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フラグ2「立つフラグはすべて避ける」後編

「それじゃ、カンパイでもしましょっか?」

「あー……。なぁ、涼香(すずか)。本当に良かったのか? 僕なんかが同席しちゃって」

「そ、そうですよ! なんでこんなどこの馬の骨ともわからない男が一緒なんですか!」

「いいじゃない。別に。お祝いしてくれる人は、多いに越したことはないでしょ?」

「で、でも……! くぅ、こうなったのも、あんたのせいなんだからね!」

「こーら、麻由(まゆ)?」

「で、でも、涼香さん! う、うぅぅぅぅ!」


 駅前にあるファミレスの、一角。

 清太(せいた)は涼香と、それから麻由という少女の三人で席を囲っていた。

 少女は不機嫌そうに清太を睨み、清太は困り顔で、涼香は面白そうに。

 どうしてこんな状況になったのか。

 清太はほんの少し前の出来事を、思い返していた。


                         *


 始業式後、七枝(ななえ)に校内を案内してもらい、その後色々あったが家に帰って昼食をたらふく食べたあと、清太は腹ごなし、暇つぶしに駅の方へとやってきていた。

 昨日は周りをゆっくり見る余裕はなかったし、しばらく来ていなかった町だ、だいぶ変わっているだろうと思い、散策してみることにしたのだ。

 が、幼い清太の記憶では細かい町並みまで憶えておらず、見ても記憶と比べてみるということがあまりできなかった。

 でも、駅前のちょっとした広場に、短い商店街。あんまり変わっていないな、と漠然と思う。

 記憶が定かではないのにそう思うのは、どこも建物が古く、新しく建ったようなものが無いからだ。

 田舎なら、そんなものなのだろう。都会だと数年来ないと店が変わってたり、結構風景が変わるものだけど。

 そんな中、数少ない、明らかに変わったと思える建物が駅前にはあった。

 ファミリーレストランと、それから線路沿いに少し行ったところにそびえ立つ、マンション。

 ……七階建てだけど。でも、都会ならそれほど高い建物ではないが、ほとんど平屋か二階建て、ちょっと歩けば田んぼが広がっているような場所で、七階建てというのはかなり目立つ。しかも古い建物の多い中で、結構真新しいから尚更だ。

 他に新しそうなものと言えば……バス停が少し綺麗になった、くらいだろうか。本数の少なそうな時刻表を見ながら思う。

 しかし……。

「わかっちゃいたけど、特に見るものがないな」

 思わず呟いてしまった。

 もちろん、なにかを期待していたわけではない。目立たず静かに過ごそうと考えている清太にとって、なにも無い方が相応しいのだ。

 涼香は、自由にしていいと言ったけど、でも……。


「なにしてんの? バスでどっか行くの?」

「ってうわあ! びっくりした!」

 ぽんとすぐ横から肩を叩いてきたのは、正にその涼香だった。

 本日二度目だ。噂をすれば影ならぬ、思考をすれば影、か?

