第11話:剣舞への昇華~a sword dance~
「んで……その基金の書類上の位置はこっちで、食料とかはこっから運び出すと……」
シャルルが最初にイリィの端を指しその後中央部を指した。
「中央部に貧困層が集まってますからね。領主さまからの配給から少しちょろまかすんですよ」
「ばれないのか」
「配っている兵士に少しお金を持たせればここにいる人数くらいちょろまかせるほど多いんですよ……まあ都市の規模に比べてそんなに貧困層が多いことも問題ですけどね。調味料とかはさすがに配給されてないので自前で購入ですがね」
「でもさっき特産品とか安く買えるって言ってたじゃないか」
「そういうのは中流以上になってからですよ。彼らは……まあエルフよりましと言う程度です。先ほど言った資源とかも議会に名を連ねる人たちが富を吸収しちゃってますからねぇ」
富めるものはより富んで貧しいものはより貧しく……か。
しかし、調味料などは自前で購入するあたりロべスもなかなかの資産家だといえた。資産の使い方が他の貴族たちよりはかなり異なっているのだが。
「自前で食料を調達してないとなると……やっかいだな。それも領主様ときた……。面倒だな」
「何か言いました?」
シャルルの独り言に気付いたのだろうが内容までは聞き取れなかったようだ。
「いや、こっちの話。悪かったな、食後のお茶の時間を邪魔して」
これっぽっちも悪びれていない様子でドアを開けながらシャルル。
「いえいえ、これから本でも読みつつ頂くとしますよ」
ロべスも苦笑気味に答え部屋から退出するシャルルに答えた。
「ユリア、カレンちょっといいか」
先ほどまで朝食を楽しんでいた部屋に戻ると既に皆、食事を終えテーブルや椅子などは片づけられていた。
その部屋でシャルルが呼んだ二人は床に直接座り幼いエルフたちの世話をしていた。
この屋敷では中に入る時は靴を脱ぐというこの地方独特の作法がありシャルルたちもそれに倣っていたのだがなかなか、床に座るということはこの地方では普通だということはわかっていてもシャルルには違和感を覚える。
その点この二人は順応性が速いといえた。
「なーにー?」
じゃれていた幼いエルフに少しだけ待っているよう頼みシャルルの方へ向かう二人。
「ちょっと二人に頼みごと」
「何でも言って! 頑張るから!!」
まだ何も言っていないのにやる気十分なユリア。基本、シャルルから頼みごとをされるだけで嬉しいのだろう。
「それで、どんなことをすればいいのでしょう」
カレンが内容を聞いてくる。カレンもシャルルから見ればやる気十分なほど士気が上がっているのがわかるのだが他の人にはわからないらしい。これも付き合いの長さ故というやつか。
「簡単に言うと見張り……かな」
「わかった。すぐ着替えてくる!!」
言うが早いか、駆け出すユリア。
その首根っこを摑まえるカレン。
「まだお話は終わってなさそうですよ。ユリア姉さん」
姉より姉らしい妹である。
「あー、見張りって言っても魔法で……。だから二人に頼んだんだけど」
ユリアは殆ど魔法を使わないのだが別に使えないわけではない。ただ、戦闘中など気を張り詰め集中するよりも剣を振る方がやりやすいというだけであり、彼女が得意とする魔法は大規模魔法であった。
しかし、その大規模魔法が攻撃など派手なものではなく見張りや索敵など隠密系統に特化していることが皮肉ではあるのだが。
「この都市全体とある一定の場所を別々に、頼めるか?」
「もっちろん!」
この作戦の核となるユリアは元気よく返事を返すのだが・・・。実はこの爛漫少女、魔法を発動させるだけはできるのだがその前段階となる魔を組み込み意志ある形にするという過程ができないのだ。そのために戦闘で魔法を使えないというのもあるのだが……。
しかし通常ではありえない他人があとは魔法として起動するだけという状態まで持って行ってしまえば誰の魔法であろうとどんなに難しい魔法であろうとあっという間にどのようなものか読み取り軌道を横取りしてしまうことができるという特異な性質も合わせもつ。
「別々に……ですか。じゃあ一つは自立式がいいですかね……。ユリア姉さん大丈夫?」
「誰に言ってるの! 私よ? あなたのお姉さんよ? まっかせなさい!」
どこから出てくるのかその自信は……とシャルルは思ったのだがカレンはその言葉にそれもそうですね、と納得してしまった。
やはりシャルルのところで育てられフリードリヒに仕えてしまった二人である。常任には理解できない神経だ。
「では魔法陣のことは私が……えーと……」
