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鎖にとらわれて

もしすべてを奪われたら、あなたは生きていけるでしょうか。

この物語の主人公である少年レオンは、声を奪われ、名を奪われ、それでも心の奥に炎を灯し続けました。

第一章は、その炎が「誓い」へと変わる瞬間です。

「逃げろ!」「焼き尽くせ!」「子供は捕らえろ!」


目の前は血と炎で赤く染まり、母の叫びは途切れ、仲間の声も炎に呑まれた。

レオンにはもう逃げる気力などなかった。


その夜、少年は名を、自由を奪われた。

「今日からお前は俺の犬だ」

冷たい声と鎖の音が、八歳の胸に深く焼き付いた。


真っ暗な部屋。手首と首には重い鎖。

湿った匂いと軋む音だけが、毎日のすべてだった。

「今日の飯だ」

牢に投げ入れられるのは硬いパンと少しの水。

どれほど理不尽であっても声を出してはいけない。

声を出せば殴られる。すぐに治る青痣だけを残すように。


仲間の子供たちが一人、また一人と消えていくたびに生きていてもなにもないと考え始めた。

だがそれを阻むように、心の奥で声が囁いた。

――忘れるな。奪われたものを。自由を。幸福を。


やがて怒りは恐怖を覆い尽くした。

生き延びる理由はただ一つ。

いつか必ず、取り返すために。


六年が過ぎたある日、突然、馬車に押し込まれた。

大人たちは慌ただしく叫び、荷を運んでいた。何が起こっているのか分からない。

先に出た者と同じ状況でないことは、同じ馬車に詰められた他の子供達を見てすぐに分かった。

数日揺られた後、別の屋敷に閉じ込められた。窓は高く、外は見えない。

地下室よりは少し明るかったが、人が出払っているのか最低限の食べ物さえも与えられず、部屋の隅の苔で飢えを凌ぐしかなかった。

やがて皆、生きる気力を失うがそれでも、一人ずつ外へ連れ出されていく。


最後に残ったのは、少年ただ一人。

「あいつは一向に生きる気力をなくさん。これほど時間が立てば自我などなくなって当然だろう。」

そういう男の声が聞こえることもあった。そのせいで一人売りに出せないのであろう。


どれほどの時が経ったのか分からなくなった頃、鉄扉が開いた。

眩しい光が差し込み、思わず目を閉じる。

立っていたのは、見慣れた恰幅の男ではなかった。


「俺ならお前をここから出し、復讐の機会を与えてやれる。来るか」


その言葉に、6年燃やし続けてきた怒りが応えた。

――復讐心は、ついに形を得た。


三ヶ月が過ぎ、少年は「レオン・ヴァルモンド」として生きるようになった。

連れ出してくれた恩人であるエルンスト・ヴァルモンドはこの国ヴァルティアス帝国の筆頭公爵家当主であった。

義父エルンストの屋敷で、彼は初めて温かい食事と柔らかな寝床を知った。 眠るという概念さえ忘れていたレオンはどう気持ちを落ち着けていいのかわからなかった。だがそれを表面に出さなかった。

使用人までもレオンが奴隷上がりなのか疑うほどに堂々としていた。


レオンが生活に慣れてきたある日の夕暮れ、義父の書斎に呼び出されたレオンは、背筋を伸ばして立っていた。

その姿はまだ教育は何も受けていないとはいえ十四歳の少年とは思えぬ落ち着きを帯びていた。


エルンストは感心しながらも静かに口を開いた。

「お前の2歳年上の義兄、アレクシスはすでに社交界で立派に振る舞っている。筆頭公爵家の教育がいかに素晴らしいか、誰もが認めている。レオン、お前もその背に並ぶ覚悟を持たねばならない」