「さっきといい、失礼ねぇ。そんなに驚くことないじゃない」

「不意打ちだったんだ。……ちょっと散策してただけだよ」

 涼香は、あれからまだ帰っていないのか、制服のままだった。清太は私服に着替えている。

「涼香こそ、なにしてるんだ?」

「わたし? わたしはちょっとね。約束があって」

「ああ、そういえば」

 そんなようなことをさっき言っていた気がする。

「じゃあ待ち合わせ中か。なら僕は……」

 立ち去ろうとしたその時。


「涼香さーーーーーーーん!!」


 背後からそんな大声が聞こえたかと思うと同時、清太の体は横に思い切りはね除けられ、バス停の時刻表に激突する。

「ぐえ……」

「涼香さん! 大丈夫ですか!」

「麻由……。大丈夫って、なにがよ?」

「なにって、この男に言い寄られて困っていたじゃないですか!」

「どうしたらそんな風に見えるのよ、麻由。彼は、友だちよ」

「ともだちぃ~? こんなのがぁ~?」

「お、お前な……」

 ぐぎぎ、と清太は振り返り、目の前……もとい、目下の女の子を睨み付ける。

「誰だか知らないが、いきなりなにすんだ」

「お前なんて言われる筋合いないの! なんなの、あんた」

「あんたなんて言われる筋合いないな。お前こそなんなんだ」

「だからお前って――!」

「はいはいストップ。清太、ごめんね。この子はね、立花麻由(たちばな まゆ)。明日から一年生として、うちの学校に入る子よ」

「い、一年生か」

 正直……もっと下に見えた、とはとても言えなかった。身長は、これは七枝よりも低いだろう。明日入学だというのに、もうこの学校の制服に身を包んでいる。ショートカットの髪、清太を睨んでくる大きな目。これまでの言動により、気の強い性格というのがわかる。……いや、単に子供なだけかもしれない。

「麻由。こっちは春野清太。二年生よ」

「……ふん!」

 紹介されてもそっぽを向く、少女麻由。しかし意外なことに、これに反応したのは涼香で、ぽかっと頭を叩く。

「あいた! す、涼香さん?!」

「こーら、麻由。ほら、ちゃんと挨拶しなさい」

「え、ええっ?! ……うぅ、涼香さんがそう言うなら」

 麻由は素直に従って、軽く頭を下げる。

「……よろしく」

「お、おぉ。よろしくな」

「麻由。相手は二年生よ? あなたの先輩になるの。ちゃんと敬語を使いなさい」

「え、え、ええええっ? そんな、そんな、どうしてですか! こ、こんなのに、敬語?!」

「こんなのとか言うな」

「清太の言う通りよ。ほら、こういうのはね、きちんとしないといけないのよ」

 腕を組み、うんうんと頷く涼香。

 ああ……そうか、下駄箱で会った時になにやらブツブツ呟いていたのは、こういうことだったのだ。この麻由という少女、どういう女の子なのか知らないが、涼香と仲がいいみたいだし、こうしていつかは清太と出会うことになるだろうと想定していたのだ。その時に、上下関係をしっかりさせてみよう、と考えたに違いない。

