水不足の火星から
「少しお水を分けて貰えませんか!?」
そう声を掛けられた小百合はゆっくりと振り返る。
主人が遺した庭の植木達に、ホースで水を撒いている最中だった。
朝日が新緑の水玉に反射している。
「観光で来た外人さんかい!? 奇抜なカッコだねえ」
白内障を患った小百合の目には、そう映った。
「外人さん!? ……そうですね。ここから120光年ほど離れた場所からワームホール飛行艇で……」
「あらまあ、そんな遠いトコから。それはそれはご苦労さん。日本はいいトコでしょ!?」
声の主が困ったように続ける。
「……あの、私達の母性が天体規模の水不足に陥ってまして……水資源が豊富なこちらの方々に少々融通して頂けたらと思いまして……」
「ああ、そうかい。困ってんだね。そこの水、使って行きな」
小百合は、ホースの先にある洗い場を指さした
「い、いいんですか!? ありがとうございます!! 助かります!!」
外人さんがしきりに頭を下げているように、小百合には見えた。
「いいから、いいから」
「それでは私、急ぎますので!!」
「蛇口はしっかり締めといてね」
水やりを終えた小百合は家の中に戻り、掃除をする。
仏壇の主人に声を掛けながら朝食を作りテーブルに置いてテレビをつける。
これが朝のルーティンであった。
しかし今日のテレビは異変を告げていた。
『……世界各地に謎のUFO群が飛来し、海水を吸い上げています!! ……映像はロサンゼルス沖からの生中継です!! 米空軍の攻撃が全く歯が立たず……たった今、政府から、世界中の海水面が百メートル以上下がったとの発表が……』
「何だい、またミサイルで朝ドラ中止かい!?」
小百合はテレビを消し、カラオケで練習中の歌をカセットテープで流した。
その日の夕方。
「御挨拶が遅れて申し訳御座いません!! 数年前にお水をお借りしたモノです!! あの時は大変に助かりました!!」
「ああ、今朝の外人さんかい。お役に立てて嬉しいよ」
「お礼は、この通り倍返し、とさせていただきました!!」
「いいのにさあ、そんなのはさあ」
「お気持ちなので、受け取ってくださいな。それでは失礼します!!」
外人さんは笑顔でお辞儀したように見えた。
小百合は、自宅二階の屋根にいた。
持ち込めた幾つかの盆栽に水をあげつつ、避難させた主人の遺影に愚痴を言う。
「それにしても、数時間で海がここまで来るもんなのかい!? 全く、異常気象だねえ」




