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望まれない英雄  作者: 夢猫狐
第1章:運命の従者~he seek the simple reason~
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第10話:ハナの欠片~her heart was hurt again and again...~

 気付くと辺り一面が炎に包まれていた。その中を多くのエルフが山に向かい疾走する。

 後ろからは激しい戦闘の音が、魔法と魔法がぶつかり肌が裂ける音、血しぶきが噴き出す音が見えなくともその生々しさで光景を訴えてくる。


 その音を振り切り炎を越える。しばらく山を登り、急な斜面を越えて小さな子供でも走れるような、なだらかになったとき今まで抱えられここまで来たハナは降ろされた。


「いいかい、ハナ。これからパパとママは今、一生懸命闘ってくれている同胞を助けに行かなきゃいけない。だからここから先は一人で行くんだ。なに、今ははぐれちゃってるが目的地には見知った顔もたくさんいるしパパ達もすぐ戻る」


「いや!」


 幼いハナは、それでも何か感じ父親の足にしがみついて離さない。


「いい子にしておくれ。すぐにまた会える」


「嫌! だったらハナも一緒に行く!!」


「ハナ……」


 父親は懸命に離れようとしない娘に参っていた。


「ハナ!!」


 力強い女性の凛とした声が響く。

 ハナの肩がビクッと震える。


「どうして言うこと聞けないの!あなたは……」


「まあまあ、そこまで強く言う必要はないじゃないか」


 肩が震えた拍子に離れた手を握り、屈んで、娘と目線を合わせた父親は


「いいかい。言われたところまで走るんだ。何が聞こえても振り向くんじゃないよ」


「……はい」


 ここで何を言っても母親からは強く、父親からは優しくも粘り強く拒否されることを察したハナは返事をした。

 自分の言ったことをできる限り守ることがフォンステン家の唯一と言っていいほどの約束事であった。


「それじゃ、また後で」


 ハナの父親と母親はとても優しい表情で、笑って手を振った。


 その両親に向かってハナも笑顔で手を振り返し一歩、二歩後ろ向きに歩くとバッと振り向いてそれっきり両親の方を振り返ることなく一目散に山を登り始めた。

 幼いハナにも何か感じるところがあったのか両親と向き合うまでは笑顔であったその顔は振り向き走り出すと同時に涙が止め処なく流れて頬を伝い落ちていた。




 娘の涙に気付きつつも、ハナの父親も母親もハナに背を向け自分たちを待っているであろう同胞のため、そして後ろに命からがら逃げた力を奪われてしまった同胞の為戦場へと身を投げ出す。

 その二人の戦いぶりは壮絶を極め、鬼神が降りたがごときであったがその一騎当千の戦闘を知る者も語るものもいない。


 ハナの父親、母親の二人どころかその戦闘に参加したものは誰一人……待てども待てども帰らなかった。

 敵方も作戦、思惑を知る者は限られたものでいいという思いからか戻ったものを残らず屠ったという噂がしばらくして流れてきた。

 嘘か真かはともかく、あれから百年経とうとしている現在においても戦闘そのものがリアリティを持って語られることはない……。


✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽


 ……。


「嫌な夢を見てしまった」


 誰につぶやくことも無く、もともと一人部屋が与えられているのだが、それでも小声でつぶやいた。

 しかし、随分と久しぶりに見た気がする。もう忘れていたとさえ思っていた当時の気持ちもかなりリアルに感じられた。


 それにここまで悲しくなるほど自分にもまだ悲しいと思えるほど感情が残っていたことに驚きだ。


「あれもこれも、みんなあの人間どものせいだかんな……」


 昨日急に現れた5人組に責任を押し付け、一旦この感情が静まるのを待つ。


「ロべスも何を考えているのやら……。急に5人という大人数を迎えて……。フレイもフレイだ。ナポレッタとかいう実際には知らない、実態を把握できない人物の子孫だからって言い伝えだけであんなに信用してしやがって……」


 逃げ込み、同胞と合流してからもいざこざがあった。逃げ込んだ中に裏切り者がいてそこでも戦闘が発生したのだ。

 それも切り抜けた後は叔父と叔母に育ててもらった。しかし、その二人ももういない。

 ある日客人として迎え入れた、何回も面識があり叔父と叔母はもちろんハナでさえ心を開いていた、一緒に遊んでもらったこともある人間に裏切られたのだ。その時二人は文字通り自分たちの命を賭しハナを守りきった。気高い二人であった。


 そんな経緯もあり、ハナはエルフの中では若年層であるのだが、人を……他人(ひと)を常に疑い、交流する範囲も極端に狭め常に裏切られることを前提に生きている。

 もしハナが今の血筋でなければ早々にこの世と己の人生に絶望し命を絶っていたことは想像に易い。


 そんなハナにいきなり知らない人物の世話役を任せたロべスはどうにかしている。今までも怪しいと思っていたが今後はもっと注意深く接するべきだろうか。


 そういえばその5人の中の唯一の男は朝食をとった後にさっそく外に出たいと言っていた。

 こんなとこの外に出て何をするというのか。何もない所だろうに。まさか内通者に連絡でもしにいくのだろうか。しかし、それだとわざわざハナに伝えたことはおかしい。だがハナが断ることを織り込み済みで伝えてきて堂々と会う気なのかもしれない。


