……」
「どうですかねぇ……。今までも何度も心の底から思っているようですがいまだにその人は現れてくれませんでしたしね。もう諦めているんじゃないんですかねぇ」
「そんな……」
そのあと何かユリアが続けようとしたところで玄関が開けられる音が聞こえた。
シャルルたち3人が帰ってきたのだ。
このタイミングにはさすがのユリアも口を閉ざすしかなかった。
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「帰ったぞ。首尾は上々。夕ご飯できてるなら食べてから調整しようか」
シャルルが帰るなり厨に顔をだしユリアとカレンに声をかけた。ちなみにハナは帰るなり自室に戻ったそうだ。
イズーナは伝言をシャルルに一任し着替えに戻ったらしい。
「じゃあ俺も着替えてくる、と言っても旅商人風のこれを脱いで刀置いてくるだけだけど」
「すぐできるからその位がちょうどいいよ」
とユリアは答え、盛り付けの終わった皿を両手に持ち運び始める。
子供たちは食事の準備としてテーブルを出し、椅子を並べるという作業を早々に終わらせ夕ご飯を今か今かと待っていた。
この地では1日2食というのが慣習らしく、昼に何かしていたら気を紛らわせることができるが意識した途端、急激にお腹がすくのだ。特に直前となるとそれは最高潮に達する。
「じゃあ、みんな! はやく食べれるようにお姉ちゃんを手伝って?」
ユリアが声をかけると、はーい!との元気な声に続き子供たちが一列に並び厨に一人づつ入って自分の分の皿を受け取り席に持っていく。
そんな中、例の少年だけがせわしなく屋敷の中を内科を探すようひっきりなしにあちこち動いていた。
子供たちの列も解かれ、ロべスやハナ、それにイズーナとシャルルも席に着き最後にフレイ、ユリア、カレンが席に着いた。
さて、では食べようかという中、例の少年がその和やかな、穏やかな雰囲気を、一時であっても仮初であっても確かにそこに存在していた平和をぶち壊しにやってきた。
「いない!!」
「どうしたぁ」
ハナが面倒気に尋ねる。
「レアがいない! どこにも!!」
それは昼間に少年と言い争っていたというより一方的に手玉に取っていた少女の名前であった。
「あ?」
ハナが聞き返す。
「レアが消えちゃったの!!」
長く続いた仮初の平和が終わりを告げる。
人間とエルフの、種族が違うだけ、されどそれこそが原因となって
紛争の、戦争の、
足音がすぐ後ろにまで迫っていた。
そんなに日が空かずに出せました。
うぇっへっへ・・・頑張ったです。
またいつの間にかブックマーク頂きました。ありがとうございます♪
今度は腰強打してませんからね!
なぜって?だって顔からいったもの☆
次の更新は・・・あー・・・もしかしたら・・・いえ、多分・・・9月後半になったりしそうです。
ごめんなさい!