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5.0

駅に着いた。切符はナッツがすでに買っていたものを使うことになっており、全員が切符を持っていた。人が最も多くなる時間だけあって、先ほどの道以上の混み具合だった。おしあいへしあい、ようやく進める、と言った程度だ。切符を買うだけで一体何分かかるのか分からない。そもそも切符を買う行列の最後尾が分からない。

しかも今日は券売機の所にスーツの男たちが立っているのだった。切符を買う乗客達は皆等しくスーツの鋭い視線にさらされることになった。行列が伸びる原因の一端は確実に彼らにもあった。

スーツの男はマフィアである。他にもよく見渡せる駅の二階から乗客を見下ろす者などが駅の至る所にいた。

元来カンの鋭いナッツはこの駅がマークされていることは予測していた。それでもこの列車を使わなければこの包囲網から逃れることはできないこともわかっていた。


駅の入り口から乗車地点まで数十メートル。人はやはりかなり多く、迷子になる子供はさぞ多いだろうと思わされる。こんな人混みの中で一定の距離を保って付いていくのは非常に困難である。

結果、ナッツは「三人」から少し遅れだしていた。そして徐々に非常事態に対処するのが難しいほどに距離が開き始めていた。

そのためナッツは平静を装いつつ「三人」を必死の思いで追いかけていたのだが、「三人」が改札にたどり着いた時にナッツはとんでもないものを見てしまった。

「三人」とナッツは駅の入り口から改札まで真っ直ぐに、なるべく普通に歩いて向かっていたのだが、その時にナッツは左右のマフィアと思しき人物に目星をつけて警戒することもした

あまり見つめては逆にナッツが怪しまれてしまうのでちらちらと。周りの人間がそうしているように。


そうしてナッツは最大限に気を張って警戒していた。

ふと彼が上を見上げるともう一人マフィアがいた。二階から一階を見下ろしている奴だ。

この駅は一階がおそろしく混雑するので二階も増設したことがある。その時にできた、宙に浮かぶ廊下、みたいな所の一つに男が一人いた。

封鎖でもしているのか廊下には他の人はいない。

とにかくその廊下から見下ろしている男もマフィアである訳だが、ナッツはそれほど警戒していなかった。


今回の作戦の失敗条件は「マフィアに「親子連れ」の変装を見抜かれる」ことだが、これはココ、あるいはフォンの顔を見てマフィアが気づく、ということである。

これに関してナッツ達は「親子連れ」にしてそもそもマークされないようにする、という作戦を立てた。

これが破られるとすれば「ココとフォンが近くから見られてばれる」とナッツは思っていたので(それでも破られるとは思っていなかった)、ナッツは二階にいる人間は全くと言っていいほど注意を払っていなかった。


そのためナッツが上を見上げたのは完全に偶然で、直後に彼にどうして上を見たのか、と問えば「わからない」という答えが返ってくるに違いのないものであった。


とにかく彼が上を見上げたとき、二階にいたマフィアが「親子連れ」を見た、ようにナッツには見えた。続いて、その男の目が大きく見開かれるのも見た。


一瞬で彼の脳裏におそらくは無意識によぎった思考は以下のようなものだった。

あいつはどこを見ている?ココ達か?違うのか?ココ達を見ているのなら今すぐに対処しなければならない。でも違ったら?対処してしまったら余計な注目を浴びてココ達が逆に捕まってしまうかもしれない。だがしかし、偶然にココ達の周りに目をやるだろうか?


およそここまで考えたときに例の男はすう、と息を吸い込んだ。次の瞬間には何かを叫ぶだろう。

ナッツの思考が停止する。

ナッツはポケットに手を突っ込み、中にあった物をつかんで手を高々と挙げた。

周りの人間はまず、この狭苦しい空間で突如挙手をした男に眉をひそめ、次にその手に握られた物を視界におさめて、凍り付いた。幸運なことに二階の男も叫ぶ前に一瞬凍り付いた。

ナッツが手にしていたのは拳銃。数日前にココが警官と取っ組み合いをして奪ったものだ。


ナッツがそれを上へ挙げたときにはもう引き金に指をかけていた。撃鉄も下ろしてある。


銃を挙げながらナッツは前を歩くココとフォン、妻のシャーミラ、彼女が抱いている娘テトを見た。正確には人が多すぎて見えなかったので、心に思い描いた、という方が正しい。

