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待っている女

作者: TAKA丸

 店の時計の針は、もう約束の午後三時をとっくに回っていた。

 けれど俺の待ち合わせの相手は一向に現れない。

 目の前のテーブルの上は綺麗に片付けられていて、さっさと出て行けと促しているのがよく解る状況だ。

「……もう来ないかな?」

 その事にはとっくに気付いていた。

 何故なら、俺はもう三週間も毎日ここで待っているからだ。 

 やっと諦めがついて、俺はその喫茶店を出る事にした。

「これはフられたんだろうな、きっと……」

 考えるまでも無い。

 いや、考える方がどうかしている。

 考えなくても解る事をいちいち考えるのは馬鹿のする事だ。

 丁度、俺と同じタイミングで店を出るカップルがいたので一緒に店を出た。

 満面の笑顔で語る二人を見ている内に、何だか無性に腹が立って来た。

「幸せそうだな、この野郎」

 毒づく俺を無視して、カップルはスタスタ歩いて行ってしまった。

 カップルが曲がった角には、何かの立て看板と花が置いてあった。

 きっと事故でもあったんだろうな。

「轢かれちまえ、バカップル!」

 その一言と共に、今まであった腹立ちが消え……。

「虚しい……下らない事をしたら余計に虚しさが募ってしまった……」

 と、落ち込む俺の頬に何かが当たった。

「……雨?」

 お誂え向きに雨まで降って来るとは……俺って主人公っぽいな。

 そんな事を考えつつ、今更また店内に戻る事も出来ずに軒下でボ〜っとしていたら、一人の女が視界に入った。

 喫茶店からちょっと離れた場所には、どういう訳だか知らないが噴水が一つ設けられている。

 ベンチもあるところを見ると、憩いの場って事なんだろう。

 その前で女が一人、雨に濡れたまま立っているのだ。

「あらら……可哀想に」

 大方、あそこで待っていないと相手に判らないとでも思ってるんだろうな。

 でも俺には関係無い。

 ……待てよ?

 あの女……確か俺がここでアイツを待っている間、ずっとあそこに立ってなかったか?

 って事は三週間、毎日同じ場所で誰かを待ってるのか?

「何と健気な……あ、俺も同じか」

 俺は妙にその女の事が気になった。 

 別に他人がどこで誰を待っていようと関係無いのに、何故か近付いて声をかけてた。

「ここじゃ濡れるよ?」

 女に近付くまでに、俺も結構濡れた。

「……そうですね」

「店に入ったらいいのに」

「でも、ここじゃないと見つけてもらえなかったから」

 ……何か受け答えがおかしくないか?

 もしかして、この女って電波な人かな?

 そう思って俺は立ち去ろうとしたんだ。

 なのに……。

「良かったら、どこか行かない?」

 ……何故勝手にそんな事を言うのだ、俺の口よ。

「見たところ待ってる相手も来ないみたいだしさ。 俺も待ち惚け食らっちゃってね、どうかな?」

 俺って勝手に喋る癖があったのか……知らなかった。

「いいですよ。 じゃあ私の部屋へ行きませんか? このすぐ近くにアパート借りてるんです」

 おいおい! 何て警戒心の無い女だ!?

 そんなんじゃ、すぐに何かの事件に巻き込まれちまうぞ!

「それじゃあ、お邪魔しようかな?」

 ちょっと待て俺! そんな事言って、もし怖い人とかが出て来たらどうすんだっ!


 ……と、そんな心配をしつつも、俺は結局、彼女のアパートまでノコノコ付いて行き、飯は食うわ風呂には入るわ。

 最後には事にまで及んで……俺って何者だ?

 そんな事を思いながら、何気無く部屋の中を見回してみた。

 若い女の部屋にしては飾り気も無く、必要最低限の物しか置いてなくて、何だか生活感が無い……。

 間取りは……それ程広くないけど、一人なら充分って感じか。

 俺は布団の上で仰向けになっている内に、何だか眠くなって来てしまった。

「いいのよ……眠っても……」

 隣で彼女が言った。

 何だか心地良い声だ……。

 癒されると言うか……満たされると言うか……。

「でも、悪いよ……俺一人で眠ったら……」

「いいの……もういいのよ……。 ゆっくりお休みなさい」

 段々と彼女がぼやけて来る。

 その時になって初めて気が付いた。 

 そうだ……そうだったんだ……。

「……俺、ちゃんと天国に行けるかな?」

 俺の言葉に、彼女は静かに一度だけ頷いた。

 優しげな微笑を浮かべて……。

「ありがとう……」

 そのまま俺の身体はどんどん軽くなって行って……。


 そして……。


 彼女は今も、あそこで誰かを待っているのだろうか……?

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