レオンは短く息を吐き、静かに頷いた。

「わかっています。僕もそのために努力を重ねます」

そしてエルンストはもう一言レオンに伝えた。それを聞いてレオンは顔色を変えず礼をして部屋から出た。


「お前を捉えていたロドリク・フェルディナンという帝国商業連合理事があの日突然いなくなった14歳の少年を探しているという動きを私の騎士団が捉えた。この男は表面ではこの帝国の商業を回している第一人者だ。髪色も変えるゆえお前に気づかんだろうが、社交の場に出れば会うこともあるかもしれん。勘付かれぬよう気をつけて動くことを覚えておけ。」


それを聞いた時、レオンの瞳には、復讐の炎が揺れていた。 エルンストは名前をわざと出したのだ。

――その日から十六歳の社交界デビューまで、彼はただひたすらに筆頭公爵家次男として、剣術、礼儀作法、威厳、気品、そして学問を磨き続けることとなる。


レオンには専属の使用人がつけられ、身の回りの世話はすべて整えられていた。 アレクシスとともに鍛錬を積むこともあり、レオンは貴族社会で軽く見られない人にならなければという目標に向かって着実に1日を過ごしていた。



もともとのアレクシス・ヴァルモンドの日々は、規律に縛られたものだった。

朝は剣を振るい、昼は学問に没頭し、夜は父と食卓を囲む。

その繰り返しは、誇りであると同時に孤独でもあった。

――ヴァルモンド家長男としての重責を果たすために、心を休める隙はなかった。


だが、レオンが屋敷に迎えられてから、空気は変わった。

庭で剣を交えるとき、隣に弟の姿がある。

木剣が打ち合わされる音に混じって、笑い声が響く。

アレクシスからしても楽しかった。


「レオン、また遅い!」

庭で木剣を交えるアレクシスが笑う。

「兄さんが速すぎるんですよ」

レオンも笑い返し、使用人が差し出した水を受け取りまたひたすら訓練に取り組んだ。

「はぁ、、はぁっ。そろそろ休憩を入れないかい?レオン。私はもう倒れそうだよ。」

楽しそうな義兄を見て微笑みながらレオンは

「兄さんがそう言うんならそうしましょうか。だれか、場所を整えてくれないか。」

その声で瞬く間に木陰に休める場所を整えられる。

二人で寝転がって

「今日はいつもより調子が良く調子に乗ってしまいました」

と笑いながらレオンは言う。アレクシスは困ったような顔で

「レオンの太刀筋が良くなってきて私ではもう相手にならないかもしれないな」

と、空を眺めていた。

鳥が鳴き、木がざわめきただ平和な日々である。


その響きは、父エルンストの執務室まで届いていた。


窓辺に立ち、耳を澄ませるエルンスト。

――まるで本当の兄弟のようだ。だが、、

――今私の妻のエリアーナは今領地で療養しているが、彼女が戻れば冷たい視線でレオンを裁くだろう。

――この子たちをどう守るべきか。


「旦那様」

アルフレッドが静かに声をかけた。

六十を越えたその男は、前の当主の代から仕えている。

「お二人の声を聞くと、屋敷が若返ったようでございますな」

エルンストは振り向き微笑んだ。

「そうだな……そなたもあの子を受け入れてくれて助かっている。」

それを聞いてアルフレッドは

「旦那様のご意向あってこそですので。」

と落ち着いて答える。そしてエルンストは少し下を向き、

「だが、あの子をどう扱うべきか、迷ってばかりだ。」

と不安を口にした。


午後には図書館で並んで机に向かい、家庭教師に数学、物理、化学はもちろん、他言語、古語、そして歴史、ほかにも植物や他国の情勢など多方面から学びを深めた。

「この問題、君は解けるかい?」

アレクシスが紙を差し出すと、数学の家庭教師のユリウス・ハルトマンは

「アレクシス様。レオン様に解いてもらって自分がわからないのから逃れようとなんてしていませんよね?」

と笑いながら問いかける。アレクシスは汗を少しかきながら