「あぁ、イズを連れてく。20分後に出るからそれまでに」
「はい」
笑顔で答えイズの元へ向かうカレン。
イズーナは椅子に座り、幼いエルフたちにせがまれるまま絵本を読み聞かせしていた。子供たちはイズーナの読み聞かせに聞き入りとても楽しんでいるようであった。それを中断させるのは申し訳ないと思ったのかカレンも最後方に座りイズーナの読み聞かせを聞きひと段落したら声をかけることにしたようだ。
あの二人ならちゃんとやることはやるだろうし特に心配はしていない。
「はぁ……」
「なにー? どしたの? 魔法が使えないのなんて今更じゃん? それにシャル、使えなくったって十分すぎるほど強いし」
シャルルのため息を逃さなかったユリアがニヤニヤしながらからかってくる。
「別にそんなことで悩んだりしないし、それについてはもう割り切ってる」
強い、ということを否定しないあたら謙遜が皆無なシャルルであった。
シャルルは魔法が使えない。刻まれた古代魔法陣が現代魔法の起動を阻害しているのではないか、とフリードリヒに言われたが、「それがなくてもシャルルさんは魔法の才が飛びぬけてないですね」と現代最強の魔法士に言われたのだからもうどうしようもない。
それについては割り切っているのだが今回みたいになるとどうしても周りに頼り切りになることがシャルルには心苦しかった。
周りはそれ以上にシャルルがやるべきことをやっていることを認識しているし、適材適所ということで気にも留めていないのだが……。
「それよりも、もうちょっと休み欲しかった……というかこんなに長居することになるとは……って感じかな」
「いいじゃん。悪いことばっかりじゃないし。タダで生活はできてるんだし?」
強い子だ……。とシャルルが少々感慨深げにしていると
「ただ、まあこれでゆっくりできたらホントよかったのにねぇ」
やっぱりユリアだった……と己の事は棚に上げて苦笑し、しかし少し安心するのだった。
しっかりとシャルルに育てられた一面が見れたユリアである。
「それよりさ、出るのに20分もまだあるんだったら、久々にやらない?」
「やるって何をだ」
するとユリアは部屋の隅を指し示した。そこには木製の剣が無造作にカゴに突っ込まれていた。
近くに行ってみると木剣には直刀もあればシャルルの得物のような少し反った形状をした、いわゆる刀に似たものまで様々な種類があった。これもフレイが語っていた戦闘の遺産なのだろうか……。それとも有事の際に備え置いているものだのだろうか。
気になったがシャルルは詮索しないことに決めた。
「フレイ。そこの木剣借りてもいいか? 庭で模擬戦するだけだから」
ロべスが部屋から出てこないので、ロべスにお茶を届けに行った戻りであろうフレイに許可を求めるシャルル。
「かまいませんよ。ただあまり屋敷から離れすぎないようにしてくださいね」
「りょーかい」
二人とも魔法剣士ではないのでそんなに離れては相手を叩けないのでその心配は無用だろう。
厳密にはシャルルは古代魔法を使うので古代魔法剣士と言うべきか・・・しかし本人は現代魔法を使う者が魔法剣士であるとの認識で己自身がそれに当てはまるとは思っていない。
「じゃあ私これー」
ユリアが気軽に木剣の中から一振り抜き取る。
それはロングソードを模しておりユリアの得物とよく似ていた。
「じゃあ俺はこれか。あるとは思わなかったな」
シャルルが手にしたのは刀状の木剣であった。
刀、というのは珍しく故にその形状の木剣があったことに驚いたのだがフレイはシャルルが木刀を手にしたことに対し驚いたようで
「木刀ですか……。じゃあシャルルさんの得物は太刀……それも打刀でしょうか……」
「あぁ……よくその名前知ってるな。でも俺のは三尺刀だ」
刀と一口に言ってもその種類も色々あり、太刀という名称が独り歩きしていて面倒なので太刀とシャルルも言っているがそもそも太刀の本当の意味は馬上合戦に用いられるものであり徒戦と呼ばれる歩兵戦で用いられる刀は打刀と呼ばれる。そしてシャルルが使う『凬切』はそれよりも少々長い刀で三尺刀とか呼ばれていたりする。
しかし、昨日フレイにも少しだが見えていたはずなのだが・・・知識はあっても実物は見たことないということなのだろうか。
フレイは、はぁ……。やっぱり……。と独り言をつぶやき何やら一人で納得したようですであった。
「あ、私の事は気にしないでください」
とフレイ本人に言われたため一旦思考の外に追い出しユリアと連れ立って庭へ出る。
「お姉ちゃんたち何かするのー?」