 うん、ニュアンスは、させよう、ではなく、させてみようで合ってるはずだ。彼女の性格からして。

 まぁつまり、清太が余計なことを言ったため、とばっちりが麻由に行ったようなものである。

 悔しそうにしている麻由を見て、少しだけ申し訳なく……思うはずはなく、むしろいい気味だと思う清太であった。いきなり自分を跳ね飛ばした報いだ。


「それより涼香さん! そろそろ行きましょうよ! 麻由、お腹ぺこぺこです!」

「え? あ、そうね。って、遅れたのは麻由の方でしょ」

「あ……そうでした! ごめんなさい、ちょっと今日忙しかったんです。だから走ってきたんですけど、そしたら涼香さん、こいつと話してて」

「麻由ー?」

「う……。は、春野、先輩と! 話してるのが、見えて……それで、遅れてたのに謝るの忘れてました」

「ま、遅いのは家の事情だから別に全然構わないけどね。清太と話し込んで……あ、話し込むってほどまだ話してなかったっけ」

「そうだな。ほんとに特に話し込んでないな」

「うー……」

 本当のことだから同意したのに、清太を疑いの眼差しで睨んでくる麻由。

「ほらほら。じゃあ、行こっか、麻由。ご飯食べに」

「はい!」

 涼香に向き直り、笑顔で返事をする麻由。実にわかりやすい。いや、わかりやすくしているのか。

「なんだ、飯食いに行く約束してたのか」

「そういうこと。この子の入学祝いにね。一日早いけど。でも待ち合わせの時間まで結構あったから、教室でちょっと時間潰してたってわけ」

「なるほどな」

「あ、そーだ」

 ここで涼香はにんまりと笑みを浮かべ、麻由と清太を見比べる。

 なんだろう、嫌な予感がする。それはどうやら麻由も同じようで、一歩後ずさった。

「お祝い、清太も行く?」

「……え? 僕も?」

 でも――。

 返事をしようとしたところで、ハッと気付く。おそらく予想が付いていたのだろう。涼香に顔を見られないよう、涼香に背を向け鬼のような形相で睨んでくる麻由に。

 声には出さないが、来るな、とその顔は言っている。そんな睨まなくてもと内心で苦笑する。

「僕はもう、家で食べてきたからいいよ」

 当然、辞退する。この少女の様子から、清太が行っても迷惑なだけだ。お腹もいっぱいだし。

 当の麻由もちょっとだけ安心したような顔になる。

 だが、涼香は簡単ではなかった。

「なに言ってるのよ。別に食べなくていいじゃない。ドリンクバーでも頼みなさい」

「って、おいおい、涼香?」

「す、涼香さん? なにを言うんですか! せっかくこいつ……あ、は、春野先輩、が、辞退してくださっているのでございますよ?」

 敬語で話さないといけないという意識から随分変な日本語になっているが、涼香は気にせずさらっと答える。

「だって、暇でしょ? 清太」

「いやそれは」

「これはね、お祝いなの。人数が多い方がいいじゃない。ね? 麻由」

「ええ? で、でもだからって」

「いやもでもも関係ないのー。ほら、行きましょ。わたしもお腹ぺこぺこなのよね」

 これは……断れそうもない。諦めて従おうとしたが、麻由の方はまだ諦めきれないらしい。

「待ってください! 麻由は、涼香さん一人に祝ってもらえれば、それで十分なんです!」

「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。そんなカワイイ麻由ちゃんは、わたしの友だちが一緒に祝ってくれれば、もっと嬉しいわよね?」