彼は目をつぶり、再び開き、銃を見上げた。


そして彼はその引き金を三回引いた。駅に銃声が低く、大きく、これ以上無いほど惨めに響きわたった。


***


何が起こったのか全く理解できなかった。突然背後で銃声がした。そうでなくともいつマフィアの連中にばれるんじゃないかとひやひやしていた所にいきなり三発の銃声。俺でなくとも肝がつぶれるだろう。

振り向けばマフィアが銃をこちらに向けているのかもしれない、という考えがちらついて怖かったが振り向いた。残念ながら子供みたいなことばかり言ってはいられないのだ。

後ろを振り向くと銃を天に向けたナッツが立っていた。それを呆然と見つめていたシャーミラの顔はよく覚えている。覚えているのだが、角度的にどうやって見たのかは思い出せない。すぐ隣にいたはずなので横顔さえ見えないはずだった。ひょっとすると後付けの記憶かもしれない。

ともかく、周りが銃を発砲した危険人物からわずかでも離れようと押し合っているのに、俺たちは三人とも残らずナッツから目が離せなくなった。

それでも体は押し寄せる人に連れて行かれる。何を考えていたのか今では思い出せないが、おそらくはナッツの元へ行こうとしたんだと思う。

俺が中途半端に錯乱していた時、一番最初に我に返ったというか声の出せる状態になったのはシャーミラだった。それが良いのか、というとわからない。彼女は叫びながら全力で人混みの列をかき分け始めたからだ。

しかし、それで俺の目が覚めた。俺にしがみついていたらしいフォンをかばいつつ人をかき分けて少し離れてしまったシャーミラの所へたどり着く。

俺は彼女の正面から、何事か叫びまくっている彼女に、これまた叫んで説得しようとした。冷静に考えれば何やってるのかわからないし、下手をすれば笑える光景だ。

しかし、状況が状況だった。周囲では人が押し合い、走り、転び、踏まれ、子供が泣き、大人が叫んでいた。俺はまだかなり混乱してたいたし、シャーミラはほとんど正気を失っていた。シャーミラの腕の中のテトはこのぐちゃぐちゃの中で大声で泣いていた。


多分この場で冷静だったのはフォンだけだっただろうと思う。

彼女はこの阿鼻叫喚の中叫びもせずただじっと俺の体にしがみついていた。最も冷静に、しかし最も恐怖を正確に感じ取っていたのだろう。

俺がシャーミラに怒鳴っていたとき、フォンは俺によじ登って、シャーミラの横っ面をはたいた。


シャーミラは止まった。時間が少し止まって俺も動けなかった。


シャーミラが目を閉じ、開ける。開いた瞳はしっかりと俺とフォンをとらえていた。その瞳の光の力は正直怖いほどだった。

さっきの目を閉じて開けるのはナッツがよくやっていた仕草だ。似たもの夫婦なんだな、と思った。


シャーミラは今度は踵を返し、ナッツとは反対側、人混みの流れる方向へと進んだ。離れないように二人を俺が後ろから追いかけ、押されないようにした。

もはや、意味の無くなった改札を越え、ホームへ出る。

人混みの大部分はなんとホームから線路へとなだれ込み、そこから外へ逃げ出していた。それを見て、今日列車には乗れないと悟った。

駅員らしき人物が誘導している。が、だれも目にも留めない、目に入らない。誘導を無視して線路へ降りていく。

人混みに乗って、線路へ降りることにした。シャーミラとフォンにも合図する。列車が来ないかは正直かなり心配だったと思うが、駅員が連絡を入れて止めているはずだ、と判断して降りた。

今思えばかなり判断力が鈍っていたようだ。


線路に下りて人混みの流れのまま、数メートルのレンガ造りのトンネルを抜けて外へ出た。

光が視界にあふれる。だが、心には闇が広がっていった。


駅の入り口にスーツ姿の男を乗せた車が何台も押し掛けるのを視界の端でとらえながら、俺たちは周りの人間に従って走って逃げた。


***


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