先ほどシャルルの登場からユリアやカレンから離れてしまったチビたちが後ろをちょこちょこついて来る。
「模擬戦するんだー。見ていくー? 私がこのお兄ちゃんぶっ叩くとこ」
「おいおい……。無駄にギャラリー増やして自分の恥を晒さなくてもいいだろうに」
打ち合う前からバチバチと両者の間に火花が……散っているようにもいつも通りのようにも思える。
「けんかー?」
「ちがうよ、こういうの仲良しのケンカって言うんだよ」
後ろでチビたちがガヤガヤ盛り上がる。多分こういうことをしたこともないし、見たことも無いのであろう。
チビたちに先導され、庭へ出る。
「ルールはいつも通り決定打を入れられたらそこまで、でいいな」
「おっけーだよ」
十分な間合いを取って向かい合う。
「ではその審判は私とフレイが務めましょう」
いつの間に出てきたのかロべスとフレイがチビたちに紛れて立っていた。
「ん、じゃあ頼む」
別に自分たちだけでも成立するのだが第三者がいるならそれに越したことはない。
「いざ!」
シャルルが声を張り上げ
「勝負!」
ユリアが応える。
ユリアが右手一本、木剣をラフに持ち走りこむ。間合いを見切り木剣を振り上げ上段から切り込む。
シャルルは居合で応戦する。左腰に切っ先を後ろにした状態から一気に右足を踏み込み、まっすぐユリアの木剣を受け流す。その動作はまるで鞘に支えられたがごとくであったがもちろん鞘などない。それだけ何度も行ってきた動作なのだろう。
受け流したシャルルは二の太刀でがら空きになったユリアの胴に叩き込もうとするがそれをユリアは逆に体をもっと右に傾けることで間一髪回避。そのままシャルルの木刀の平地と呼ばれる横面を蹴り飛ばしシャルルの態勢を崩させることに成功。そのまま横に回転しながら背中に一撃狙うもシャルルも前に一回転することで回避。
これまでの事がまばたきの間に交わされた攻防であった。
「さっすが……」
ユリアが呟き
「っぶねー」
シャルルが笑う。
次の瞬間お互い剣を振り上げ激突し離れを繰り返す。まるで決闘みたいな壮絶な模擬戦が繰り広げられる。
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「すげー……」
物陰から隠れるように見ていたハナは思わずと言った感じでつぶやいた。
二人の剣技もさることながら、その合間に繰り広げられる足技などの体術も超一流でありそれがハナにはわかるほどの、わかってしまうほどの技量があった。
1回剣をぶつけ、次にぶつけるその一瞬の合間に足が、拳の応酬があるのだ。多分向こうで見ているチビたちやロべスにはわかるまい。フレイですら感じてはいるだろうが理解できているか怪しいくらいだ。
それほどの速さで二人は剣を振り足を振り上げ拳を掲げていたのだ。
それはさながら剣舞のようであった。祭のときなどに行われる優雅さや見世物感はない。むしろこれ以上ないくらい実践的であり、泥臭く相手の急所を狙い、相手のそれをかわしやり過ごし、利用する。それを超一流同士が本気でやると、血なまぐさいはずのそれらは剣舞へと昇華していた。むしろこれが本物の剣舞であり、自分たちが知っているそれらはまがい物でしかないのだという風に。
自分はあれに勝てるだろうか……。
ふと考え込む……。難しいだろう。どちらか一人を相手にした時点で手一杯であろう。
あれほどの強さ、今までこちらをどうにかしようと思えばできたのではないのだろうか。
いや、そうやって安心させたところを狙って万に一つの可能性をも潰すために違いない。それにあのチビたちと一緒に見ている銀髪と水色……。あちらの戦力がわからない。今、目の前で見せられている黒髪の男と金髪の戦力の対応を考えさせまだ見せていない二人で不意を突く算段に違いない。
ハナの過去が、人を信じようとする気持ちにまったくさせない。それは癖のようにハナに染みついていた。
しかし……。今まで置物であったあの木刀を、エルフの男たちでさえ上手に扱おうとしなかった木刀を、何の気負いもなく選び取り、ああまで使いこなしているとは……やはり……。
「あたっ!?」
ユリアの驚きの声にハナは現実に引き戻される。
美しい剣舞のような二人に乱れが生じていた。
シャルルを狙ったユリアの突きがシャルルによっていなされたのだ。
ユリアの渾身の突きは目一杯状態を後ろにそらしつつもシャルルは木刀の一点をユリアの木剣に合わせ、そこを中心に小さく素早く一回転させた。結果、ユリアの木剣は手を離れ高らかに宙を舞う。