「うぅ……」

 麻由としては、一人で祝ってもらった方が嬉しいと言いたかったんだろうけど、涼香は一人で嬉しいなら二人ならもっと嬉しいよね、と返してきた。

「はい……」

 がっくりと項垂れる麻由。ああ、諦めたようだ。

「うんうん。いい子いい子。さ、清太も行きましょ」

「……わかったよ」

 さすがにちょっと、今度は本当に、麻由のことが哀れに思い。すまん、とこっそり声をかけて、涼香のあとに従って、ファミレスに向かうのだった。


                         *


「それじゃ、麻由の高校入学を祝って。カンパーイ!」

「か……カンパイ! ありがとうございます!」

「カンパイ。おめでとう」

 麻由は無理矢理笑顔を浮かべ、ジュースの入ったコップを掲げる。器用に涼香のコップにだけ当てて、清太のコップには付けない。

 四人席のテーブルで、涼香と麻由は並んで座り、清太は向かいに一人。二人の前には料理があり、昼食をすでに食べてきた清太はドリンクバーのジュースだけだ。

 そして本当にお腹が空いていたのだろう、しばらく黙々と二人は食べ続ける。清太は暇で、窓の外を見ながらストローを咥えていた。

「……そういえば、涼香さん」

 麻由が半分くらい、涼香がだいたい食べ終えた辺りで、麻由が涼香に尋ねる。

「こい……春野、先輩も、北カグみたいですけど、この町の人じゃないですよね?」

「いや、僕は」

「清太はね、昨日引越してきたのよ。麻由が見たことなくても当然ね」

「そうだったんですが。じゃあどうして、涼香さん、友だちになんて」

「どうしてって、それは昨日たまたま出会って、話して、友だちになった。それだけよ?」

 うん、間違っていない。確かにその通りなのだが、そんなざっくりとした説明じゃ……。

「それって、ナンパされたってことじゃないですか!」

 ほら勘違いした。

「違う。ナンパなんてしていない」

「あんた……春野、先輩は黙って! 涼香さん、困ってるならそれならそうと」

「もう、暴走しないの。どうしてそうなるのよ」

 と言いつつ笑っている涼香は、絶対麻由のこういう反応を期待していたのだろう。

「でもどう説明したらいいかなぁ」

「それは……」

 言いかけて、言葉を止める。そうだ、詳しい説明なんてできない。清太が前の学校のことを話したのがきっかけだなんて、言うわけにはいかない。

「あのね、麻由。清太ってば、引越してくる前の学校で」

「わーーーーーあーーーーー、ちょっと待て涼香!」

 あっさり話そうとする涼香を慌てて止める。

「ああもう、うるさいわね。大声ださないでよ。他のお客に迷惑よ」

「そーだそーだ、ですよ! 黙ってろ……静かにしろ、ですよ。ふふん!」

 ちょっと嬉しそうに麻由が鼻を鳴らす。やっぱり日本語が変だが。

「でもこれ説明しないと、麻由が納得しないよ?」

「いやだからってな……」

「涼香さん。別に、どうでもいいですよ」

「え?」

 キッと清太を睨んで、しかしすぐにそっぽを向く。

「春野、先輩の過去なんて、どうでもいいって言ってるの。ですよ。興味ないし」

「……そうか。そりゃそうだな」

「じゃあ話しても大丈夫ってことよね?」

「だがしかしそうはならないんだぞ涼香!」

「えー。しょうがないなぁ」

「本当にいいですよ、涼香さん。友だちだっていうのは、もうわかりました」

「そう? 麻由がそう言うならいいんだけど」

「でも! 麻由の方が涼香さんとずーっと、仲がいいんだから!」

 涼香の腕に抱きつく麻由。そんな麻由の頭を涼香が撫でる。

「なんか、姉妹みたいだな」

「し、姉妹!? あんた、麻由が小さいからって何を!」

「ほら、麻由。あんた、じゃないでしょ」

「は、春野、先輩。……うぅ」

 そんなに先輩を付けて呼びたくないのか。すごく悔しそうな顔だ。

「でも確かにわたしも、麻由のこと妹みたいにかわいがってるかもね」

「え、ええ? 涼香さん、でも、ええぇ~……」

 残念、でも喜ぶべきかもしれない、そんな複雑な感情が思い切り出た半笑いのような顔に、目だけはちょっと泣きそうな麻由。

「なによ。わたしの妹じゃ、不満なわけ?」

 涼香はそう言うと、再び麻由の頭を撫で、笑顔で首を傾げる。

 ぽーっと涼香を見上げる麻由は、ゆっくりと顔が赤くなっていき、まるで限界を迎えたかのように涼香に抱きつき顔を押しつける。

「い、妹でも、いいです」

「ん、よしよし」

 そこで涼香は、清太の方を見てウィンクをした。

 清太は、ドサリと椅子に深く座り直した。

(……なんだかなぁ)


 その後、涼香と麻由は二人にしかわからないような思い出話を始めたので、清太はちょっとだけそれに付き合った後、早々に退席した。

 涼香は止めなかった。たぶんあのウィンクは、もういいよ、という意味だったのだろう。

 麻由も、涼香とのやり取りで上機嫌で、嫌みを言うこともなく、さようなら、とだけ言って、すぐに会話に戻った。

 もっとも、永遠に、と口元が動いていたのを見逃さなかったけれど。


                         *


「ちょうどいい。お前に一つ、言っておくことがあるんだ」

 ファミレスを後にし、特に用事もないので家に帰ろうとしたら、橋のところで土手にいたマサとユズに呼び止められた。

「なんだよ、改まって」

 清太がユズの横に座ると、逆にマサが立ち上がり、腕を組んで喋り始めた。

「まずな、うちのクラスのカワイイ女の子は、すべて俺が手を付けてある。だから手出しをするなよ」

「……は?」

「鈍いヤツだなー。俺の女に手を出すんじゃねーぞ、って言ってんだよ」

「ま、まじか?」

 あり得ないと思いつつも、前の学校での自分のこともあり、完全に否定することができない。

「おうよ。見ろ、この写真」

「おぉ……」

 マサが取り出したのは、いずれも正面から女の子を撮ったもの。ピースをしているものもある。少なくとも仲が良くなくてはこんな写真は撮れないだろう。

「じゃあ七枝もか? お前、カワイイって言ってただろ」

「い、伊奈か……伊奈は、残念ながらまだだ。でも近いうちに落ちるだろうよ」

「へぇ……。あ、じゃあ神楽坂さんは?」

「か、神楽坂? お、おうよ。写真はまだないがな……。彼女はガードが堅くてな。なかなか、な。難しいんだよ」

「どういう意味だ?」

「い、いいだろ。細かいことは気にすんな! とにかく、カワイイ子には手を出すなよ!」

「まぁ、言われなくても……」

 前の学校でのことを繰り返すつもりのない清太にとって、そんなことは言われるまでもない。

「あ、でも神楽坂さんの話はちょっと気になるな。結局どうなんだ?」

「ちっ……。美人だけどな。嘘でも手ぇ出したなんて言えるわけないだろ?」

「嘘でも?」

「なんでもない。とにかくな、彼女は別世界の住人なんだよ。いくら俺がこの町でモテようが、手を出していい相手じゃねーんだよ。ああ、だけど向こうから惚れられたら困るな……ヘヘッ」