「いやいやユリウス先生。弟が解けるのかを見てみたいだけですよ。」

そう答えた。

レオンは微笑みながらさらりと答えを書き込んだ。

「ははは……これは困ったな。まさか僕の学年のを初見で解いてしまうとは。僕でもわからないのに。あ、」

「アレクシス様。自爆いたしましたね。課題を追加させていただきます。」

「あぁ、笑。こまったなぁ」

そんな楽しい毎日をレオンは過ごせていた。

未だに褒められる機会が少なく、すこし照れたように頭を掻いていた。



そんな毎日を過ごしていたレオンだが、記憶はそう簡単に消えるものではない。

毎晩のように復讐までの道のりを考えていた。そして一つの仮面を思いついた。

だが義父から承認を得られる可能性は限りなく低かった。

心苦しながらアレクシスにも協力してもらわなければいけなかった。そこで義父と3人で話す機会を申し出た。



そして執務室に三人が集った。

レオンは静かに父へ言葉を投げた。


「父上。このような時間を取っていただき感謝いたします。」

「よい。話せ。」


レオンはまだ見習うべき義父の威厳に負けじと答えた。

「はい。私は成し遂げるべき目標のため、社交界では気品を保ちつつ、遊び人を演じたいと思います。兄と使用人の前以外では、その仮面をかぶり続けます。毎晩のように考え続け出した方法です。どうか許可を。」


エルンストは眉をひそめ声を荒げた。

「なんだと?愚か者を装うなど許されん。公爵家の名を汚すことになるのだぞ。」


アレクシスもすぐに口を挟んだ。

「僕も反対です。弟よ、君は賢い。わざわざ愚かに見せる必要はない。

なぜそんなことをするのだ」


レオンは静かに兄を見つめた。

「愚かに見えることで誰も僕を脅威と思わなくなる。裏で動きやすくなるのです」


エルンストは机に手を置き、心の中で葛藤した。


――皇帝からの筆頭公爵家としての信頼。

――ただでさえ奴隷上がりの子を実のことして社交界に出そうとしているのにその子が遊び人になればエリアーナの立場は、、

――社交界の目もある。愚かに見える息子を許せば、家の威信は揺らぐ。

だが、レオンの瞳は揺るぎなく、冷静な炎を宿していた。


アレクシスはその瞳を見て、言葉を失った。

「……レオン、、本気なのか。この家の事の前に、お前が周りから軽んじられることになるんだぞ。」

「はい。兄上が長男として立場を確立しているからこそでしかなし得ないことです。その分兄上にご迷惑をおかけすることになります。大変勝手な申し出だとは重々承知でお願いしております。」


エルンストは深く息を吐いた。

「言いたいことはわかった。退室せよ、レオン」


レオンは静かに頭を下げ、部屋を後にした。


残された二人。アレクシスが父に向き直った。

「父上……レオンの目を見ましたか?あれはただの気まぐれではありません」

「あぁ、この私でも恐怖心が芽生えるほどだった。だが、社交界の目がある。妻が帰って来る日も近い。

皇帝からの信頼も背負っている。それにただでさえ皇帝からの依頼があの商人を捉えることで、レオンをそのために使っているという罪悪感に苛まれそうになっているのに。その上でアレクシスをも守ることは不可能ではないか」

「僕は長男として立場を確立しています。社交界でも評価を得ています。だからこそ、弟が遊び人を演じても問題はありません。むしろ彼が動きやすくなるでしょう。どうぞ私をお使いください。たとえ遊び人になったとしても僕は弟の味方です。」


エルンストは沈黙した。

――皇帝へ報告しレオンを守ってもらえれば、、いや、許されるのか、、

――家の威信はどうなるのか、

すべてが頭を巡る。だが、アレクシスの真剣な瞳が父の心を揺らした。


「……なるほど。お前が正当な長男として立っているなら、弟の仮面も許されるかもしれない。だがそれでも、、今決めることはできない、、まだデビューまでは時間がある。もう少し待ってはくれぬか。」

