序幕:邂逅
――少年、英雄になりたいのかい?
―知ってるの?
――嗚呼。知ってるとも。何、簡単なことさ。
―教えて?
――いいとも。ただ、強くあればいい。強く、誰よりも強くだ。そして沢山の戦場に出て先陣を走り、誰よりも多くの人間を殺し、勝利を手に帰ればいい。
―勝利?
――嗚呼。勝てば相手を征服できる。つまり自分のモノだ。自分のモノとなった人々は次の勝利で君を称える。その次はその時に征服したモノが、その次はその時に征服したモノが・・・とね。そして君は晴れて全ての人々の英雄となる。そして英雄となれば全ての人から有難がられ全ての人から信頼され全ての人の命を預かる。そこに敗北は許されない。君は勝利の化身となる。しかし君は誰にも頼れない。自身の力だけで勝利を勝ち取らねばならない。失敗は許されない。時に政治に利用もされる。君はマスコットキャラクターにもならねばならない。君は勝利の、恐怖の、国の象徴となり誰からも恐れられ誰もが君の前に跪くだろうね。君に敵はいなくなる。しかし親しい人もできなくなる。英雄とは孤独だよ。それでもそれを続けるから人々はその裏を知らず英雄と呼ぶのだ。愚者たちだね。ただし、それらを引き換えに君が英雄になれば守りたい人々は必ず守られる。
――君はそれでも英雄になりたいかな? それとも、だからこそ英雄になりたいのかな?
そしてそいつは、輪郭も曖昧なくせに、その質問をするときだけ、顔を近づけ、ニタァと嫌な笑みを浮かべるのだ。
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嫌な夢を見てしまった。時々小さい時から見る夢だ。夢の中に出てくる「あいつ」が誰なのかも男なのか女なのかすらわからないし。そもそも俺は英雄になりたいなんて思ったことなど一度もない。
「まあいいか。」
頭を振って思考を放棄。布団を蹴り上げ、起きると乱れた布団を再度整える。一度伸びをし、立てかけてあった刀―凬切という銘がある―を手に外に出る。
庭に出るとあたり一面木に囲まれる。つまり家は森の中なのだ。ご近所さんというのもなく森の中に一軒だけポツンとある。不便は不便なのだがその分土地も広く自由に使える。というかこの森全部ウチ、といういうか俺のモノだ。代々継がれてきた家の持ち物というだけなのだけど。
庭の中央まで来ると鞘から凬切を抜く。
「ハッ!」
我が家に伝わっている流儀を一通り型として流す。これが朝の日課になっている。
英雄になりたいと思ったことはないが強くありたいとは常々思っている。そのための日課でもあった。
――ガサッ
「ん・・・?」
今、音がしたような……。
「イタタタ……。どこじゃここは」
「誰だ、お前」
「おぉ、やっと人間にあったぞ。クク、しかも目的の人間のようじゃ。ハハ、さすが妾じゃ」
「さっきまで道に迷ってただろ、あんた。それで何がさすがだ。ウチになんか用か」
「ふん。人間が大きい態度をとりおって。妾はアスタルテ。これだけ言えば十分じゃろ」
神の名前を出してきた。しかもよりによってこの名前だ。お近づきにならないほうがいいタイプだが業務上そうはいかない。
「ウチのこじ……『森の憩い』に用か」
ウチは孤児院を経営している。決してニートではないのだ。孤児院には様々な事情で子供が来るがその中にはちょっとおかしな子もいる。この子もその類だろう。
「なんじゃ、今は孤児院をやっとるのか。難儀なものよ」
「はぁ?あんた何なんだよ」
「しらばっくれるでないよ。その刀に刻まれた紋様、今は廃れた〈魔術〉の術式じゃ。今は古代魔法と呼ばれておるのかの。そして隠しているその腕に刻まれた術式を起動させる呪いは妾が与えたものじゃ。知らんとは言わせんよ、ジョゼフの末裔?」
コイツ……。今となっては、ジョゼフ初代から300年経ってる現在では7選帝侯すら忘れ去られてるはずのことを……。
「信じたかの? ジョゼフの末裔。呪われし皇帝の末裔よ」
片目を瞑っておどけた様に
「ああ。少しまだ疑ってるけどな。『悪の統治』アスタルテ」
こちらは吐き捨てるように
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「しかし、このアスタルテと契約したことは伝えておるのに妾の容姿については伝えておらんかったのか」