「別世界、ね」

 本当にそうなんだろうか。そうやって壁を大きくしてしまっているのは周りの方で、本人はそんなこと望んでいない……。

「しかし、本当なのか? マサが……クラスのカワイイ子ほとんどに手を付けてるって」

「おうよ! すげぇだろ!!」

「……すごいかどうかはともかく、ビックリだな」

「それはそうよ」

 ずっと黙っていたユズが喋り出す。

「だって全部マサの嘘だもの」

「ちょ、おい! ユズ!」

「え? あ、嘘なの?」

「当たり前じゃない。マサがモテると思う? このルックスで。もう、春野クンって意外と純朴なのねぇ。マサの見え透いた嘘に騙されるなんて」

「むぅ……」

 冷静に考えてみれば、嘘とわかるのかもしれないが……ことモテるモテないに関しては、清太には冷静な判断ができなくなる。

「てめー、ユズ~! バラすなよ! しかもどさくさに紛れて何言った?! このルックスってどーゆー意味だ、コラ!」

「あ、でも待った。写真は? こんなの、仲良くないと撮れないんじゃないか?」

「もちろんよ。だって、ぼくが撮ったんだもの」

「……へ?」

「ったく……。ユズはな、女子から無害と思われてんだよ。しかも褒めるの上手いし、服とかにも詳しいからな。なにげに女子と仲いいんだよ」

「へぇ……そうなのか。だからこんな写真が撮れるんだな」

「そういうこと」

「まさか俺の元に回ってきているとは思ってないだろうけどな。それよりユズ、答えろよ! なんでバラしたんだよ」

「だって~。カワイイ女の子は全部マサのだなんて、言うからよ。クラスのカワイイ女の子は、ぜーんぶ、ぼ・く・の・よ。ううん、世のカワイイ女の子はすべてぼくのために存在するの!」

「お、お前は……」

 本気で言っているんだろうか、と聞こうとしたが、明らかに本気だったから聞くのをやめた。

「そ・れ・に。やっぱり女の子は恋をすると可愛くなるものなのよね。浅丘(あさおか)さんってわかるかしら? 彼女クラスの男子と付き合ってるんだけど――」

「わ、わかった。わかったから。……にしても、マサはなんでそんな嘘ついたんだ?」

 話が長くなりそうだから無理矢理遮り話を変える。それに、浅丘さん……と言われても、まだ初日、顔と名前が一致するはずもなかった。

「う、嘘じゃねーよ! いいか、俺は将来ビックになるんだ。がっぽり稼いで女と豪遊するんだよ。この町にハーレム作ってやるぜ。だからクラスのカワイイ子は将来的に全員俺の女になるんだよ!」

「……すごいな、お前の頭の中」

「まーな。へへ」

「いや褒めてない。ったく、スケールがデカイんだか小さいんだか」

 わかっちゃいたが、この二人相当おかしい。主に頭の中が。ピンク色とバラ色だ。

 清太は一瞬だけ、ここまでバカみたいな妄想ができる二人が羨ましく思ってしまい、慌てて首を振って打ち消す。こうはなるまい。そう、心に誓った。

「そういやさ、神楽坂さんだけど」

「なんだよ、お前神楽坂のこと好きなのか?」

「そうじゃないって。その、七枝と仲がいいみたいだからさ、どんな子なんだろって思って」

 本当はさっき教室で会話をして、少し気になったからだ。涼香に言われたことが気に掛かっているというのもある。

「どんなって、さーなー。大人しいタイプだな。心臓の冷蔵ってのか? ああいうの」

「深窓の令嬢よ。そうねぇ。美しくて、儚いイメージね。でも優しそうな目をしてるわね。穏やかな笑みを浮かべて、悲しいことなんてなにもないって感じ。いい暮らししてる子はやっぱり違うわよねぇ」