「もちろんです。父上のご意向に従います。」

「下がってよい。」


部屋から出たアレクシスは自分の部屋に戻りもう一度考えた。

レオンは大変優秀だ。どの教科も、運動能力もすべてもう私を超越している。二人でパーティーで並べば信頼もでき、これからのレオンもたとえもとの立場がバレようと守れるだろうと考えていた。それを、レオンは自分から抜け出そうとしているのだ。義兄のアレクシスの印象だけが上がり続けことになることをわかったうえで。


しばらく日をおいて再び三人が集った。

エルンストは重々しく言葉を発した。

「レオン。お前の意見を認めよう。だが、いつでも優秀なお前に戻れる準備はしておけ。

何があるかわからん。お前のことは皇帝陛下に直訴し、皇帝陛下が、悪い噂が広まりすぎないよう、配慮をしてくださるそうだ。王家全体でお前を守ると言ってくださった。」


レオンは静かに微笑んだ。

「ありがとうございます。しかと受け止めます。」


アレクシスは弟の肩に手を置いた。

「君ならできるよレオン。僕が支える。」

「ありがとう。兄さん。」


エルンストは二人を見つめ、心の奥で呟いた。

――この選択が正しいかはわからない。だが、皇帝の信頼を守り、家を守るためには、この道しかない。


そしてエルンストはもう一言を口にした。先ほどまでよりも柔らかな声色で。

「王家との関わりが生じるゆえ、

ヴァルティアス帝国皇帝セラフィオン・ヴァルティアス・アルセリオン陛下、皇弟アレリオ殿下、そして第一皇太子ルシウス殿下への謁見が定められている。時期は未定だが、遠からず訪れるだろう。真面目なレオンとして臨み、己が何者かを知っていただくのだ。お前ならそのままで十分だ。」


レオンは思わず息を呑んだ。事の重大さは理解していたが、まさか現皇帝と皇太子、皇弟殿下と直接言葉を交わすことになるとは想像していなかったのだ。


その顔を見てアレクシスが笑った。

「父上、僕は初めて弟の驚いた顔を見た気がします」

するとエルンストも口元を緩め、

「あぁ、この表情を見たくて話の最後に告げたのだ。なかなか良いだろう」

と愉快そうに笑った。


レオンは必死に頭を整理しながら答えた。

「承知しました。自分自身を見てもらうことにします。ただ……」

「どうした、レオン。心配か?」


レオンはさもいいたくなさそうに視線を落とした。

「作法に自信がありません。教えていただきたいです。それに服装は……決まりがあるのでしょうか。僕の知らぬことがまだあるのでは……」


その言葉に義兄と義父は同時に大笑いした。

年相応の困惑を見せるレオンが、こんなにも新鮮で愛らしく映るとは思っていなかったからだ。


「作法は家庭教師に時間を作ってもらおう」

アレクシスが軽く言った。

「服は……一緒に買い物に行こうかと思ったのですが、まだレオンは外には出られませんよね、父上」


エルンストは頷いた。

「そうだな。今はまだ時期が早い。だが心配はいらん。アレクシスの衣を借りてもよいし、新しく仕立ててもよい。デザイナーを呼ぶのも悪くない。従兄弟だとでも言っておけば不自然ではないだろう」


レオンは少し肩の力を抜いた。

「ありがとうございます。服も作法も、教えていただけるなら安心です。……僕の知らないことがまだあるなら、ぜひ教えてください」


アレクシスは笑みを浮かべ、弟の肩を軽く叩いた。

「任せてくれ。君が困らないように全部教えるよ」


エルンストも静かに言葉を添えた。

「大切なのは、形ではなく心だ。礼を尽くす気持ちがあれば、皇帝陛下も必ず見抜かれる」


その助言にレオンは深く頭を下げた。

この日の話し合いは終わり、三人はそれぞれの思いを胸に部屋を後にした。


こうしてレオンの復讐劇は幕を開けたのである。




読んでくださってありがとうございます。 レオンの物語はまだ始まったばかり。次回もどうぞよろしくお願いします!

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