しかし状態を後ろにそらしたシャルルはそのまま倒れるしかない。そこを狙ったユリアが蹴りを入れて終わらせようとし片足をあげる。その瞬間シャルルの足がユリアの体を支えていた足に巻きつきユリアの態勢を崩す。と認識したときにはシャルルは両足で立ち左手でユリアを支え、しかし右手にもった木刀の切っ先はその喉元に軽く押し付けられていた。
「勝負ありかな?」
シャルルが問う。
「あー! もう! また負けたぁ! いつになったら衰えるの!?」
「いや、今回はさすがにヤバいと思ったね。腕を上げたな」
「負けたら全然嬉しくないし!!」
と言うもののユリアの顔は腕を上げたといわれて嬉しいのだろう。にやにやを抑えられていなかった。
「何……いまの……」
物陰から見ていたハナからは死角になっていただけかもしれない。
しかし手を地面に押し付け、腕の力だけで反動を使い起き上がったのだろうか……。それでも……そうみえたからこそ
「人間離れしすぎている……」
ハナは軽い恐怖と共にその、最後の光景を目に焼き付けた。
あんなのが刃向って来たら自分たちは一瞬の後にやられるに違いない……。そうならないためにも相手が動く前にこちらから仕掛ける必要がある。
今日の、これからの外出であの黒髪の男が何を企んでいるのか掴んでやる。
黒髪の男を先頭に室内にぞろぞろ戻る。時間的にこのままハナと外に出るつもりなのだろう。
フレイから耳にした話ではあの黒髪の男と水色が外出について来るという話だ。金髪と銀髪から目を逸らすのは心配だがフレイによく言って聞かせた。何かおかしいことがあったらすぐに連絡するよう言ってあるので大丈夫であろう、多分。
フレイの事はこれでかなり信用しているのだ。それは同じエルフ族ということを越えて個人的な友情、真情と言うべきであるのだがハナはエルフと言うことと其々の立場からである、という恰好を頑なに変えようとしない。
あの黒髪の男と水色はどうぜ自分たちがどれだけ目立つ髪色をしているのかわかっていないのだろう。何か髪を隠すよう対策をしてハナと待ち合わせる可能性は低い。それに加え男の方はあの裾の長いマントみたいなコートだ。ここであのコートで街を動くことは自分がどんな人物であるか声高に言い聞かせ回っているようなものだ。
あの男が殺されようがどうされようがハナの知ったことではないが、悪目立ちすることはハナにとっても望むことではない。
「あいつらのためじゃない、自分のためだ」
誰に聞かれたわけでも見られたわけでもないのにそう言い訳がましく口にして二人分のフードがついた上着を取りに屋敷の中へ戻るハナであった。
……盛大な溜息を吐きながら。
「なんで私があいつらの事まで世話してやらなきゃならないんだ! もうちょっと自分たちを見直せよ!」
もっともな話であったが、田舎育ちで、しかも隔離された場所で育ったシャルルたちにとっては難しい話であった。
一人で機嫌を悪くしたハナは果たしてコートを着てきた黒髪の男に向かって2着分のフードのついたクリーム色の上着を投げつけた。
「あんたたち、それを着ないと外に連れ出してやんないから! それだと悪目立ちするんだよ!!」
「はぁ……なるほど」
何も言わず納得した風な黒髪の男。
「どう? 似合う?」
例のマントみたいなコートを金髪に預けクリーム色の上着を着た黒髪の男は感想を水色に聞いた。
「なんだか私たち破産寸前の旅商人みたいですね」
「なるほど。そりゃいいや」
といって笑う黒髪の男と水色。
しかし、そんな風にするよう意図的にこの服を選んだハナにとって悪態の一つもつかず呑気に笑う二人にイライラが募るばかりであった。
「なんでそんなに呑気なんだよ! 文句の一つくらい言えよ!!」
「いやぁ、初めて俺たちとこういう形でもコミュニケーションを取ってくれたからね。そっちのほうが嬉しいよ」
チッ、と舌打ちをしてハナ。
なんでこんな奴らにここまで警戒しているのか自分で自分がわからなくなってきた。
「はぁ……。もういいや。ほら行くぞ。私の肩を掴んで」
袋に帰りの分の魔鉱石があることを確認し、一つ魔鉱石を取り出す。
二人がハナの肩を掴んだあと、魔鉱石を手のひらの中で割る。
すると光があふれ3人を包み込む。
屋敷に残った者が目を開けるとそこに3人の姿はなかった。
こんなに書いたのに・・・物語的にはまったく動きませんでしたね。なんでですかね・・・。
1000pv達成いたしました。ありがとうございます!これからも読んでいって頂けたら幸いです♪
ブックマークも新しく付けて頂きました♪ありがとうございます!
作者、小躍りしそうになって足滑らせて腰強打しました。
次は滑らないよう気をつけます・・・。