「語り継ぎたくなかったんじゃねぇの」
アスタルテの容姿。服は黒い和服である。ここまではいい。この世界ではファッションとして和服を好むのもいる。しかし、身長が140cm程度で俺より断然小さく、また童顔でかつ女というのが信じられなかった。
「なんじゃ。妾が女神だということも知らんかったようじゃな、シャル」
「シャルルだ。シャルって言うな。しっかし神様ってオーラがまったくないな」
「ひどい奴じゃ。これでも神の一柱ぞ? しかし妾が人間界に顕現した。この意味はわかっておるのじゃろうな」
クスクスと笑いながら問を投げかけてくる。
「ジョゼフ家がもう一度皇帝になるってことだろ? 世の乱れとかなんたらで。しっかし世界はけっこうしっかりしてるぞ? 戦争もないしな」
「こんな山奥で暮らしておって何がわかるか。現に貴族どもが魔法を独占しておるじゃろうて。それに今後乱れるのじゃろうよ。妾は世が混沌となり破滅せぬよう権限するのじゃ。乱れてから顕現してどうする」
山奥で悪かったな。それに今の言葉だけ聞くと悪神とは名ばかりで本当は善神に見えてしまう。
それにな、とアスタルテは続けて
「ミネルヴァが妾を侮辱して人間界に蹴落としたのじゃ! 許せるか! 絶対に神都に行って神界に戻りあれに泣き面をかかせてやる!」
手前の都合かよ。それじゃ俺がどうこうってわけじゃないんだな。はやく神界に帰ってもらおう。でないと人間界で何されるかたまったもんじゃないしな。
「あんた、神界に帰る方法とかないのかよ。神様同士のいざこざで俺が巻き込まれるってのは面白くないから早く帰れよ」
「ない」
即答だった。すげない。
「仮にも妾は真の統治者ぞ? 知恵だけが取り柄のやつに人間界まで蹴落とされてたまるかい。妾がここに顕現したのは人間界が呼び寄せたところが大きいのじゃ」
「嫌だよ面倒な」
「おいこらシャルよ。本音が出ておるぞ」
おっといけね。しかし元来面倒くさがりやな俺に反乱起こさせて成功させて国を獲れって言うのダメだろ。いかにジョゼフでも嫌だよ。次の世代にしてくれ。
「シャルの次がいればいいのじゃがのぉ」
「人の心を読むなよ。いかに神様でもやっていいこととダメなことがあるだろ。あと余計なお世話だ」
ため息をつく。しかしいかに面倒でやる気がなくてもとりあえずアスタルテが神界に追い返すまでに寝床くらいは提供しないといけないだろ。ジョゼフ家の神様なんだし……。
「外でずっと話し込むのもなんだからウチに上がれよ。朝飯くらい……って神様って飯食べるのか?」
「ナンパかの」
「いれねーぞ、こんにゃろ」
「一々突っ込んでくれるからからかいがあるの。どれ、案内せぇ」
調子狂わされるやつだ。随分偉そうにしてくるし、いや実際偉いんだろうけど。
「シャルよ……いやシャルルよ」
「もういいよ、シャルで。ウチにもそう呼ぶのがいるからな」
「他にも人がおるのか……意外じゃな。お主が他人と上手くやっていけるとは思えんがの」
「おい、アンタさっき会ったばっかりなのによくそんな口が聞けるな。一人預かったままの子がいるんだよ。ただ誰も引き取り手がいなくてな。そうこうしてるうちに仕事を手伝ってくれるようなってて今となっては俺より家事もできるし有難いんだけどな」
早くどこか幸せになれるよう送り出したいのだけどなかなか条件が見合うところがおらず馴染んでしまっているのだ。
「ご飯できましたよ。……あら、そちらは新しい子ですか?」
「ああ……こいつは後で説明するよ。アスタルテ、こいつがさっき言ってた・・・アスタルテ?」
「……なんじゃ」
「どうしたよ驚いたような顔して」
「なんでもない。……して名はなんと申すのじゃ」
「イズーナです。よろしくね?アスタルテ……ちゃん?」
アスタルテはなんでもないと言っていたがあの余裕綽綽としたやつが驚いた顔をすることが、しかもイズーナを見ただけでしたことが訳がわからなかった。それに……小さく「やっぱりか」と呟いたのを俺は聞き逃さなかった。
どうも。久しぶりに、そして新たに連載です。どうぞよろしく。読んでくださった方は・・・コメントしていただいてもいいのヨ?