「そう、なのか」

 悲しそう……。清太は、瑠流子(るるこ)に対して少しだけそう感じた。窮屈な世界を、悲観している。そんな雰囲気があるような……。いや、それも全部清太の推測。思い違いかも知れない。現にこの二人は違う印象を持っている。

 そうだ、どうしてそういう風に思ってしまうのか。さっきは重要だと思っていなかったけど、改めて考え方の違いを突きつけられて、涼香の言う通り実は結構大事なことかもしれないと思い直す。

「でも気易く話しかけられない雰囲気よね。話しかけるのは七枝ちゃんくらいかしら」

「そうだな。ああ伊奈はカワイイなぁ」

「…………」

 神楽坂瑠流子……。七枝と仲がいいなら、今後も話す機会はありそうだ。彼女のことを窮屈そうだと感じるこの感覚の正体。それも、わかるだろうか。

「なぁ春野」

「ん?」

 マサは汚れた歯を覗かせ、おそらくとっておきの笑顔を見せる。

「俺たち、もう親友だよな。お前の家、今夜招待してくれよ」

「やなこった」

 そんなこと言うなよ俺の夢を話してやったろ土手っていうシチュエーションで! と縋ってくるマサを清太は一蹴するのだった。


                         *


 その夜。晩御飯を食べたあと、清太は自分の部屋で大の字になって寝転がっていた。

 前の家はフローリングだったから、畳の匂いはちょっと新鮮だった。柱も天井も、すべて木造。天井の木目の模様に顔のようなものを見付けてしまい、別のものに見えないかついじっと眺める。

「……この天井と、これからずっと付き合っていくんだなぁ」

 前に住んでいた場所とは、全然違う環境……。部屋だけでなく、この町も。昼間見た駅前は、前の街と比べたら全然店が少ない。涼香たちと入ったファミレスと、小さなコンビニがあるのが救いだろうか。あとは個人経営の服屋や靴屋、定食屋などがいくつかあるだけ。特に観光地でもない田舎町なら、こんなものなのだろう。

 前の街より絶対不便。七枝が言っていたけれど、それは言われるまでもなくわかっていたことだった。しかし実際に見て改めて実感し、そして感じるのは……逃げてきたという、罪悪感だった。

 不便なのは別に構わない。便利で良い所に引っ越そうなんて、おこがましいというものだ。

 この田舎町で、やり直す。同じことは繰り返さない。

 今日の瑠流子との会話は、少し危なかった。

 前の学校でも言われたというのに。変にお節介するから――と。

 別に、そんなつもりはない。同じくらい言われた「聞き上手」の方が、まだ自分でもそうかなと思える。少なくとも自分から話題を振る方ではないから。

「そういえば……」

 知らず、呟く。さっきのは、数少ない男友達に言われた言葉だけど、似たようなことを女の子からも言われたことがあるのを思い出した。

 曰く、清太の良いところは、お節介、聞き上手。そして――


「せーた? お風呂、空いたよ」

「ああ、わかった」

 七枝の声に思考が途切れる。

「入っていい?」

「ん? いいぞ」

 スッと障子が開かれ、七枝が顔を見せる。清太も肘を突いて体を起こした。

「寝てたの?」

「いや……ちょっと」

 なにがちょっとなのかわからないが、ついそんな生返事をしてしまう。

 七枝は、パジャマ姿だった。別にそれ自体には特になにも感じない。小さい頃ここへ泊まる時なんかは、一緒の部屋で寝かされたりしていたし。ピンクの花柄のパジャマがカワイイかなと思う程度である。それよりも……トレードマークのツインテールを下ろし、胸の辺りまで垂れた濡れた黒髪が、七枝をいつもよりも大人っぽく見せていた。

「食べたあとすぐ寝ると、太るよ~?」

「だから、寝てないって。ちょっと食休みしてただけだよ」

 清太のそんな思惑には気付かず、七枝はいつものように清太に話しかけてくる。

「そっか。あ、ねぇねぇせーた」

「な、なんだよ――あ」

「わっ。ととと、きゃっ!」

 七枝は部屋に入ろうとして、段差に躓いた。なんとかバランスを取ろうとたたらを踏むが、結局つるっと滑ってしまい倒れてしまう。幸い、すぐに倒れなかったおかげで清太も動く余裕があった。倒れ込んできた七枝を下から抱き止める。