 いずれにせよ不確定要素は自分で見張っていた方が安心できる。

 ハナはそう判断し朝食後の外出について行くことにした。ただし自分から積極的に案内する気などは微塵もなかったが。



 朝食は病気でないかぎり皆と同じ部屋で食べるのがこの館のルールである。人数が多いため同じテーブル、というわけには物理的にいかないのであるが、それでも見ようと思えば誰の顔も見え、誰とでも会話を交わせるような状態であった。

 その日もハナは普段通り角の席に腰掛け小さい子たちの様子をそれとなく見守る。ここの小さい子たちは未だ純粋でハナも気楽に見てられるしそもそも教育などもハナも携わっているためその動向は出来る限り把握している。


 しかしこれが教えられる側から教える側へと変わるとたちまちハナは苦手になるのだ。行動を把握しきれなくなりどこで何をしているかわからず態度が硬化してしまう。

 それを知っているエルフはさりげなく一日の報告をしているのだがハナは気付いておらず、そもそも聞く耳持たずであり無駄であった。それでも健気に報告を続けるエルフは多く、ハナへの信頼が高い証拠なのだが本人にとってはどうでもよいことであり、また興味すらなかった。


 ハナが定位置の席に着きしばらくするとロべスが起きて席にハナの斜め前に座る。ここが彼にとって定位置だ。


「やあ、今日は早いんだね。案内の準備は万端ってとこかな?」


 いつもなら自分より後に来るハナに対し少々驚いたようにロべス。しかしハナにとってはそれがあの5人の影響によるものだとは思いたくなかったとこにこれだ。

 そっぽを向いて無視を決め込むことに決めた。

 無視されたロべスはいつものことなので、はは……。と苦笑したあとは特に何をするでもなくおとなしく朝食を待つことに決めたらしい。


 最後にあの5人組が来た。

 男と金髪はかなり寝ぼけている様子だ。黒髪の幼女……少女に至っては8割方寝ているが手を引っ張られるまま引きずられてきたという状況だ。水色の髪の女性と銀髪は朝に強いのか他と比べしゃんとしている。

 水色がロべスに気付いたようでこちらに近づいてくる。


「おはようございます。ロべスさん、と……聞いていたハナさん……でよろしいのでしょうか。こちらに滞在する間の住むところと食べものを提供してくださるそうでとても感謝です」


 昨日は旅の疲れもあっただろうと、ロべスは黒髪の男と話が終わった後、気を使わせないようにと自室にこもり早めに休むようにと伝言を残しその日は姿を5人の前に見せなかった。

 それもあってか今になって、とうことに恐縮が感じられる様子で感謝の念を述べる水色。一応礼儀を知っているらしい。


「いえいえ、お気になさらず。フリードリヒ様方からのお客様ですし、それに我々も武力面では頼り切りになりそうですし」


 休む前に情報の刷りあわせはしていたのであろうか、何も言わず苦笑を浮かべ首を振る水色。


「それで私たちはどこに座ればいいんでしょう……」


「あぁ、お好きな所に。椅子は適当に動かしても構いませんしチビたちにどいてもらってもかまいませんよ」


「それはさすがに……」


 後半はロべスの冗談であるのだが手をブンブンと顔の前で振り否定。


 と、会話に耳を立てていたチビたちが一斉にそれぞれの名前を騒がしいほど呼び自分たちのテーブルに招く。意外なことにちょっと見かけただけだがそれでも傲慢で態度が大きい黒髪の少女まで気に入られている様子だ。背が同じくらいなので共感しやすかったのだろうか。

 それぞれが手を引かれバラバラのテーブルに着き残るは黒髪の男だけとなったのだがそいつは手を引っ張るチビたちに苦笑し、しかし断った。


「ごめんな、今日は色々話とかないとだから。明日な、すまん」


 と膝をつき目線を合わせたうえで片手を顔の前に持ってきて申し訳なさそうに言う。 


「明日、約束だよ?」


「いいよ。明日は一緒に食べよう」


 明日の朝食を一緒に食べる約束をしたことで満足したのかチビは自分の席に戻る。

 そのまだ幼いエルフの招待を断った黒髪の男はあろうことかこちらに向かってくる。


「ここ、いいかな?」


 とハナの正面の席に手をかけつつ聞いてくる。


「よくない」


「いいですよ。ちょうど空いてますから」


「おい!」


 ロべスがハナを無視し勝手に承諾する。

 それを聞き座る黒髪の男。


「言っておくけど私に話すことなんてないからな」


「そんなつれないこと言うなよ。それにそっちにはなくてもこっちにはあるし?」


「聞かない」


「大丈夫。嫌でも聞こえるよう話してあげるから」


 屁理屈である。しかし聞かないようしても聴こえてしまうのはどうしようもない。


「あら、今日はシャルルさんもご一緒ですか?」


 朝食を作り終わったであろうフレイが部屋に顔を出す。その後ろから本日の家事当番であるエルフたちが朝食を運んでくる。といっても家事の中心にはいつもフレイがいてその指示に従ったりするだけで自発的にできることは掃除と洗濯ものを干すくらいである。特に料理に関してはハナやロべス含めフレイの他はからっきしであるのだ。だから出来た料理を運ぶだけ。そして皆の前でお皿に盛りつけ配っていくのだ。

