第19話
夜は静かに過ぎ去った。
十分に眠り、疲労は完全に抜けている。
昨日起きたすべてのことを考え直した。
もう、ただ受動的に森を守るだけの存在にはならない。
彼女たちを満足させてやる。
(なんだか、心が少し軽くなったような気がする)
夜、どんな夢を見たのかは思い出せない。
見たものすべてがぼやけて、輪郭を失っていた。
僅かな不快感があった。
最初は誰かの叫び声が聞こえたが、それもすぐに消え去り、耳に届くのは木々の葉擦れの音だけになった。
(久しぶりに、穏やかな眠りにつけた気がする。頭は冴え渡り、気分は最高だ)
「心臓樹」の下から立ち上がり、装備を整える。
準備はできた。頭の中には明確な目標がある。
中心部から外へ向かって最初の一歩を踏み出した時、アイア、ケイラ、レイカの三人が何やら真剣に話し込んでいるのに気がついた。
どうやら、彼女たちにとって昨晩は安らかな夜ではなかったようだ。
ルサルカたちの髪は乱れ、ドライアドの目の下には隈ができている。
彼女たちは俺を指差し、明らかに何かに怯えていた。
おそらく、昨日のことだろう。
(今日は上手くやる。同じ過ちは繰り返さない)
俺は彼女たちに背を向け、歩き出した。
狩りの時間だ。
森を歩き回ったが、俺たちの領土に侵入者の気配はなかった。
だが、ただ獲物を待つつもりはない。
(これこそが、彼女たちが俺に求めていることだ。なぜ最初からそう言わなかったんだ?)
まだ理解できないことが多すぎる。
だが、一歩ずつこの世界を知っていけばいい。
ただ一つ解せないのは、自分の中で「何かを忘れている」という感覚が常に付きまとっていることだ。
まるで、自分の知らない記憶が存在しているかのように。
(いや、あり得ない。今日は異常なほど気が散っている。今は任務に集中すべきだ)
昨日、街道を見つけた場所へと辿り着いた。
茂みに身を潜め、耳を澄ませる。
静寂。
(森がこんなにも早く獲物を送ってくれるとは思わなかった)
木々の陰と深い茂みに沿って、街道を進むことにした。
(来た!)
遠くから、馬のいななきが聞こえる。
(今日こそ、俺の価値を証明してやる!)
足音を殺し、音のする方へ向かう。
弓を構え、弦にはすでに矢をつがえている。
(俺は、どこでこの構え方を学んだんだ?)
彼女たちから武器を渡された時、そんなことは考えもしなかった。
受け取った瞬間、使い方が直感的に分かったのだ。
(また雑念が! 集中しろ!)
深く息を吸い込み、乱れる思考を落ち着かせる。
カーブの向こうから、標的が姿を現した。
二頭立ての、箱型の馬車だ。
その周囲を六人の戦士が固めている。
二人は金属製の胸当てを装備し、残る四人は革鎧を着ている。
兜を被っている者はいない。
革鎧の一人が弓を持ち、残りは剣で武装している。
弦を引き絞る。
狙いを定める。
放つ。
矢は空を切り、鋼の鎧を着た戦士の右肩に深く突き刺さった。
鎧が守っているのは首と胴体だけだ。腕は布の鎧で覆われている。
ルサルカの矢は特殊な形状をしている。
矢尻に返しがついているのだ。
(腕の肉を引き裂かない限り、あの矢は抜けない)
戦士は痙攣しながら地面に倒れ伏し、動かなくなった。
矢は、俺の想像以上の効果を発揮した。
護衛たちはすでに、自分たちが狩られていることに気づいた。
革鎧の一人が倒れた男に駆け寄り、揺さぶり起こそうとする。
(無駄なことだ)
残りの者たちは馬車の周囲で戦闘陣形を組み、緊張した面持ちで周囲を見回している。
「魔法だ! 矢に気をつけろ!」
俺は別の場所へと移動し、その声が聞こえた瞬間に二本目の矢を放った。
今度は弓兵の太ももを射抜く。
奴らは俺の居場所を特定した。
こちらへ向かってくる。
槍を掴み、隠れ家から飛び出す。
刺突の構え。
奴らは、俺が一人だということをまだ知らない。
革鎧の戦士に襲いかかる。
動きが遅い。俺の攻撃を弾くこともできない。
脇腹を深々と貫く。
手の中で、槍が脈打つのが分かる。
奇妙な感覚だ。
板金鎧の戦士の剣を躱す。
槍は傷ついた敵の体に残したままだ。
男が苦痛に悲鳴を上げ始める。力を失い、地面に崩れ落ちた。
残りの二人は、俺が一人だとまだ確信を持てていない。
俺は矢筒から矢を一本引き抜き、次なる剣の軌道を瞬時に見切って躱す。
凄まじい勢いで、その矢を装甲兵の目に真っ直ぐに突き立てた。
先に貫いた死体から、ドライアドの贈り物を引き抜く。
振り下ろされる斬撃を、槍の石突きで弾き返す。
握りを直し、最後の男の頭部に向かって渾身の一撃を叩き込む。
奴は躱せなかった。
口から血が噴き出す。舌を噛み切ったのだろう。
立っているのがやっとの状態だ。
無防備な膝を蹴り砕き、そのまま槍で喉笛を貫く。
一瞬の隙も与えず武器を引き抜き、その横で血を流して呆然としている敵にも同じ止めを刺した。
後は、麻痺している者たちをアイアの槍で片付け、馬車の中を調べるだけだ。
(そういえば、矢を抜いたら麻痺が解けるのかどうか知らないな)
倒れている者たちを順番に殺し、魔法の矢を回収していく。
(危険は冒さない。後でルサルカたちに聞けばいい)
俺は慎重だ。
生き残るためなら、敵はあらゆる手段を使ってくることを知っている。
(俺だって、生き残るためなら何でもする)
馬車の軋む音が、俺を思考の海から引きずり戻した。
扉の向こうに、人影が浮かび上がっている。
俺は躊躇しなかった。
槍を構え、助走をつけ、大きく振りかぶり――武器を全力で投擲した。
木製の扉を、槍は容易く貫いた。
扉の向こうで、何かが力なく俺の武器にぶら下がる音がした。
今や、ただ森の静寂だけが響いている。