「まったく、そそっかしいヤツだな」

「うう、ごめ……ん……」

「ん? どうした、どっかぶつけたか?」

「…………」

 黙り込んでしまった七枝を不思議に思うが、七枝の頭は清太の横にあって顔を見ることができない。仕方なく、清太は七枝の身体を抱き上げて、畳の上に座らせる。「ぁ……」と声を上げたが、素直にちょこんと正座した。

 風呂上がりだからだろうか、近くで見ると七枝の顔は赤かった。

「そういえばマサがドキドキイベントがどうこう言ってたんだけどさ」

「ドキドキイベント?!」

 パジャマ姿がどうこう言っていた、アレだ。

「今のはどっちかと言うと、ドッキリイベントだよなー」

「ド、ドッキリ……うん、そうだね~……ドキドキ」

「ドキドキ? ドッキリだってば。おいおい、ほんとに大丈夫か? やっぱどっかぶつけたか?」

「え?! あ、う、うん、だだだ、大丈夫~……はぁ」

「そうか? ならいいんだけど。んで? なんか用事があったんじゃないのか?」

「えーと……あ、そうそう! 今日は話してくれるかなって思って。前の学校でのこと!」

 七枝はなにかを誤魔化すように、もしくは忘れるように、ちょっと怒った感じで清太の腕を掴んで引っ張ってくる。

「う……それは」

 二重の意味でドキリとする。前の学校でのことを聞かれたことと、改めて間近でいつもと違う七枝の顔を見たこと。抱き止めた時はなんとも思わなかったのに。こう、正面から向かい合うとまた違った感想が湧くものだ。

(……髪型で随分と印象が変わるもんだなぁ)

 髪、下ろしていた方がいいんじゃないか、と少し思ったが、ツインテールでない七枝は七枝ではない気がする。たまにこういう姿を見るからこそ、新鮮に感じていいのかもしれない。

 さっきはドッキリイベントだとか言ったけど……。マサとユズが言うドキドキイベントとはこういうことなのかもしれないと、認めたくないが理解してしまった。

「そんなに話したくないの?」

「……いや、それは」

 黙ってしまったのは七枝の髪型について考えていたから、とは言えない。

 それに……否定もできない。その通り、話したくないのだから。

「そっか。じゃあしょうがないね~」

「って、いいのかよ」

「うん。無理して聞かないよ。なにか、あったんだね」

「まぁ……」

 ありまくった。ありすぎたのだ……。

「もしかして……」

「も、もしかして?」

「いじめられてたとか……?」

「へ? 違う違う。それはなかったけど」

「そっか、ならちょっと安心した」

 七枝は笑って言葉を続ける。

「ごめんね、じゃあこれ以上聞かないけど……ちょっとだけ、残念」

「すまん、な」

「だってね、あたしはせーたのどんな話を聞いたって、せーたを見る目は変わらないよ」

「……七枝?」

「せーたも、そうでしょ? 幼馴染みっていうほど、小さい頃ずっと一緒にいたわけじゃないけど、あたしはせーたのことよく知ってるもの。見方が変わることなんて、ないよ」

「…………」

 七枝には申し訳ないけれど――だけど、清太は疑ってしまう。

 果たして、本当にそうだろうか。

 五人の女の子に告白されて、まともに返事もしないで、黙って転校してきた。

 さすがに七枝の想像を超えていると思うし、なにより――こんなにも卑怯な自分を見て、それでも七枝が同じことを言ってくれるなんて、そんな甘いことを考えることは、清太にはできなかった。七枝の言葉は嬉しいけど、それでも。

「ね、せめてどんな街だったか、教えてくれない?」

「……ああ。それくらいなら」

 本当は、前の学校でのことを思い起こすことは話したくないけど。

 だけど見方が変わることはないと言ってくれた七枝のために、それくらいは我慢しようと思った。


 ――そして、疑問の答えはすぐに出ることになる。

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