 本日の朝食は新鮮な川魚を焼いたものに大根をおろしたもの。個人の好みによって川魚に塩を少しまぶしたり、レモンを絞ったりするとおいしい。これに味噌汁があって主食は白米だ。玄米ではない。かなりこの地方の伝統的な食事と言ってよい。


「ぜひとも案内役のハナと親交を深めたく思って」


「あら、それはいいですね」


 なにがいいのだろうか。ちっともよくない。

 盛り付けられたお皿を一人分とりもそもそと口に運びつつ目の前の人物に極力視界に入れないよう試みる。


「それにしてもこんなに大量の食糧、どこから持ってくるんだ。あんたお尋ね者なのに」


 それぞれ口に運び美味い美味いと感動していた黒髪の男が尋ねる。そんなに素直に褒められるとは思っていなかったので作ってもいないし食料の確保に貢献もしていないがハナも少し誇らしげに思えた。


「あぁ、それは私に賛同してくれるものが団結して届けてくれるのですよ。ありがたいことですね。まあ大量に必要なのでどうしても安物になってしまうのですがね」


「いや、安物ってこんな山の中じゃ塩なんて高いだろう」


「それがそうでもないんですよ。ここには他にない資源などがありますからけっこう他の都市の特産品も安く手に入るんですよ」


「そうなのか……。ちなみに団結してって具体的にはどうしてるんだ」


「はぁ。基金を作ってその代表が食料の調達して他の皆で運搬をしてくれてますね。貯蔵庫は……ご飯の後で教えしましょう」


「ん。よろしく」


 ハナと話したいとか言っておいて一向にハナに話すそぶりを見せない。

 別にいいのだが、少し肩すかしを食らった気分だ。


「ハナ、この都市を一周見て回るのは一日で済むか?」


「そんなのお前次第だ」


「つまり不可能ではない……と。わかった。ロべスに場所教えてもらった後、今日は一日街を回るから、そのつもりでよろしく。最初は人が一番集まるところがいいな」


「はぁ!? 本気!? 何するの!」


「いいから、ハナは何も気にせず俺の言うとおり案内してくれればいい」


「何それ! ねえフレイ! ホントにこんなの信用してんの!?」


 ハナはフレイに暗に怪しいと訴えるがフレイを微笑を湛えたまま表情は変わらない。おとぎ話の領域のナポレッタの直系の子孫というものに心酔しているようハナからは感じた。

 今まではどんなものについても慎重に、ハナのように穿った見方をせず公平な視点から判断をしていたのに……。

 そのためどんなことに対してもフレイの言うことはそれなりに聞いてきたのだが今回の件に関してはフレイをあてにはできそうになかった。


「わかった。私が案内する」


 どちらにせよ5人の中のリーダー格であるこの男からは目を離すわけにはいかないであろう。ハナは渋々案内を了承した。


「ありがとう」


 黒髪の男はお礼を言ったが素直に受け取る気にはなれなかった。


「ごちそうさま!」


 叩きつけるよう言い残し、皿を決められた場所において自室へと引き返す。



「俺もごちそうさま。おいしかったよ。家事はー、あー・・・少し落ち着いたら俺たちも手伝うから。申し訳ない」


「はい。気にしないでください」


 ハナが自室へ戻ったあと、シャルルもすぐにご飯を終えた。


「じゃあ、ロべス。さっきの件教えてもらおうか」


「私はまだ、食事のあとのお茶を終えてないんですが……」


「そんな10分もかかんないだろ。後にしろよ」


「……借りにも宿主に対して横暴ですね。いいですけど」


「じゃあ、フレイ。30分後くらいにさっきの部屋で待ってるって伝言頼んでいいか?」


「はい。承知しました」


「頼んだ」


 フレイの笑顔に見送られロべスとシャルルの二人はロべスの部屋へ向かう。



 部屋についたハナはベッドにうずくまっていた。どうにもあの黒髪の男と接しているとイライラしてしまう。なぜ、という理由はわからないのだがどうしてもそうなってしまうのだ。

 自身の感情の高ぶりを抑えるため何も考えず枕に顔を押し付けこの感情の波が去って行くのをじっと待つ。


 外に行くならばエルフとばれないようにしなければならない。それにこの隠れ家から出入りするための魔鉱石も必要だ。どこに放っておいてあったか……。

 エルフが外を出歩くのも文字通り命がけなのだ、この都市は。


 とりあえずフードつきのパーカーをクローゼットから探すため顔を上げるハナであった。

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